ルルーシュから「相談したいことがある」と連絡があったのは、今朝のことだ。 しかし、残念ながら、その時にはもう、会議の時間が迫っていた。だから、時差を考えて、こちらの夕方――あちらでは朝にもう一度連絡を入れてくれるよう、返事を返したのだが…… 「何故、君もここにいるのかな?」 クロヴィス、とシュナイゼルはすぐ下の弟に向かって問いかける。 「いいじゃないですか! ルルーシュ不足なんです」 先日までは、すぐ側にあの子がいた。しかし、今は顔を見ることはおろか声を聞くことも出来ない。そうクロヴィスは主張をする。 「しかたがないだろう。あの子は、もう十分な実力を身につけていたからね」 心配があるとすれば、その若さだけだ。しかし、とシュナイゼルは微笑む。 「エリア11の人々はあの子が総督になることを強く希望していたからね」 それでエリアが安定をし、生産性が向上するのであれば認めざるを得ないからね……と彼は続ける。 「彼の地には、あの子が頼れる者達も多い。こちらからの人員も厳選して送り出したから、そう言った点で心配はいらないと思うが……」 それでも不測の事態というのはあり得る。 特に、ブリタニア本国――いや、皇族が関わっている場合には、だ。 スザクとカレンの二人がルルーシュの側にいて、本国には自分たちがいる。それでも全てに目を配っていられるわけではない。どこかに見落としがあるとしても不思議ではないのだ。 それでもこうしていられるのは、スザクが必ずルルーシュを守りきるとわかっているからだろう。 「では、いったい、何なのでしょうか。ルルーシュの相談というのは」 クロヴィスが首をひねりながらこう問いかけてくる。 「さぁ、ね。聞いてみないとわからないな」 だが、どのような内容であれ、ルルーシュが自分を頼ってくれたのだ。持っている権力を全て使ってでも手助けをしてやらないといけないだろう。 「……そうですか……」 さもないことならばいいのですが、とクロヴィスは呟く。 「あるいは……誰かがあの子に懸想をしたと言うことかもしれませんし……」 それで断り方に悩んでいるとか、と彼は続けた。 「そのようなことが、あったのかね?」 「えぇ。あの子はマリアンヌ様にそっくりですから」 何よりも、あのかわいらしい笑顔にめろめろになるものが多かった。たまに不埒ものもいたが、それらの者達は黒の騎士団をはじめとする親衛隊が秘密裏に処理していたはず。そう彼は続ける。 「それに許可を出していたのは君なのだね」 「当然です」 しかし、少し過保護にしすぎたかもしれない。そのせいで、対処法がわからないのではないか。クロヴィスはそう続ける。 「しかし、私たちを頼ってくれるのだ。いくらでも対策を伝授できるだろう?」 幸か不幸か、その手の事も経験を積んでいるし……とシュナイゼルは笑う。 「えぇ、そうですね。コーネリア姉上には怒られる程度に」 あの方も、ある意味、ルルーシュと同じ人種だから……とクロヴィスは同じような笑みを口元に浮かべる。 「まぁ、あの子達はそれでいい。皇帝陛下に似られたら大変だったよ」 幸い、ナナリーもルルーシュ達と同じ考えの持ち主だから、何も心配はいらない。そうも続ける。 「マリアンヌさまのご教育がよかったのでしょうね、あの二人に関しては」 「否定できないね」 シュナイゼルがこういった瞬間だ。 「ルルーシュ殿下からの通信が入っておりますわ」 カノンが声をかけてくる。 「つないでくれ」 さて。まずは久々にあのこの顔を堪能しようか。そう思いながら、シュナイゼルは頷いて見せた。 しかし、ルルーシュの口から出たのは、まったく予想もしていなかった内容の言葉だった。 「オデュッセウス兄上が婚約されたそうですが……花嫁になられる方に兄上の写真を送っても構わないでしょうか」 自分の知り合いがその方と知り合いで、その人物を通じて頼まれたのだ。 ルルーシュはにっこりと微笑みながらこう問いかける。 しかし、実際はそんな心境ではない……と彼等にはわかっているはずだ。 