久々に会う兄は、何かものすごく綺麗になったような気がする。 「ナナリー!」 そんな彼が自分に向かって優しい微笑みを向けてくれた。それだけで誇らしくなってしまうのはどうしてだろうか。 「お久しぶりです、お兄さま」 だから、自分もまけないように微笑みを返しながら、淑女の礼を取ってみた。 「母上に似てきたね、本当に」 そんな彼女に向かって、ルルーシュは手を差し伸べてくる。それは、女性をエスコートするための仕草だ。どうやら、そうしても構わないと彼は考えてくれているのだろう。 「あら。お兄さまの方がお母様に似ていますわ」 少なくとも、外見だけを言えば誰もがルルーシュとマリアンヌはうり二つだ、というはずだ。あるいは、その作戦の立て方も、だろうか。 ただ、ルルーシュがマリアンヌに似なかった点が一つだけある。 それは、運動神経だ。 代わりに、それは自分に与えられた。いや、ひょっとしたらルルーシュがそれだけは自分に残しておいてくれたのかもしれない。 「……あまり嬉しくないな……もちろん、母上に似ていることは自慢なんだが……」 でも、もう自分も十五歳になるんだが……と彼はぼやく。 「あら……どうしてですか?」 母に似た彼の黒髪も、その秀麗な容姿も、ナナリーにはとてもうらやましいと言えるものだ。それなのに、どこが気に入らないのだろう。 「……父上とユフィ姉上から、未だにドレスが送られてくるんだぞ」 もう、いい加減、女装が似合う年ではないだろうに。彼はそう続ける。 「お兄さまなら、まだ、お似合いになると思いますけど?」 真顔でナナリーがこう告げたときだ。ルルーシュはショックを隠しきれないという視線を向けてくる。 「ナナリー……頼むから……」 冗談でもそういうことは言わないでくれ。それがユーフェミアあたりの耳に届けば、間違いなく彼女はあれこれ行動に出てくるに決まっている。そのせいで、執務が滞るようなことは避けたいのだ。 「わかりました」 本当に、この兄は何事にも真っ直ぐに向かい合っている。 それで大丈夫なのだろうか……と心配している者達も少なくはない。だが、大丈夫だろうとナナリーは信じていた。 「スザクさん」 兄の側には彼がいる。そして、多くの味方が、だ。 「お久しぶりです。お元気そうで何よりですわ」 お兄さまがいつもご迷惑をかけています……と微笑めば、ルルーシュがまた渋面を作る。どうやら、兄のプライドを刺激してしまったらしい。 「それが自分の役目ですから」 ルルーシュを支えることは、とどこか誇らしげに彼は言葉を返してくる。 考えてみれば、彼は自分が生まれる前からルルーシュの側にいてくれたのだ。母が自分を優先しているときも、父や兄たちが執務に追われているときも、スザクはルルーシュ――そして自分――の側にいてくれた。 そう考えれば、彼は――血のつながりはないが――自分にとっても兄のような存在でもある。 そんな彼のこの態度に、少しだけナナリーは哀しくなった。 「ここは人目があるからな」 彼女の内心に気が付いたのか。ルルーシュがこう囁いてくる。 「お兄さま?」 「政庁に着いたら、後はいつも通りだから」 それで、彼等のこの行動が表向きのものだとわかった。それも、おそらくは本国にいる者達――主に貴族だろうか――に対してのパフォーマンスなのではないかと判断をする。 「しかたがありませんのね」 本当に馬鹿馬鹿しい。いったいどうすれば、そんなよからぬ慣習を打ち壊せるのだろうか。 ナナリーは兄の隣を歩きながらそんなことを考えていた。 この政庁には、今までに何度も足を運んだことがある。しかし、主が変わるとここまで雰囲気が変わるものなのだろうか。 「どこか、アリエス宮に似ています」 ふわりと微笑みながら、ナナリーはこう告げる。 「そうかな?」 その言葉に、ルルーシュは首をかしげてみせた。 「そう思いますわよね? アリスさん」 きっと、本人達では当然すぎて気が付かないのだろう。でも、たまにしかここを訪れない自分たちは違うのではないか。そう思いながら、己の騎士に問いかける。 「はい、ナナリー様」 即座に彼女は頷いてみせた。 「今は、君もアリエス宮に?」 そのことで興味を惹かれたのか。スザクがこう問いかけてくる。 「はい。マリアンヌ様にご教授頂いております」 まだまだ未熟だから、それはとてもありがたいことだ……と告げるアリスの言葉に、スザクの笑みが微妙な苦みが混じった。 「母上はそちらに関しては厳しいお方だからな」 大変ではないのか、とルルーシュが口を開く。それに、スザクの苦笑が深まった。 「ですが、それはそれでありがたいことですから」 アリスがきまじめな表情でこう言ってくれることに、ナナリーは少しだけ安堵をする。同時に、やはり彼女と自分の間には壁があるのだろうか、と感じてしまう。 それは当然なのかもしれない。 彼女とスザクでは、一緒に過ごしてきた時間が違うのだから。 「まぁ、それよりもナナリーのフォローの方が重要だろうしな」 話題を変えようとしてか。ルルーシュはこんなセリフを口にする。 「お兄さま!」 「本当のことだろう? この前も、サザーランドに乗り込んで離宮を一つ破壊しそうになったんだって?」 練習するのはいいが、それはまずいだろう……と言われて、ナナリーは頬が熱くなるのを感じた。 