「……神楽耶から?」 ナナリーとお茶を楽しんでいたのに、と思いつつも、相手が彼女では文句も言えない。 しかし、いったいどうした言うのだろうか。 こう考えながら、ルルーシュはカレンに確認をために声をかける。 「はい。今、スザクが詳しいことを聞いていますが……」 何やら、彼女の友人のことで厄介な事態が持ち上がったらしい。それについて、ルルーシュの力を借りたいと言っていた。 「何があったのでしょうか」 アッシュフォード学園に通っていた頃に彼女と仲良くなったらしいナナリーが、心配そうな表情で口にする。 「まだ、わからないのですが……ただ、あの方は、最近、エリア11だけではなく、中華連邦の方にも足を運ばれておられますから」 そちらで出来た交友関係までは、スザクも把握していないらしい……とカレンは付け加えた。 「……聞いてみればわかることか……」 このエリアの総督としてではなく、彼女の友人として。ルルーシュはそう判断をする。 「そうですね」 それがいいだろう、とカレンも頷いてくれた。 「必要でしたら、藤堂さんにも声をかけておきましょうか?」 彼ならば、あるいは、そのあたりの事情を知っているかもしれない。彼女はそう付け加える。 「そうだな。データーは多い方がいい」 それだけ適切な判断を下せるだろう。だから、とルルーシュは続ける。 何よりも、神楽耶が絡んでいるのであれば、スザクが適切な判断を下せるかどうか不安だ。 いや、そう考えては、彼を侮辱していることになるかもしれない、とルルーシュは思い直す。 スザクが自分を優先しないはずがない。 だからこそ、自分が彼の周囲の者達に気を配るべきなのだろうか。 しかし、やりすぎると公私混同といわれかねない。そのあたりのさじ加減が難しいな、と思う。 「……そうだな、あのストーカーもこき使うか」 相変わらず自分の側をうろついている相手の顔を思い出しながら、ルルーシュはこう呟く。 「ルルーシュ様が表に出てまずいときには、私が動きますから」 それが騎士としての自分の役目だろう。カレンはそういって微笑む。 「あいつは、一応友人ですしね」 スザクの様子がおかしければ、ルルーシュも不安だろうし……と言われてルルーシュは苦笑を返すしかできない。 「お兄さまとスザクさんは、本当に仲がよろしいから」 ナナリーにこう言われると、何か微妙な気持ちになるのはどうしてだろう。 「そうだな」 ともかく、スザクが厄介ごとに巻き込まれなければいい。そう考えるルルーシュだった。 神楽耶が直接、政庁に足を運んできたのは、それから二日後のことだった。その時にはもう、ルルーシュの元には必要と思われる情報が集まっていた。 「あの変態も……有能なのよね、本当に」 カレンのこの言葉には、ルルーシュも同意である。しかし、どうして神楽耶がこんな行動をとったのかがルルーシュにはわからなかった。 だから、本人に確認しよう。 そう考えながら、私室の方の応接間へと彼女を通すように命じた。 「ごめんね、ルル」 忙しいのに、とスザクが口にする。 「気にするな。神楽耶は嫌いじゃない」 それに、ナナリーにとっても大切な友人だ。何よりも、スザクの親戚だろう、とルルーシュは微笑む。 「もっとも、手を貸せるかどうかは別問題だぞ」 自分には、このエリアの総督としての義務がある。それを優先しなければいけない。言外にそう告げれば、スザクも静かに頷いてみせた。 「もちろんだよ、ルル」 わかっている、と彼は付け加える。 「確かに、僕にとっても神楽耶は、今となってはただ一人の血縁だけど……でも、ルル以上に大切な存在はないから」 だから、彼女を切り捨てることになっても構わない。そうまで彼は言い切る。 「スザク……」 「神楽耶も、それはわかっていると思うよ」 彼女も、そのことに関しては覚悟しているはずだから……とさらに言葉を重ねた。 「僕と違って、彼女は日本の象徴となるべく育てられた人だから」 そのあたりはきちんと学んでいるはず。それに、ルルーシュも頷いてみせる。 「俺も、そう思っていた」 神楽耶と話をしていると、兄や姉たちと会話をしているような気になるのだ。それは、きっと、彼女も帝王学を学んでいたからだろう。 「しかし、その神楽耶がわざわざ中華連邦の話を持ち込んでくるとは……いったい、どんな内容なんだろうな」 それが一番、気にかかる。ルルーシュはこう言いながらスザクの顔を見上げた。 「僕もまだ聞いていないんだ」 とりあえず、ブリタニアの皇族が関係していることだけは聞いたけど……と彼は続ける。だから、ルルーシュに相談をしたいと言い出したのだろうか。こう言って首をひねってみせた。 「……だろうな」 皇族の顔と名前は知っていても、その人となりを知る機会は少ない。 公式の場で見る皇族の姿はあくまでも仮面なのだ。それは、自分も例外ではないのだが……とルルーシュはため息をつく。親しいもの以外は顔と名前以外知らないと言っていい。 それでも、少なくとも、同じ皇族である以上、情報は入ってくる。 「まぁ、いざとなれば、シュナイゼル兄上かコーネリア姉上あたりに俺から相談をすればいいだけか」 でなければ、マリアンヌを通じてシャルルに、だろうか。