『ルルーシュ……その話だけど、ね』 どこか困惑した表情のまま、シュナイゼルが口を開く。 「しかし、知りませんでしたよ。花嫁が俺よりも年下の方だとは」 だがそれを最後まで聞くことなく、ルルーシュはさらに言葉を重ねた。いや、口を開いたのは彼だけではない。 「オデュッセウスお兄さまって……ロリコンでいらっしゃいましたの?」 かわいらしい笑みと共にこう告げたのはナナリーだ。その方が絶対効果がある、と言うカレン達の言葉で彼女もまたこの場に同席している。 『ナ、ナナリー?』 慌てたような声は間違いなくクロヴィスのものだろう。 「と言うことは、わたくしはオデュッセウスお兄さまのお側にはいかない方がよろしいのでしょうか」 ルルーシュお兄さま、と彼女は視線を向けてくる。 「どうだろうな。母上に相談をすれば教えてくださるだろうが」 それとも、父上だろうか……とルルーシュは首をかしげて見せた。 『……ルルーシュ……』 ようやく、と言うべきだろうか。シュナイゼルの声がスピーカーから響いてくる。 「何でしょうか」 クロヴィスなら八つ当たりをしたとしても構わない――この認識が間違っていると、本人は微塵も考えていない――が、流石にこの二番目の兄にだけはそういうことをしてはいけないのではないか。 何よりも、彼は宰相なのだし。しかし、この憤りを隠せるほど自分は大人ではないことも、ルルーシュは自覚していた。 「俺としては、恋愛結婚ならばともかく、そうでないのでしたら自分よりも年下の女性を『義姉上』と呼びたくないのですが」 しかも、どう考えても人身御供としか思えないし……とそうも付け加える。 「ついでに、そのせいで中華連邦の反体制派がこのエリアに突撃を仕掛けてくるのは絶対にごめんです!」 実際に、そういう話が出ているのだ、と勢いのまま口にした。 『ルルーシュ、それは!』 「本当の話、だそうですよ。神楽耶が天子さま付きの女官から聞いてきてくれましたから」 でなければ、わざわざ忙しいシュナイゼルに連絡を取るか、とルルーシュは言外に告げる。 「それでも、オデュッセウス兄上が望んで結婚をされるならばともかく、そうでないなら、断固として反対しますよ、俺は」 多少みっともないが、シャルルにだろうと誰にだろうと泣きついてみせるから、とルルーシュは言い切った。 「俺にはこのエリアの人々の平和を守る義務があります!」 そのためであれば、自分のプライドを一時投げ捨てるくらいのことは何でもない。そうも付け加える。 『ルルーシュ……』 それに感激したように声を上げたのはクロヴィスだった。 『やはり、君をそのエリアの総督にしてよかったよ』 そして、シュナイゼルもこう言って微笑む。 『だがね。少しの間でいいから私の話に耳を貸してくれるかな?』 かなり、大きな誤解が生まれているようなのでね……と彼はさらに付け加える。 「お聞きしましょう」 そこまで言うのであれば、きちんと納得させてくれるのだろう。その後のことは、それから考えてもいいのではないか。 そう判断をして、ルルーシュは座り直す。 「そうですわね。何にせよ、相手の話をきちんと聞きなさい、とお母様がおっしゃっておられましたし」 その後でそれを受け入れるか、それとも突っぱねるか、決めればいい……とも、と付け加えるナナリーに、シュナイゼルが苦笑を浮かべているのが見えた。 「要するに、ちょっとしたすれ違いが原因なのだよ」 と言うよりも、あちらにしてみれば、願望が入っているのではないか。そうシュナイゼルは告げる。 『願望、ですか?』 意味がわからない、とルルーシュは首をかしげた。 「そう。エリア11が混乱していれば、あちらとしては都合がよかったのだろうがね」 だが、ルルーシュの存在が全ての混乱を収めてしまった。もちろん、完全にではない。それでも、中華連邦の介入を拒んでいる。 いや、それだけではない。 最悪、こちらがあちらに攻め込むと考えているのではないだろうか。 『そんなこと……』 「そう。私たちはそんなことは考えていない。もちろん、皇帝陛下もね」 彼も老いた、と言うべきなのだろうか。