「いったい、どうしてそれを」 ルルーシュの耳には届いていない、と思ったのに……と心の中で呟きながら問いかける。 「ナナリーの専用機が欲しい理由として母上が教えてくださったが?」 この一言にはもう、返す言葉もない。他の誰かであればともかく、母では文句を言うわけにもいかないだろう。 「そう言うところが母上とそっくりだ……と父上もおっしゃっていたしな」 それだけではない、と彼はさらに付け加えた。 「お父様もですか?」 「そうだよ、ナナリー。新型の予算は、父上から出るようだからね」 おかげで、ロイドが踊りまくっているらしい。そう言ってルルーシュは苦笑を浮かべる。 「セシルさんがしっかりと見張っていてくれるし……ルル専用機はラクシャータさんが開発していると聞いて、対抗意識を燃やしまくっているから」 そちら方面では心配はいらないだろう。だが、その結果、どういう性能がつけられた機体になるのか想像も付かないが……とスザクはスザクでため息をつく。 「脱出装置だけは確実につけさせないとな」 「わかっているよ。ちゃんとセシルさんに頼んである」 「そうだな。セシルが見張っていてくれるなら大丈夫だろう」 こう言って、ルルーシュが微笑む。その微笑みがとても可憐だ、と感じるのは自分だけではないのではないか。実際、アリスもしっかりと兄の微笑みに目を奪われている。 女である自分よりも兄の方がそのような表現が似合うのは何なのだろうか。 思わずそう悩んでしまうナナリーだった。 「それは、しかたがないんじゃないですかぁ」 何年経とうとも、ロイドはいつでもロイドだ。いつもの口調でこう言ってくれる。 「ルルーシュ様は、今、ラブラブですからぁ」 まぁ、それはそれで幸せそうでいいことだが……と彼はわざとらしいため息をついた。 「僕としては、ランスロットのデーターをとりたいんだけどねぇ」 スザクはルルーシュとラブラブするのに忙しいようだし、という言葉に、ナナリーは苦笑を浮かべる。 「いやですわ、ロイドさん」 今更、何を言っているのか。あの二人は昔からラブラブだったはずだ。彼女のこの指摘に、ロイドは一度目を大きく見開く。 「それはそぉかもしれませんけどぉ」 でも、今は目のやりどころに困る。何よりも、ランスロットの新機能のテストが出来ないのは辛い。そういう彼の言葉にナナリーはさらに苦笑を浮かべた。 「そう言うときは、お兄さまを先に巻き込んでおくのがよろしいのではありませんか?」 そうすれば、当然スザクも就いてくるだろう。ナナリーはそう口にする。 「あぁ、確かにぃ!」 じゃ、そうしよう……と彼はそのままルルーシュの元へ押しかけそうな勢いだ。 「でも、そうするとお兄さまとスザクさんが仲良くされているところをすぐ側で目の当たりにしなければいけませんわね」 自分は構わない。それどころか見ていて楽しい、とそう思える。 だが、彼はどうだろうか。 「あぁぁぁぁっ! そぉだったぁ」 目に入れたくなくても目に入ってくるよぉ、と彼はその場にうずくまる。 「本当。わたくしにもスザクさんのような素敵な方が見つかればいいのですが」 父のように権力を持っていなくても構わないから。自分を包んでくれるだけの度量の持ち主がいてくれればいいのに。 「でも……お兄さまのように『守って上げたい』タイプではないから無理でしょうか」 見かけだけであれば、十分そう思わせる少女がこんなセリフを口にしても真実味はなさそうである。しかも、この妹を溺愛している兄や父が聞けば、どれだけ嘆くだろうか。 しかし、ナナリーの中では既にルルーシュは『守るべき相手』として認識されていた。 「本当に、悪い人に騙される前にスザクさんとくっついてくださってよかったですわ」 おかげで、変な相手を《義姉》と呼ばなくてすむ。 だが、いつ、バカが出てくるとも限らない。あの兄のぽややんぶりでは、万が一という可能性だって否定できないのだ。 「……と言うわけで、ロイドさん」 さっさと現実に戻ってくださいます? とナナリーはかわいらしい仕草で彼の背中を蹴飛ばした。 そのころ、ルルーシュは盛大なくしゃみを連発した。 「ルルーシュ様?」 「どうしたの?」 慌てたように彼の騎士達が駆け寄ってくる。 「スザク!」 とりあえず、とルルーシュの背中をさすりながら、カレンは彼をにらみつけた。 「ルルーシュに風邪をひかせるようなことを、僕がするはずがないでしょう?」 即座にスザクはこう言い返している。 「……風邪じゃ、ない……」 いきなりくしゃみが出たんだ、とルルーシュは口にした。 「ひょっとして、誰かが噂をしているのかしら」 カレンがこう言って首をかしげる。 「一回がいい噂で、二回が悪い噂、だっけ?」 スザクもそれを聞いたことがあるのだろう。こう言って頷いている。 「でも、誰が?」 自分の噂なんて、とルルーシュは首をかしげてみせた。 「誰だろうね」 まぁ、気にしなくていいんじゃないのかな? とスザクは微笑む。 「そうだな」 それよりも、書類を片づけてしまった方が有意義だ。そうすれば、少しでも長くナナリーとの時間が取れるから。 こう考えているルルーシュ達が真実を知らないのは幸せだったのかもしれない。 終 BACK 08.09.08up |