「暑い、な」
 目の前の光景に、思わずこう呟いてしまう。
「……冷房は入れてあるだろう?」
 それに、ルルーシュはこう言い返してきた。それも、スザクのひざの上から、だ。
 どうやら、この子供――と言っていいのだろうか――は、自分たちの体勢が周囲の者達にとってどれだけ目の毒なのか、わかっていないらしい。
 もっとも、もう一人の方はしっかりとわかっていてやっているようだ。
「……オコサマにはまだまだわからない理由だよ」
 にやり、と笑いながら彼女はピザへと手を伸ばす。
「そんなに牽制しなくても、それはとらないよ」
 別に、どうしても欲しいわけではない。そう言ってC.C.は笑う。
「……皇帝陛下に、とんでも発言をぶつけられたそうですが?」
 それに対し、スザクがこう言い返してくる。その情報の出所はマリアンヌなのだろうか。それともシュナイゼルか。どちらにしても、彼がそれらの者達に信頼されているというのは間違いない。
「あれか」
 だが、それよりもこちらの方が面白そうだ。そう思いつつC.C.は口を開く。
「もちろん、本気だとも。その程度には気に入っているからな」
 たまにはそんな気まぐれも起こすさ、と言いながら、またピザへと手を伸ばす。
「もっとも、お前がそれを『いらない』と言った場合、だぞ?」
 そう言う予定なのか? とまた一切れつまみ上げながら問いかける。
「言うのか、スザク」
 不安そうな表情でルルーシュも彼に視線を向けた。
「言うはずないでしょう?」
 天地がひっくり返ろうとも、このポジションを他の誰かに明け渡すつもりはない。スザクはルルーシュを安心させるかのように微笑みながら言葉を口にする。
「でも……ルルーシュの方が僕を『いらない』というかもしれないね」
 その微笑みのまま、スザクはこう続けた。
「言うはずないだろう!」
 即座にルルーシュが言い返す。
「スザクは俺のなんだから!」
 そう言いながら、彼はスザクの胸に額をぐりぐりと押し当てる。その仕草は、まるでマーキングだな……とC.C.は心の中で呟いた。今のルルーシュでも可愛らしいと思えるのだから、もっと小さな頃であれば余計に、だったのではないだろうか。
「なら、安心しろ。あれは、あくまでもシャルルをからかうためのセリフだ」
 あの時のあれの表情は見ていて楽しかったぞ、とC.C.は続ける。
「……お前……」
「ピザはここのものがうまいな」
 ルルーシュが何か文句を言おうとしているのを制止するようにC.C.はこんなセリフを口にした。
「日本人の伝統がかなり残っているから、トッピングが面白い」
 と言うわけで、後でメニューを用意しておけ……と彼女は続ける。
「……本気か?」
「もちろんだ」
 わかっているだろう? と告げながら彼女は皿ごと残りのピザを持つ。そしてそのまま立ち上がった。
「……C.C.?」
「これ以上当てられるのはごめんだからな。今日の所は立ち去ってやるよ」
 そういうと、彼女は歩き出す。しかし、ドアの前で足を止めた。
「そうだ。今晩はカレンを借りるぞ」
 視線だけを彼等に向けるとこう宣言をする。
「だから、好きなだけむつみ合え」
 こう言い残すと、今度こそ彼女は部屋を後にした。