それとも、彼の国を攻めればエリア11がどうなるかを考えてのことか。おそらく後者なのだろうね、と心の中でシュナイゼルは呟く。 「だが、あちらはそうは考えていない」 だからこそ、こちらとの繋がりを欲していた。 「オデュッセウス兄上が、天子が出席しているパーティに出席されたのは事実だよ。そして、彼女たちの方へ時々視線を向けられていたのもね」 それを誤解されたのだろうね、とシュナイゼルは告げる。 『天子を見ていたのではないのですか?』 ルルーシュが低い声で問いかけてきた。 「そうだよ。兄上の初恋の人は、マリアンヌ様だからね」 いや、彼だけではないが……と心の中だけで呟く。父にしても、ひょっとしたら彼女が初めて《恋》をした相手かもしれない。自分にしても、彼女の美しさに心惹かれていたことは否定できないのだ。 「だからね。今でも兄上は、戦う美しい女性に弱いのだよ」 しかも、黒髪の……と苦笑と共に付け加える。 「そういえば……中華連邦の武官に、美しい女性がいたな」 何かを考え込んでいたらしいクロヴィスが不意に口を開く。 「ひょっとして……」 「そういうことだよ。それを、あちらが誤解をした……と言うわけだ」 オデュッセウスが見ていた先を勝手に誤解して盛り上がったようだ、とシュナイゼルは呟く。 「もっとも、それでも相手の方が自分から言い出してくださったなら、私としても悩まずにすんだのだがね」 あるいは、国民のためと割り切ってくれたなら、これ以上に嬉しいことはなかった。そうもはき出す。 『違うのですか?』 ルルーシュが微かに眉を寄せながら問いかけてくる。おそらく、あの子の優秀な脳はその答えを既に見つけているはずだ。だが、それを信じたくないのではないか。 それも当然だろう。 ルルーシュは兄弟達の中で一番幼い。だが、周囲の者達があの子に皇族としての義務をきちんと教え込んだ。そして、支配される側からの視点も、だ。そんなあの子からすれば、とうてい信じられないことなのだろう。 「……不本意だがね」 しかし、オデュッセウスと天子の婚約を持ちかけていた大宦官達は違った。 「と言うわけで、その点に関しては、悪いようにしない。だから、しばらく黙ってみていてくれるように、お友達に頼んでくれるかな?」 決して悪いようにはしない。 この言葉に、ルルーシュはどうすべきかというように首をかしげている。そのまま、視線をそらした。おそらく、その先にはスザクがいるのではないか。 『わかりました。あちらにはそう申し上げております』 しばらくして、ルルーシュがこう言ってくれる。 『オデュッセウスお兄さまが変態でなくてよかったです』 しかし、ナナリーのこのセリフは何なのか。 外見だけは、確かにルルーシュの方がマリアンヌに似ている。しかし、中身はナナリーにそっくり受け継がれたのかもしれない。 「ご本人には内緒だよ?」 苦笑と共にシュナイゼルがこう言い返せば、 『わかっています、シュナイゼルお兄さま』 と彼女の微笑みが帰ってきた。 『お忙しい中、お時間を割いて頂き、申し訳ありません』 これ以上、彼女に爆弾発言をさせない方がいい、と判断したのか。ルルーシュがこう言ってくる。 「気にしなくていいよ。むしろ、もっと頼ってくれていいからね」 ルルーシュの手助けをすることは自分たちにとって楽しいことでもあるから。そういってシュナイゼルは笑う。 「そうだよ、ルルーシュ。側にはいてあげられないが、出来ることはしてあげるから」 クロヴィスもまた、こう言って微笑んでいる。 『ありがとうございます、兄上』 では、失礼をさせて頂きます……いう言葉とともに通信が切られた。 「あの子の情報網は侮れないね」 それを確認して、シュナイゼルはこう口にする。 「兄上……」 「さて、これから忙しくなるよ。手伝ってくれるね?」 不安そうなクロヴィスにシュナイゼルは問いかけた。 「もちろんです」 そんな彼に、クロヴィスは微笑み返してくる。 「まずは、兄上の所かな?」 言葉とともにシュナイゼルは立ち上がった。 終 BACK 08.10.06up |