中華連邦からの大使がやってくるという。その話を聞いた瞬間、ルルーシュは小さなため息をつく。
「……これって、兄上がおっしゃっていた連中の一人なのか?」
 そのまま、スザクへと視線を向けた。
「だと思うよ」
 詳しい情報は、今、集めて貰っているから……とスザクは言い返してくる。
「だから、今日の所は我慢して」
 それも、総督の役目だ……と彼は付け加えた。
「わかっている」
 でも、とルルーシュは意味ありげな視線を彼に向ける。
「終わったら、ご褒美、くれるよな?」
 この言葉が何を意味しているのか、当然、スザクにはわかっているはずだ。
「……とりあえず、キスだけだよ?」
 それ以上のことは他の仕事が終わって、余裕があってから考えようね……と彼は言ってくる。それを物足りないと思うのはいけないのだろうか。ルルーシュは心の中でそう呟く。
「……わかった……」
 だが、自分には果たさなければいけない義務がある。それがわかっている以上、納得しないわけにはいかない。
「でも、最後までしなくていいなら、付き合ってあげるから」
 言外に、自分だけに快感を与えてくれると言っているのだろう。確かに、ルルーシュにとってそれが一番、負担は少ない。それでも、とこっそりと唇を噛む。そんな些細なことに大人の余裕のようなものを感じて少し面白くない。
「ルル」
 それがわかったのだろうか。スザクが小さな笑いを漏らす。
「僕がマリアンヌ様達に殺されてもいい?」
 そのまま、耳元でこう囁かれる。
「……それは、いやだ……」
 スザクが自分の前からいなくなるのは、とルルーシュは即座に言い返す。そして、自分の母であれば、その程度ぐらい十分にやるだろうと言うこともわかっていた。
「だから、我慢してね」
 自分だって我慢しているんだから、と彼はそうも付け加える。それに、渋々ながら頷いて見せた。
「わかった。でも、約束だぞ」
 今言ったことは、とルルーシュは言い返す。
「もちろんだよ」
 スザクが笑みを深めたときだ。二人がいる貴賓室のドアがノックされる。
「カレンか?」
「おそらく」
 他の者は近づいてこられないはず。そういいながら、スザクはそれでもルルーシュとドアの間に移動した。
「どうぞ」
 そのまま、いつでも動けるような体勢のまま――しかし、一見すればただ立っているようにしか見えない――スザクはドアの外にいる相手に声をかける。
「失礼します」
 予想通りと言うべきか。返されたのはもう一人の騎士の声だ。それに、スザクは体から力を抜く。
「お客様が着いたそうですよ」
 こう言いながら、カレンが姿を現した。
「……どうかしたのか?」
 しかし、彼女の表情はどこか浮かない。と言うよりも、何かものすごく気色の悪いものを見たというような、と言った方が正しいのか。
「行けば、わかると思うわ」
 それに彼女はこの一言だけを返してくる。
「ともかく」
 だが、何かを思い出したのだろう。カレンは真っ直ぐにスザクを見つめた。
「あんたは何があっても、ルルーシュ様の側を離れちゃダメよ?」
 必要な雑事は自分がするから……とさらに彼女は言葉を重ねる。
「……意味はわからないけど、用もないのに僕がルルから離れるわけがないでしょ?」
 スザクは首をかしげながら言葉を返す。
「絶対よ?」
 さらにだめ押しをすると、カレンはルルーシュへと視線を向けてきた。
「準備はよろしいですね?」
 そして、確認の言葉を口にする。
「とりあえずは、出来ている」
 あまり気は進まないが、と言葉を返しながら、ルルーシュは腰を上げた。
 スザクが即座に手を貸してくれる。他の者がそのようなことをしたならば殴るかもしれないが、彼が相手では当然のことのように感じられた。
 それはきっと、幼い頃からのすり込みのせいだろう。
「行くぞ」
 でも、スザクは自分の恋人だからいいか。そう考えながら、ルルーシュは歩き出した。

