カレン・シュタットフェルトこと紅月カレンは非常に困っていた。 何に、と言えば目の前の光景に、である。 「ルル。ほっぺにお弁当が付いているよ」 そう言いながら、同僚であるスザクは上司であるルルーシュのほっぺたからご飯粒を取り上げた。そして、自然な動作でそれを口に運んでいる。 その仕草は、ある意味微笑ましい……といえるのではないか。 だが、とカレンは小さなため息をつく。 「兄弟愛とか何かだったら、という前提なら、ね」 それならば、本当に平和なのに……と彼女は続ける。 いや、ルルーシュの方はまだまだ、そんな気持ちが残っているのではないか。だが、もう一人は……と言えば絶対に下心があるに決まっているのだ。 しかし、問題なのはその下心をもう一人も受け入れていると言うことかもしれない。 「どうして、あれがいいんだか」 確かに、騎士としては申し分ない……と言っていいだろう。ルルーシュだけではなく、彼のきょうだい達の信頼も厚い。 でも、それだけで恋人に選ぶだろうか。 そんなことを考えていたときだ。 「どぉかしたのかなぁ?」 不意に視界をアッシュグレイが覆う。 「……驚かさないでください、ロイドさん」 一瞬のためらいの後、相手を確認してからカレンはため息とともに言葉をはき出す。もっともそれが通用する相手ではない、とわかってはいたが。 「……あぁ、なるほどねぇ」 視線をルルーシュ達に向けると彼はこう言って頷く。 「どーして、ルルーシュ様がスザク君を選んだか、って悩んでたんだぁ」 まさしくその通りだ。図星を指されてしまったからだろうか。 「どうしてわかったんですか?」 「だって、君がルルーシュ様とスザク君の仲を邪魔してくれるって、本人が嘆いていたものぉ」 そのたびに被害を被るのは自分たちだし、と彼は続ける。 「……それは申し訳ないと思っていますけど……でも、ルルーシュ様はまだ未成年なんですよ?」 確かに、総督として着任しているし、その手腕には疑う余地はないが……とカレンは口にした。それでも、それ以外の点では年よりも幼いのではないか。そう思えるのだ……と彼女は続ける。 「だから、スザクに対して抱いている気持ちは、肉親に対するものの延長じゃないかって不安になるんですよね」 「そぉだねぇ」 そんな彼女の言葉に、ロイドは少し考え込むような表情を作った。そのまま、彼はカレンの向かいに腰を下ろす。 「君がそう思うのは、あの二人がずっと一緒にいたからぁ?」 この問いかけに、カレンは素直に首を縦に振ってみせる。 「なら、それは君の誤解。全くの勘違い」 いくら鈍いルルーシュでも恋愛感情と肉親への愛情を間違えたりしないから、と彼は笑う。 「それにねぇ」 そう言って、彼はどこか懐かしいものを思い出そうとしているかのように目を細めた。 「最初に、所有宣言をしたのはスザク君じゃなくてルルーシュ様だって、聞いたよぉ」 十二年前に、と彼は続ける。 「……はぁ?」 十二年前というと、ルルーシュはまだ三歳だったろうか。 だが、それ以上に、自分たちには重い意味を持つ年だ。 ブリタニアによって《日本》が征服され《エリア11》と名前を変えられた年。 しかし、それとこれとがどうつながるのか、カレンにはわからない。 「スザク君はね。当時の日本政府が人質としてブリタニアに送ってきたんだよ」 意味ないのにね、とロイドは笑う。 「でも、来ちゃった以上、放り出すわけにも行かなくて、離宮の一つに押し込めておいたんだよ」 表向きは留学だったから、と彼は続ける。 「そこが、ルルーシュ様の遊び場だったんだよね。まぁ、普通ならそう言うときには立ち入らないように言われるんだけど、あのころはマリアンヌ様はナナリー殿下をご懐妊中でぇ、他の者達もなかなかルルーシュ様まで手が回らなかったらしくてさぁ」 その上、ルルーシュの世話をするはずだった乳母はその役目を放棄していたから、と彼は忌々しそうにはき出す。 「そこで、出逢っちゃったんだよねぇ」 あの二人は、と言われなくてもわかる。 「父親を亡くして敵国に放り出された少年と、寂しい思いをしていた子供が仲良くなるのは、当然だよねぇ」 あの年頃だと、言葉がわからなくても仲良くなれるものだし。そう言われて、カレンは同意をするように頷いてみせた。 「ようやく、陛下がスザク君の存在を思い出された頃には、もう、ルルーシュ様にとって彼はなくてはならない存在になっていたようでさぁ。連れて行こうとした兵士達の前でぎゃん泣きされたそうだよ」 自分は実際に、その場面は見ていない。 だが、シュナイゼルの話だと大変だったらしい……と彼はさらに言葉を重ねる。 「スザク君に抱きついてねぇ、スザクは僕の〜! と繰り返しておられたそうだよ、ルルーシュ様は」 シュナイゼル達の説得にも耳を貸さなかったとか。 