もっとも、これはできれば避けたい手段ではある。 「どちらにしろ、話を聞いてからだな」 本当に、いったい、何が起きているのか。 「エリア11にいる者達が、危険にさらされなければいいんだが」 ようやく、このエリアは《日本》であった頃の伝統を取り戻しつつある。だが、それもルルーシュが総督であるからだ。 他のものがこの地位に就けば、その目は簡単に潰されるだろう。 いくら、あの父でも、自分の失態を見逃してくれるほど優しくはないのではないか。だから、と思いながら、ルルーシュはまた前を見つめる。 「大丈夫だよ、ルル。僕たちがいるから」 スザクが静かに、だがきっぱりとこういった。 「スザク……」 「僕たちが……僕が、君を守るから」 それが、自分の生き甲斐だから……とスザクの優しい声音がルルーシュの小さな背を追いかけてくる。 その言葉だけで、自分は安心できる。 だから、真っ直ぐに歩いていこう。そう心の中で呟きながら、ルルーシュは足を進めていく。 そんな彼の後ろを、スザクが黙って付いてきてくれた。 しかし、神楽耶からの話はまったく予想してもいないことだった。 「……オデュッセウス兄上が婚約?」 そのこと自体は別におかしいことではない。むしろ、遅すぎたのではないか、とそうも思う。 「しかも、わたくしと同い年の方と、ですか?」 ナナリーが複雑な表情を浮かべながらこう言っている。 それも当然だろう。シュナイゼルですら、既に、三十代後半。それよりも年上のオデュッセウスは不惑に近いのではないか。ナナリーが十三歳だから、およそ、二十五歳、年の差があるということになる。 「まぁ、その位の年齢差は驚かないが……」 自分たちの両親が、その年齢差だから……とルルーシュは呟く。 「そうですわね」 考えれば、マリアンヌは父よりもオデュッセウスの年齢に近い――いや、あの義兄の方が年上なのか。それなのに、よく、あの父に嫁いだものだ、と心の中で付け加えた。 「それでも、お母様は、ご自分の意志でお父様に嫁がれたのですわよね?」 決して、政略結婚ではなかったはず……とナナリーは問いかけてくる。 「あぁ。そうお聞きしている」 シャルルを守って戦ったマリアンヌの美しさに一目ぼれをしたのがそもそものなれそめだったらしい。戦場でそのままプロポーズをして、マリアンヌが受け入れたのだ。そう、ビスマルクが教えてくれた。 だから、多少の年の差があったとしてもいいのかもしれない。 しかし、今回のことは二人の自由意志ではないのではないか。少なくとも花嫁に関してはそうらしい。 「母上の時には、既に成人されていたから、だろうな」 そう考えてしまうのは。ルルーシュはそう呟く。 「そうですね、お兄さま」 ナナリーが即座に同意をしてみせる。 「その方は、ご自分の意志でオデュッセウス殿下と婚約をしたわけではないんだな? 神楽耶」 その脇では、スザクが従姉妹に問いかけていた。 「ご自分の婚約相手の顔もご存じないのよ。あなたがルルーシュ殿下のお側にいるとお伝えしたら、なら、オデュッセウス殿下の写真が手に入らないか……とお願いされたの」 それを言われなければ、今回のことも知らないままだったかもしれない。神楽耶はそう言い返している。 「信じられない! 何、それ」 「そうですわよね、カレンさん」 カレンとナナリーが即座に騒ぎ出す。 「……兄上の写真ぐらいなら、いくらでも用意できるが……」 しかし、神楽耶が望んでいるのはそういうことではないのだろう。ルルーシュはそう判断をして彼女を見つめる。 「不敬なことをお聞きしますが」 それに神楽耶は静かに口を開く。 「オデュッセウス殿下は、幼い女性が好きなのでしょうか」 それとも、本当にただの政略結婚なのか。それが知りたい。 「あの方が――たとえ一方的にとはいえ――望まれて婚約をするのであれば、わたくしには何も言えません。ですが、そうではないのでしたら、あの方がおかわいそうです」 心に秘めた方がいらっしゃるのに。しかも、幼い頃から彼女の側にいてくれた相手だ。そう神楽耶は付け加える。 それが、婉曲的な表現なのだ、ということはルルーシュにもわかった。 「オデュッセウス殿下って、ロリコンなの?」 カレンがしっかりとそのぼやかされた部分を口にしてくれたのだ。 「どうでしょう……オデュッセウスお兄さまは、私にもお兄さまにもお優しいです。でも、それは他の皆様も同じですから……」 自分にはどうかわからない、とナナリーが彼女に言葉を返している。 「……こういう事を聞いても笑って教えてくれるのは……シュナイゼル兄上だな」 シャルルやマリアンヌでも教えてくれるかもしれない。しかし、その後が怖いような気がする。 「……スザク……」 だから、とルルーシュはため息をつきながら、彼の名を口にした。 「シュナイゼル殿下に連絡を取るね」 即座に彼はこう言ってくれる。 「頼む」 それに頷くと、彼は立ち上がった。 これが、別の意味での騒動の始まりだ、とルルーシュはまだ気付いていなかった。 終 BACK 08.09.22up |