好きな相手がいる。
 いつから好きなのか。そう聞かれても、わからない。
 何よりも、とルルーシュはため息をついた。
「男なんだよな、俺もあいつも」
 もっとも『それがどうした』と笑い飛ばしてもいいのではないだろうか。少なくとも、自分の親しくしている者達――約一名、うるさそうな人物の顔は思い浮かぶが――は、その程度では驚きもしないだろう。それどころか、逆に納得してくれるような気もする。
「でも、好きなんだよな」
 いつでも側にいてくれた。
 何よりも、自分のことを優先してくれた。
 家族の誰よりも側にいてくれた相手に恋情を抱いたのは当然のことではないだろうか。
 しかし、と思う。
 同じように側にいたからこそ、彼にとって見れば自分はただの《弟》としか思えないのではないか。
「でも……キスだけなら、何度もしているんだよな」
 大人のキスだってもう指の数などでは数えられないくらいしている。
 それでも、不安が消えないのはどうしてなのだろうか。
「ただのごまかしだとは思えないし……」
 なら、何なのだろうか。本人に確かめればいいのかもしれないが、絶対にはぐらかされるに決まっている。
「……だからといって……迂闊な人間に相談するわけにはいかないしな」
 特に、二番目の兄には何があっても相談はしない。相談すれば、絶対に後でからかいの種にされるに決まっているのだ。
 かといって、三番目の兄も信用は出来ない。相談には乗ってもらえるだろうが、その後、何を広められるかわかったものではないのだ。その結果、スザクに被害が及んでは困る。
 何よりも、とルルーシュはまたため息をついた。
 クロヴィスは『片思いなんてしたことがないよ』と平然と言い切れる相手なのだ。自分の気持ちをどこまで理解してくれるかわかったものではない。
「父上は論外だし、母上にも出来ない。ユフィ姉上だと、絶対に余計な茶々が入れられるに決まっている」
 指を折りながら、相談できそうな相手を思い浮かべては却下していく。
「ナナリーにはまだ早いし、朝比奈だと、すぐに黒の騎士団に広がるから却下。ロイドに話すと、絶対シュナイゼル兄上にばれるから、以下同文」
 カレンでは、当人に詰め寄りかねない。
「こう考えると、相談できる人がほとんどいないな」
 まして、このようなことでは……と考えたときだ。ある人物の顔が脳裏に浮かぶ。
「……似たような、状況、だったのかな?」
 確認したことはない。だが、違っていたとしても、あの人であれば自分の話をちゃかすこともなく聞いてくれるだろう。
 問題は相手が忙しいことかもしれない。
「……ともかく、メールでも出しておくか……」
 相談に乗ってもらえれば嬉しいぐらいの気持ちでいればいいだけだ。そうかんがえると、ルルーシュは早速行動を開始した。

 相手の方も自分のことを気にかけていてくれたのか。すぐに連絡をつけることが出来た。
『エリア11の総督に決まったそうじゃないか』
 もっとも、他に適任者はおらんだろうが。そう言いながら、コーネリアはゆったりと微笑む。その笑みが、マリアンヌのそれによく似てきたのはルルーシュの錯覚ではないだろう。
「……キョウトも藤堂達もいてくれますから……多分、大丈夫でしょう」
 そういうコーネリアも、ようやく一つのエリアに落ち着いたようだが……とルルーシュは付け加える。
『流石にな。戦場では子供の教育によくない』
 自分としてはまだまだ前線で活躍できると思うが、そのような場所は子供にとって環境がよくないことが多い……とコーネリアは苦笑を浮かべた。
『かといって、本国に置いておくのも、な』
 何をされるかわからない。そうも付け加える。もちろん、誰がそのような行動に出るのかは確認しなくても想像が付いた。
「ユフィ姉上も、ご一緒でしたね」
『あぁ……』
 だから、余計に歯止めがきかないと思われてな……と付け加える彼女に、ルルーシュは頷いてみせた。
「今が、一番可愛い盛り……なのでしょう?」
 周囲の者達の話を総合すると、と首をかしげながら問いかける。ナナリーがその年の時には、確かに可愛らしかった。そう言えば、スザクと自分が出会ったのも、今のコーネリアの子供と同じ年齢だったろうか。そんなことも考えてしまう。もっとも、その時のスザクは自分よりも年下だったが。でも、今の自分よりももっと大人びていたような記憶もある。
『あぁ。そうだな。お前が正式にエリア11の総督になったときには、一度訪問させて貰おう』
 そんなことを考えていたルルーシュの耳に、コーネリアのこんな言葉が届く。
「その時には、桐原に頼んでこちらの男の子のお祝い用のあれこれを用意させて頂きます」
 にっこりと微笑みながら言葉を口にした。
『楽しみにしている。あの兜とやらは見事だからな』
 その言葉に、ルルーシュはしっかりとその言葉を心のメモに刻みつける。
『と言う話はここまでにしておこう』
 ふわりと微笑みと共にコーネリアが話題を変えた。
『わざわざ私に連絡をしてきたのだ。大切な相談事なのだろう?』
 その言葉に、ルルーシュは思わず視線を彷徨わせてしまう。
「このようなことを相談して、姉上には怒られるかもしれませんが……」
 それでも、他の人には出来なかったので……と付け加える。
『お前にとっては重要なことなのだろう? ならば、かまわん』
 話してみろ、と促されて、ルルーシュはおずおずと口を開く。
「十五歳、と言うのは、まだ子供なのでしょうか……」
『ルルーシュ?』
 いきなり何を……とコーネリアは口に仕掛ける。だが、すぐにその口元に優しい笑みが浮かんだ。
『スザク、か』
 優しい口調で聞き返される。それに、ルルーシュは小さく頷いてくれた。
「好きだって言っているのに……未だに、手を出してもらえません……」
 やはり、子供だから……だろうか。蚊の鳴くような声でそうも付け加える。
「兄上方は俺の年にはもう、経験していたって言われましたし……何よりも、オデュッセウス兄上のご婚約者のことを考えれば……」
 相手は自分よりも年下だったはず……とそう付け加えた瞬間、コーネリアの口から「あのロリコンが」と吐き捨てられたのは聞かなかったことにした方がいいのだろうか。
『あぁ、すまなかったな、ルルーシュ』
 少し悩んでいれば、すぐにコーネリアがこう言ってきた。
『十五が子供かどうか……と言うのは脇に置いておいて……おそらく、スザクからは手を出してこないと思うぞ』
 妙にきっぱりとした口調で彼女は言葉を重ねる。
「姉上?」
『……ギルフォードがそうだったからな……』
 騎士としては正しいのだろうが、と彼女はそのままため息をついた。
「……それ、じゃ……」
 スザクはずっと自分に手を出してこないのだろうか。そんな不安をルルーシュは抱いてしまう。だとするならば、自分は彼を諦めなければいけないのか。
「そんなの、いやだ……」
 そう考えた瞬間、無意識に言葉がこぼれ落ちてしまう。
『わかっている、ルルーシュ』
 大丈夫だ、と彼女は笑みを深めた。
『この私があれを夫に出来たのだ。お前もスザクを手に入れる方法はある』
 ただ、羞恥心は捨てろよ? と言う彼女に、ルルーシュは期待の視線を浮かべた。