 目の前の相手の声を聞いた瞬間、ルルーシュは思わず鳥肌を立ててしまった。こう言うときは、皇族服は助かる、とそう心の中で呟く。
「ようこそ」
 それでもロイヤルスマイルを浮かべていられたのは、ある意味、あの魑魅魍魎の世界ブリタニア宮殿で生きてきたからだろうか。
 その表情のまま、ルルーシュは相手に手を差し出す。
 しかし、すぐにその行動を後悔してしまった。
「これはこれは……噂には聞いておりましたが、本当に愛らしい総督閣下でおられますな」
 この言葉とともに両手で指しだした手を握られる。それだけならばまだしも、さらに顔を近づけられてしまった。
 反射的に、ふりほどいて逃げ出したいと思っても誰もとがめないだろう。
「失敗しましたな。お年から言えば、天子様にはこの方の方がお似合いだったかもしれませんのぉ」
 そう思いませんか、星刻……と側にいた黒い長髪の武官へと視線を流す。その視線が、女性達が父や兄たちにこびているときのそれに似通っているような気がするのは錯覚だろうか。
「とりあえず、お手を放された方がよろしいかと」
 ブリタニアの方々が気分を害されますよ、と指摘してくれる彼は、どうやら普通の感性の持ち主のようだ。どうして、彼の方が大使ではないのだろうか、とそんなことも考えてしまう。
「そうは言うがの。このように愛らしいお方じゃ。いつまでも愛でておきたいと思うのが人情というものではないかな?」
 この身が《男》であれば、それだけではすまなかったかもしれぬ……とさらに言葉が重ねられたときだ。いきなり二人の間に風が割り込む。いや、そう思ったのはスザクの手だった。
「何を!」
「失礼。総督閣下は風邪気味でいらっしゃいますので」
 さらに近づこうとした相手の顔をスザクの手が押しのけている。
「そこまでになさることですね、高亥さま」
 星刻もまたため息とともにこう告げた。
「でなければ、それこそ、即座に開戦となりかねません」
 そうなったら、責任は取れるのか……と言外に彼は問いかけている。
「しかたありませんなぁ。初対面では」
 だが、これでお近づきになったことだし……と微笑んでいるその姿に、ルルーシュは本気で泣き出したくなっていた。

「……スザク……気持ち悪かったぁ!」
 あれは、何! といいながら、ルルーシュは彼の胸に顔を埋めている。しかし、今日ばかりは誰もそれをとがめなかった。
「ご苦労様、ルル。よく我慢したね」
 こう言って、スザクがルルーシュの背中を撫でてくれる。
「しかし、カレンが言っていたのは、こういう事だったわけ?」
 スザクの声に怒りが感じられるのは錯覚ではないと思いたい。
「そうよ……あたしを見て、思い切り顔をしかめたし……何、あいつ」
 変態? と彼女はそう付け加える。もっとも、カレンの場合、自信過剰というわけではない。ルルーシュの騎士だと言うこと――ついでに日本人とのハーフだと言うことも、既に公然の秘密だ――を知らないはずがないだろうに、彼女に求婚をする男性は次々と現れるのだ。
 その彼女にそんな態度をとるとは、やはり変態なのだろうか。
「……あのストーカーよりも気持ち悪い人間がいるなんて……」
 思わなかった、とルルーシュは呟く。
「でも、あれでも中華連邦の大使なのよね」
 困ったわ、とカレンがため息をついた。そうでなければ、即座にエリア11からたたき出してやるのに、とも続ける。
「かといって、本国に連絡をするわけにはいかないしね」
 そんなことをすれば、あのシャルルがどのような行動をとるか……とスザクは口にした。
「とりあえず、穏便にお帰りいただけるようなネタを見つけられればいいんだけどね」
「そういうことなら、あのストーカーに任せればいいんじゃない?」
 ルルーシュの危機だというのであれば、あの男は即座に行動を開始するだろう。それも、完璧に、だ。
「……父上や、兄上に、ばれない……か?」
 鼻をすすりながら、ルルーシュは彼に問いかける。
「それは……」
「大丈夫。ちゃんと釘を刺しておくから」
 任せておいて、と言い切ってくれるなら大丈夫だろう。ルルーシュはそう判断をする。
「……任せる……」
 この言葉とともに、ルルーシュはスザクの胸に顔を押しつけた。

 そのころ、中華連邦の公館ではおなじように頭を抱えている人物がいた。
「……このままでは、ブリタニアとの戦争になりかねんぞ……」
 あの小さな総督は、皇帝のお気に入りだという。しかも、高位の皇族達にも可愛がられていると聞いた……と彼はため息をつく。
「……星刻様……」
「ともかく、高亥様に気付かれぬようにあちらと繋ぎを取れればいいのだが」
 そうすれば、対処も取れるだろう。
 しかし、信頼できる人物は誰なのだろうか。
 それも、できればルルーシュの身近にいる相手がいい。
「天子様……私にお力を侵しください……」
 そう呟く彼の耳に言葉は返ってこなかった。

 そんな彼に、ブリタニア皇帝公認ストーカーが接触をするまで今しばらくの時間が必要だった。




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08.10.20up