謁見室内の空気に、海千山千の貴族達も思わず逃げ出したくなっていた。 「……マリアンヌよ……」 シャルルが己を真っ直ぐに見つめてきている妃に向かって呼びかける。 「何でございましょうか、陛下」 そんな彼の様子にも微笑みで返せるマリアンヌは、やはり最強なのではないか。誰もがそう心の中で呟いている。 「……ルルーシュのことだが……」 いつもの威勢の良さはどこに行ったのか。そう言いたくなるほど力のない声でシャルルが言葉を綴り出す。 「あの子がどうかしましたか?」 失敗したとは聞いていないが……とマリアンヌは首をかしげてみせる。 「そうではなくて、だな」 何と言えばいいのだろうか。彼は言葉を探しているらしい。 ひょっとして、自分たちが聞いてはいけない内容なのか……と貴族達はさりげなく目配せを交わし始める。しかし、皇帝の許可なしにこの場を離れることが出来ない、と言うことも事実だ。 「……もしかして、わたくしが知らぬところであの子はミスをしましたか?」 だとするならば、自分の教育ミスだ……とマリアンヌは大げさな口調で告げる。 「……マリアンヌ、そうではなくて、だな……」 彼女が何を言い出すか察したのだろう。慌ててシャルルはその言葉を封じようとした。 しかし、それよりもマリアンヌの方が早い。 「陛下のお心に添えるよう、ルルーシュを教育し直した方がよろしいのでしょうか」 しかし、そうなるとエリア11からあの子を呼び戻さなければいけないが。そう言って、マリアンヌはため息をつく。 この言葉を聞いて焦ったのは、誰あろう、軍人達だ。 エリア11は中華連邦に接している。あの国が手を伸ばしてこないのは、かのエリアが《ルルーシュ》と言う存在を旗印に結束しているからだ。それはブリタニア人だけではなく、イレヴン達もそうだ。 そのルルーシュが更迭に近い状況で本国に連れ戻されたらどうなるか。 「……あるいは、わたくしがあの子の元へ行ってもよいかもしれませんわね」 ナナリーもつれて、とマリアンヌは微笑む。 そちらの方が、少なくとも対外的にはありがたい。 しかし、別の意味で困る。 「……マリアンヌよ……本気か?」 事実、今目の前で、シャルルが今にも泣き出そうに顔をゆがめていた。 「陛下の思し召しとあらば、受け入れるのが臣下としてのつとめかと」 逆に、マリアンには毅然とした口調でこう言い返している。 「ゆるさん!」 次の瞬間、シャルルはこう叫んだ。 「では、どのようにすればよろしいのでしょうか」 こう言い返しているマリアンヌには余裕すら感じられる。 間違いなく、この勝負はマリアンヌの勝ちだ。ブリタニアで最強なのは、やはり皇帝ではなく彼女なのか。 改めて、そう認識させられる貴族達だった。 そのころルルーシュは、と言えば、真面目に執務に励んでいた。 それが義務だから、と言うのは当然のこととして、すこしでも早く書類を片づければ、それだけスザクと一緒にいる時間が増える。そう考えていたことも否定はしない。 「……そういえば……ここしばらく忙しくて、してない」 ふっとあることを思い出して、思わずこう呟く。 「いったい、いつからだっけ」 スザクとそう言うことをしていないのは。そう呟くと、思わず指折り数えてしまう。 「……十日?」 いくらなんでも、それはおかしいのではないか。少なくとも、普通であればおかしいと言っていいらしい、と思う。 「……もう、あきられた?」 それとも、別の相手を見つけたのだろうか。 スザクに限ってはそんなことはない、とわかっている。それでも、そう考えてしまうのは、父の所行を知っているからだろうか。 「ともかく……何とか、チャンスを作らないと……」 でないと、不安になる。 自分は必要とされていないのだろうか、とそう考えてしまうのだ。 「そのためには、仕事を終わらせないと……」 そうして、スザクの所に夜這いでもしよう。 「うん、それがいい」 そうしよう、と呟くと意識を書類に戻す。一度決意が付けば、後は進むしかない。それはよくわかっている。そのための時間を作るためならば、この程度の書類ぐらいどうと言うことはない。 そんなことを考えながら、ルルーシュは次々と書類を片づけていく。 ここしばらく、エリア内は落ち着いているからか。それともクロヴィスが総督だった頃に必要と思えることをすませていたからか。 気が付けば、全ての書類の決裁が終わっていた。 「後、仕事はないのか?」 決済を終えた書類を取りに来た者に、ルルーシュはこう問いかける。 「い、いえ……今日の所は、特に……」 ございません、と彼は続けた。 「そうか……なら、時間が空いたな」 仕事を見つけようと思えばいくらでも見つけられる。しかし、せっかくなら、その時間を自分のために使いたいと思う。 為政者としては失格かもしれないが……と苦笑と共に心の中で呟いた。だが、クロヴィスよりはマシだろう。 「久々に、特派にでも行くか」 それとも、藤堂達の所に行くべきか……とルルーシュは考える。 