「あの腹黒殿下も、ルルーシュ様に泣かれるとどうすればいいのか、判断できなくなるらしいんだよぉ」 もちろん、それは皇帝陛下も例外じゃないけどぉ……と、他の人間が口にすれば、即座に不敬罪に処されるようなセリフをロイドはさらりと口にする。 「最初に折れたのは、クロヴィス殿下だったみたいだねぇ」 それも、予想の範囲内だ。 「と言うわけで、あの日からスザク君はルルーシュ様の所有物なわけぇ」 所有欲と恋愛感情はよく似ているような気がするしぃ、とロイドは訳の訳のわからない持論を口にしてくれた。 「それは、どうでしょうか」 それとも、男としての考え方なのか。 「わからないかなぁ……」 しかし、ロイドにはカレンの言葉の方がわからないらしい。 「ともかく、あの二人はああなるのが当然だったんだよぉ」 マリアンヌが最初から予想していたことだし、とロイドは言い切る。 「そこが、よくわからないんですけど……」 普通なら、そうならないように遠ざけるのではないか。しかし、マリアンヌは逆にスザクをルルーシュにふさわしい人物に育て上げたようではないか、とカレンは続けた。 「……そうかなぁ?」 しかし、ロイドは楽しげに目を細める。 「ちょっと考えてごらんよぉ。迂闊な女性がルルーシュ様の隣に並んでいるのを見てぇ、他の殿下方が我慢できると思う?」 特にナナリーとユーフェミアが、とロイドは続けた。 反射的に、カレンはその状況を想像してみる。 「……追い出しにかかられますね、即座に……」 自分のようにルルーシュの騎士と割り切っているか、ミレイのように姉のような存在であればまだ妥協してくれるだろう。 だが、恋人となれば絶対に邪魔されるに決まっている。 「でしょぉ?」 だから、スザク君なんだよぉ……とロイドはさらに目を細めた。 「彼なら、お二人が何をしようともルルーシュ様から離れるはずがないしぃ、生身でナイトメアフレームと対峙するようなことになっても死なないだろうからぁ」 それ以前に、ルルーシュが絶対に助け船を出すに決まっている。 この言葉を否定できる人間がいるだろうか。カレンですら、思い切り頷いてしまった。 「そういう人間でないと、ルルーシュ様と恋愛なんてできないよぉ」 と言うか、させられない。そうなった場合、ルルーシュが不幸になる可能性はものすごく高いから。 そうまで言い切るか……とカレンは心の中で呟く。 しかし、自分よりも皇族の事をよく知っている彼がそうまで言うのであれば、そうなのかもしれない。 「と言うわけで、スザク君とくっついてくれて一安心って所かなぁ」 四年前ならば、まだ、ルルーシュの勘違い……と言うこともあり得たが、この年齢まで来れば、勘違いも真実になっているのではないか。 「だから、認める認めないはともかく、邪魔しないで上げてくれるかなぁ?」 カレンも、ルルーシュに不幸になって欲しいわけではないだろう? とロイドは問いかけてくる。 「もちろんです!」 ルルーシュは自分の主君だ。 そして、彼がいたからこそ《日本》は――元の姿ではないか――今でも存続している。 自分にとって大切なものを守ってくれた彼を不幸にさせたいはずなどない。 「でもですねぇ」 カレンはこれだけは譲れない、と思いながら、口を開く。 「私も含めて、ここには独り身の人間がたくさんいるんですよ?」 それなのに、と言葉を重ねながら二人の方を指さす。 「あんな風にいちゃいちゃされては目の毒です!」 鬱陶しいったらありゃしない、と付け加えた。 「いちゃこらって……今までとどこが違うのかなぁ」 全然変わってないでしょ? とロイドは反論をしてくる。 「どこがって……あれが普通?」 確かに、言われてみればどうかもしれないけど……とでも、やっぱり二人の間の空気が違う。 「そう。普通。そう考えているのが一番だよぉ」 ロイドはそう言って笑った。 こう言い切れるからこそ、彼はルルーシュの側にいることをシュナイゼル達から認められているのか。 しかし、自分はそこまで達観できない。カレンはそう心の中で呟くと、小さなため息をついた。 「ほら、ルル。またお弁当をつけているよ」 どうしたの? と言うスザクのやに下がった声が耳に届く。 「スザクが気をつけてくれるから、いい」 それに、ルルーシュがどこか甘えるような声音で言葉を返している。それは、やはり微笑ましいと言うべきなのだろうか。 カレンの堪忍袋の緒が切れるまでのカウントダウンが始まる。 それを察知したのか。ロイドは用事を済ませてもいないのにさっさと逃げ出してしまった。 これが政庁の恒例になる日もすぐのことだろう。 終 BACK 08.07.14up |