 ルルーシュがエリア11の総督になる。そのことに関して、キョウトをはじめとする者達からは異論は出てこない。それどころか、逆に大歓迎だと言っていい。
「考えてみれば、七歳の時からずっとここにいるんだもんね」
 ひょっとしたら、ブリタニア本国にいた時間よりも長くなっているのではないだろうか。他の皇子皇女では考えられないことだ。
「ここに来たのも……僕のふるさとだって事も理由の一つだっけ」
 そのおかげで、少なくともこのエリアの人々にとってはいい方向に進んだのではないか。
「明日は……就任式の打ち合わせか」
 引き継ぎはいらないから、その分、他のエリアよりも楽なのかな? と首をかしげながらドアのノブに手を伸ばす。
 それでも、疲労感が抜けない。
「……今日も、ルルの顔が見られなかった……」
 ひょっとして、それも理由なのだろうか。
「着替えたら……寝顔だけでも見に行こうかな」
 そう思いながら、自分の部屋へと滑り込む。
 しかし、その次の瞬間、スザクはそのまま凍り付いた。視線の先には己のベッドがある。
 それに関しては構わない。
 と言うか、ないと困る。
 問題なのは、その上に座っている人影、だ。
「……ルル……」
 おそるおそる問いかければ、相手はふわりと微笑む。
「遅かったな、スザク」
 諦めてここでねようかと思ったぞ、と口にする彼はいつものパジャマではない。はっきり言って、ある意味、視覚の暴力としか言えない姿だ。実際、スザクはどこかに行きかける理性の尾を捕まえておくだけで精一杯だったりする。
「遅かったな、じゃないでしょう。と言うか……何しに来たの?」
 ルルの部屋は隣でしょう? とそう問いかけた。
「夜這い」
 しかし、ルルーシュは胸を張るとこう言い切る。
「ルル!」
「スザクが、俺の言葉を信じてくれないからいけないんだろうが」
 いつだって、本気でそう言ってきたのに、はぐらかすから……と彼は言い返してきた。
「別に、はぐらかしていた訳じゃ……」
 ないんだけどね、とスザクは小さな声で告げる。
「なら、どうして最後までしてくれないんだ?」
 知識だけならば、ちゃんと調べたぞ……とルルーシュは真顔で問いかけてきた。それでもスザクであれば構わないと思っているのに、とさらに付け加えられる。
「でもね、ルル……」
「だから、コーネリア姉上に相談したんだ。そうしたら、こうすればいいと教えてくださった」
 流石に、姉上の方にスザクを押し倒すのは無理だろうから……と彼は笑った。
「……コーネリア殿下……」
 何と言うことをルルーシュに吹き飛んでくれるのか。
「まだ、足りなかったか?」
 しかし、動こうとしないスザクに焦れたのか。ルルーシュは次はどうしたらいいんだっけ、と可愛らしく首をかしげている。
 そんな彼の姿に、スザクのリミッターが外れるのはそれからすぐのことだった。

 翌朝、ルルーシュを起こしに来たカレンと添い寝をしていたスザクとの間でとんでもない修羅場が繰り広げられることになるのだが、それはまた別の話だろう。





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