どちらにしても楽しいに決まっているし、とそう心の中で呟いたときだ。 「総督閣下!」 それを邪魔するかのようにヴィレッタが飛び込んでくる。 「何かあったのか?」 その表情に嫌なものを感じて、ルルーシュは問いかけた。 「本国から救援要請です! 至急、ご連絡を、と宰相閣下のお言葉です」 と言うことは、きっとあの父に関わることではないか。しかも、元凶は母だ。 「……わかった……」 だが、自分に出来る事なんてほとんどないだろう。それでも、シュナイゼルの愚痴を聞くことぐらいは出来るのではないか。 「しかし……今回の原因は何なんだ?」 それでも、面白くない作業であることは否定しない。 「やっぱり、今晩は夜這いをしてやろう」 でないと、明日、仕事をする気力がわいてこないかもしれないから。そう呟きながらルルーシュは立ち上がった。 第二ラウンドは、シャルルの私室で行われていた。 と言うよりも、周囲への影響を考えて、シュナイゼルがそこに放り込んだ、と言った方がいいのだろうか。 「そうやってにらまれても、陛下が何をおおっしゃりたいのか、わたくしにはわかりかねますわ」 先ほどよりも笑みは深まっている。だが、それが逆に怖いと思ってしまうのはどうしてなのか。 「……お前は、知っておったのか?」 マリアンヌよ、とシャルルは口を開く。 「何のことでしょうか」 少しだけだが、彼女の口調に苛立ちが感じられる。それは錯覚ではないだろう。 それは怖かったというのは否定できない事実だ。だが、それを顔に出すことは矜持に反する。 「ルルーシュがクルルギと出来ておると言うことだ!」 二人とも男ではないか、と一息に口にしたのは、そのためかもしれない。 「それが、どうかなさいましたか?」 何がいけないのか、とマリアンヌが真顔で言い返してくる。 「それでは、孫が見られぬであろうが!」 コーネリアの息子ですらあれだけ可愛いのだ。ルルーシュの子はさらに可愛いのではないだろうか。 それが見られないのはつまらない。 「……後何年かかるとお思いですか……」 小さなため息とともにマリアンヌがこう言い返してくる。それは言外に、自分の年齢を考えろと言っているのだろうか。 「その位、意地でも生きて見せよう」 きっぱりと言い返す。 「……ルルーシュが彼を望んだのです。それを否定なさるおつもりですか?」 まさか、強引に別れさせようとはしていないだろうな……と彼女は言外滲ませながら聞き返してきた。 「……だが、孫が……」 「そのことなら、心配はいらないぞ」 直接耳にするのは何年ぶりになるのだろうか。そう思わせる声が耳に届く。 「あら、C.C.。久しぶりね」 いったい、どうやってここに……と問いかけても無駄なことはわかっている。しかし、思わず太陽宮内の警備がどうなっているのか、問いただしたい気持ちになってしまったことだけは事実だ。 「ルルーシュも心配していたわよ。いきなりいなくなったと思えば、連絡も寄越さないって」 「あいつらにはその方がよかったのではないか?」 御邪魔虫がいなくて、と彼女は笑う。 「まぁ、落ち着いた頃に邪魔しに行く予定だがな」 何なら、ルルーシュの子を孕んでやっても構わない。そうも彼女は付け加える。 「それは認めん!」 反射的に、シャルルはこう叫んでいた。 「お主の血が入れば、絶対にかわいげがなくなる!」 その位であれば、スザクとの仲を認めた方がマシだ! とさらに口にして、己の失言に気付く。しかし、もう遅い。 「そうか、そうか……では、あの二人が別れたらルルーシュは私が貰おう」 楽しみだな、と彼女は黄金の瞳を猫のように細める。 「あら。そうしたら、あなたはわたくしの義娘になるのね」 さらに追い打ちをかけるかのようにマリアンヌがこういった。 「……儂の味方は、誰もおらぬのか……」 ルルーシュがスザクと結ばれたことは面白くない。しかし、別れさせれば目の前の魔女があの子をかすめ取っていく。 どちらも認めたくはないが、どちらがましかと言えば前者ではないか。 それでも、と悩むシャルルに注意を向けるものは、その場にはいなかった。 「それで?」 呼び出されたものの、何故か放置されていた。その事実にルルーシュの機嫌は最低限まで降下していた。後一押し何かあったら、無条件で爆発をしていただろう。 『あらあら……せっかくの可愛い顔が台無しだわ』 そんな彼に向かって、誰かが爆弾を投げつけてくれる。しかし、相手が相手であるが故に文句も言えない。 「そうさせたのは、いったい誰でしょうか」 それでも、こう言い返したのは、やはり機嫌が悪いからだ。 『大丈夫ですよ、ルルーシュ。もう、皇帝陛下にも反対はなさらないそうですから』 しかし、予想外の言葉に思わず目を丸くしてしまう。 「母上……何をされたのですか?」 その表情のまま、思わずこう問いかけてしまった。 『内緒です』 にっこりと微笑む母はとても美しい。しかし、今日だけはそれを素直に眺めている事が出来ないルルーシュだった。 終 BACK 08.07.28up |