 別にルルーシュに反対されようが何をしようが、自分には関係ない。自分がC.C.である限り、ブリタニアに自分の行動を妨げられる存在などいないのだから。
 と言うことで、C.C.はしっかりとカレンを引きずり出していた。
「……本当にあいつらは……」
 視力の暴力というものを知らん、と呟きながら、C.C.は手酌で日本酒を杯に注ぎ込む。
「ルルーシュ様は、ご存じないからねぇ」
 既に酒精に目元を赤く染めたカレンがため息とともにこう呟く。
「問題は、スザクの方でしょうね」
 別にもう、何もしないのに……とカレンは付け加える。
「何かしたのか?」
 楽しげな口調でC.C.はそう問いかけた。
「あまりに鬱陶しかったから、しばらく邪魔をしただけ」
 それは大失敗だったわ、と即座に言葉が返ってくる。
「離れていた分、うっとうしさが増しただけだったもの」
 その言葉に、だいたいの状況が飲み込めた。
「……そうか……」
 と言うことは、やはり、あの二人を引き離すのはやめておいた方がいい、と言うことか。
 もちろん、自分はそんなことをするつもりはない。
 それよりも、あの二人をからかう方が楽しそうだ。
「なら、邪魔をせずに煽るだけにしておこう」
 何よりも、そうすることでシャルルをいじめることが出来る。あの男は多少懲りると言うことを知ればいいのだ。
 もっとも、何事もやりすぎてはいけない。
 あれが出てくれば、また、厄介なことになりかねないしな……とそうも考える。
「それも、あんまり嬉しくないわね」
 カレンがこう言ってきた。
「何故だ?」
 小さな笑いと共に聞き返す。
「その分、あれがパワーアップするのよ? それを間近で見る度胸がある?」
 自分はない、と彼女は言い切った。
 その言葉にC.C.は先ほど目の当たりにした光景を思い出す。あれだけでも胸焼けがしそうだった。それがさらにパワーアップしたらどうなるのか。
「確かに、鬱陶しいな」
 それでも、ただ見ているだけというのも面白くない。
「……とりあえず、あの男の許容範囲を探るか」
 それがわかれば十分に遊べるだろう。C.C.はそう結論づける。
「……あんたってば……」
 少しは人の話も聞きなさいよ。そう告げるカレンの言葉は、当然のようにC.C.の耳を右から左に抜けていた。

 しかし、ある意味扱いにくい男だな。
 以前は気が付かなかったが、枢木スザクという男の許容範囲はものすごく狭い。
 いや、ルルーシュが関わっていないことになれば許容範囲がないと言ってもいいのではないだろうか。
「……だから、ピザを頼みたいから、電話を貸せ、と言っているの」
 それに関しては、シャルルからも許可が出ているだろう……とC.C.はため息とともに口にした。
「ですから、それはご自由に。ですが、自分の携帯はお貸しできません」
 いつ、何があるかわからないから。そう告げる彼の言葉は騎士としては当然のことなのではないだろうか。
「だが、ほんの数分だぞ?」
 注文するものは決まっている。
 場所なんて、細かく指定しなくても大丈夫だろう。
 だから、貸せ……とC.C.は手を差し出す。
「警備室に行けば、自由に使える外線がありますよ」
 出なければ、諦めて自分で契約をしてこい。それも面倒ならば、誰かに命じればいい、とスザクは言い返してくる。
 どうあがいても、彼は自分の携帯をC.C.に使わせたくないらしい。
 それはどうしてなのだろうか。
「……私は、今すぐ頼みたいんだが?」
 とりあえず、この先着○名様、と言う文字に惹かれてしまう。ちょうど後三十秒ほどなのだ。移動すればもちろん、口論を続けていても間に合わない可能性がある。
「貸せないというのであれば、お前が代わりに頼め」
 妥協案としてこう告げた。
「それなら、構わないかな」
 どれ、とあっさりとスザクは言葉を返してくる。と言うことは、彼が嫌がっていたのはC.C.に自分の携帯を使わせることなのだろう。
 それはどうしてなのか。
 どちらにしてもピザが頼めればそれでいい。
 C.C.はそう考えていた。

 しかし、だ。
 この光景を見てはそうも言っていられなくなる。
「スザク! 藤堂に連絡を取りたい」
 こう言いながら、ルルーシュが彼を見上げた。
「また、置いてきたの?」
 そう言いながらも、スザクはあっさりと携帯を取り出す。そして、ルルーシュに差し出した。 「……持って歩くと、うるさい」
 すぐに呼び戻される、といいながらも彼はそれを当然のように受け取る。そして、手慣れた手順でアドレス帳を開いていた。
「……何か、面白くないぞ……」
 そういう関係だとわかっていても、だ。
「諦めた方がいいわよ」
 カレンがこう言ってくる。
「わかっているが……面白くないものは面白くない」
 こう言って、C.C.はため息をついた。
 この光景を毎日見せられるのであれば、鬱陶しいなどと言うものではない。それでもルルーシュで遊びたいと思う。
 この葛藤をどうするべきか。
 C.C.は本気で悩み始めていた。




BACK





08.08.04up