プリン伯爵

 ルルーシュの語彙は決して豊富ではない。
 それは間違いなく、彼がまだ幼いからだ。
 だから、時々意味がわからなくて聞き返してしまうこともある。しかし、スザクがブリタニア人でないからか、ルルーシュはそれに関して怒ったことはなかった。スザクにしても、ルルーシュが昼寝をしているときに誰かに聞けば教えてもらえるから、わからなくても困ったことはない。
 もっとも、それは今までは……の話である。
「……困ったな……」
 今日、ルルーシュに言われたセリフだけは、どうしてもわからない。使用人も、みな、お手上げだった。
 こうなれば、怒られるのを覚悟の上で、ルルーシュにもう一度確かめるべきだろうか。
 スザクがそう考えていたときだ。
「何が困ったのかな?」
 ルルーシュに関わることかい? と頭の上から声が振ってくる。
「シュナイゼル殿下!」
 気付かずに申し訳ありません! とスザクは慌てて立ち上がった。
「いや。そんなに慌てなくていい」
 近くを通ったら、君が悩んでいる姿を見かけただけだ……とシュナイゼルは笑う。
「今日の勉強は、何なのだね?」
「ブリタニアの歴史を教えて頂く予定でしたが……」
 実のところ、既に時間は過ぎている。と言うことは、また忘れられたのか……とスザクは心の中で呟く。
「そうか」
 スザクは飲み込んだ言葉の意味を、シュナイゼルは的確に読み取ったのだろう。微かに眉をひそめている。これでは、教師に何か処分があるのではないか。そう考えてスザクは慌てる。
「あの……殿下」
 その気持ちのまま、スザクは口を開いた。
「何かな?」
「……殿下にお聞きするべき事ではないかもしれないのですが……ルル――ルルーシュ殿下のお好きなブランドがちょっとわからなかったもので。シュナイゼル殿下なら、ご存じではないかと」
 とっさに、先ほどまで悩んでいたことを口にしてしまう。
「ルルーシュの?」
 しかし、彼にしても弟を溺愛している人間の一人だ。あっさりと表情を和らげるとこう問いかけてくる。
「はい。アリエス宮のみなさまにお聞きしたのですが、どなたもご存じなくて」
 困っていたんです……とスザクは付け加えた。
「言ってごらん?」
 私が彼のために買ってきたものかもしれないからね……とシュナイゼルは鷹揚に頷く。
「何か、昨日から急に『ろーどのぷりんがたべたい』と言い出されまして……」
 ロードというのは店の名前でしょうか……とそう付け加えたときだ。不意にシュナイゼルの頬に、意味ありげな笑みが浮かんだ。
「それは『ロード』ではないよ」
 そうか、そうか……と彼は低い笑いを漏らしながらさらに言葉を続ける。
「あの男は……私たちの目を盗んで、いつの間に可愛いルルーシュを餌付けしてくれたものやら」
 これは、おしおきだな……と呟くシュナイゼルが、とても恐い。その表情が自分に向けられたものではないとわかっていても、やはり恐いのだ。
「あぁ、君の咎ではないから、安心したまえ」
 そもそも、スザクは相手の存在を知らないのだからしかたがないよ……とも付け加える。
「ロイド・アスプルンド……伯爵でありながら、軍の開発担当をしている変わり者だよ」
 むしろ、変人だと言った方がいいかもしれない……とシュナイゼルははき出す。
「忌々しいことに、私の知己だ」
 その縁で、ルルーシュにあわせたのだが……と彼はため息をつく。
「アリエス宮を訪れる頻度が高いと思っていたが……まさか、ルルーシュにそのようなことをしていたとはな」
 さて、どうしてくれようか……とシュナイゼルは考え込むような表情を作る。
「……殿下」
「まぁ、いい。あれはまだ、父上よりもマシだし……あぁ、知識だけは豊富だから、君にとってもプラスになるだろうね」
 故意に仕事を忘れる教師よりは、だ……と彼は付け加えた。
「そちらに関しても、私が手配をしておこう。今日の所は、ルルーシュの所へ戻りなさい」
 ロイドのプリンも、今週中に届けさせると伝言を頼む。その言葉にスザクが頷いたのを確認して、シュナイゼルは満足そうな笑みを浮かべた。
「いずれ、君には騎士候の地位を得て貰おう。ルルーシュが実際に実戦に出るような機会は作らせないつもりだが、それでも、あの子を狙うものは増えるだろうからね」
 そして、新しく生まれた妹も、だ……とシュナイゼルは付け加えた。
「僕にできることでしたら」
「いい返事だ」
 この言葉とともにシュナイゼルは歩き出す。その背中に、スザクは黙って頭を下げた。

 数日後、ルルーシュとスザクの前に現れたロイド・アスプルンド伯爵の顔には、しっかりと青あざがあった。それがどうしてできたのかを聞いてはいけない。スザクは懸命にもそう判断をする。
「あはぁ……君が殿下のお守り役だねぇ?」
 これからよろしく、と付け加えるロイドの足を、何故かルルーシュが蹴飛ばす。
「酷いですよぉ、殿下」
「しゅないじぇるあにうえが、ろーどがしゅじゃくをいじめるかもしれないってゆってたもん」
 スザクはルルのなの! といつものように所有宣言を口にしてくれる。
「取りませんよぉ。だから、安心してくださいって」
 こう言いながら、ロイドは手にしていた箱をルルーシュの前に差し出す。
「ご所望のロイド特製プリンですよ」
 これでご機嫌を直してください、と彼は付け加える。それだけで、ルルーシュの頬に笑みが浮かんだのは事実だ。
 そのまま、それを受け取ると、自分で抱えたまま歩き出す。
「しっかし……シュナイゼル殿下も困った方だ。僕とルルーシュ殿下の中を裂こうだなんて、百年早い」
 それを追いかけようとしたスザクの耳に、彼のこんな呟きが届いた。
「あの……ロイドさん?」
 聞いてはいけなかったかもしれない。聞き返してすぐに、スザクはそう感じてしまう。
「大丈夫だよぉ。殿下が君をご所望だから、君には何もしないって」
 くすくすと笑いを漏らすロイドも恐い。やはり、ここで一番安全なのはルルーシュの側なのか。改めてそう認識をしてしまうスザクだった。




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07.03.10up