スザクの膝の上にルルーシュが座っている。それは最近、よく見られる光景ではあった。 しかし、何故この場で……とギルフォードは思う。 「申し訳ありません、ギルフォード卿」 先日の一件から、ルルーシュが自分の側を離れたがらないのだ……とスザクが謝ってくる。 「特に……今日はユーフェミア殿下もご一緒だと耳にされたもので、余計に」 完全に警戒モードで、朝からずっとこの調子なのだ……と彼は続けた。 「……そうですか……」 そういえば、コーネリアからも話を聞かされていたな……とギルフォードは心の中で呟く。本当に、ユーフェミア様も困ったものだ、ともそう付け加える。 「ルルーシュ殿下」 ともかく、この場を何とかしなければいけない。少なくとも、スザクの邪魔だけはさせないようにしないと……と思いながらギルフォードは彼に声をかけた。 「なんだ?」 皇族らしい口調でルルーシュは聞き返してくる。 「できれば、スザクの膝ではなく、隣のイスに移動して頂けませんか?」 ユーフェミアはルルーシュを挟んでスザクとは反対側に座って頂くから……とギルフォードは提案をする。 「いやだ」 普段は聞き分けのいい子供なのに、どうして……と悩みたくなるくらい、ルルーシュは即座にこう言い返してきた。それだけではなく、シュナイゼルによく似たロイヤルスマイルまで浮かべている。そんな表情は、まだ覚えないでいて欲しかったのに……と考えるのは不遜なことなのだろうか。 「ルル。ギルフォード卿がそうおっしゃっていらっしゃいますから」 大丈夫です、とスザクはそんな彼を説得しようとしている。 「やだ!」 それに対し、ルルーシュは一言だけ言い返す。彼の、こんな子供らしい態度は初めて見たかもしれない……とギルフォードは思う。いや、いつでもルルーシュは子供らしい子供だ。だが、どこか背伸びをしているような所があった。しかし、スザクの前では普通の子供のような態度を見せている。 だから、コーネリア達はルルーシュの側にブリタニア人ではないとはいえ、彼を置いているのだろう。 「僕は、ルルから離れませんよ。そう約束しました。それとも、まだ信じて頂けないのですか?」 だとするならば、非常に悲しい……とスザクは口にする。 「……しゅじゃくはしんじてる」 でも、とルルーシュは言葉を重ねた。 「ゆふぃあねうえはしんじられない!」 何をするかわからない! ときっぱりと言いきる彼に、スザクだけではなくギルフォードまでもが目を丸くする。 「ルル?」 「るるはおとこだ! どれすなんて、きないの!!」 なのに、プレゼントだと言って、ドレスを送ってきたのだ! とルルーシュは言い切った。コーネリアが来ているようなあんな服が欲しかったのに、とも彼は続ける。 「まんとがついてて、かっこいいのに!」 確かに、ルルーシュの年齢であればそう感じるのだろうな、とギルフォードは微笑ましい気持ちになった。何よりも、それを身に纏っているのがコーネリアだからと言うこともルルーシュにとってはポイントが高いのだろう。 「ははうえがむかし、きておられたふくもかっこいいのだ」 だから、あんなのが欲しかったのに、とルルーシュは主張をする。 「マリアンヌ様の騎士服は、確かにお美しかったです」 あれを見て、騎士にあこがれたものも多いのだ、とギルフォードはスザクのために口にした。もちろん、コーネリアや自分もそうなのだ、とは言葉にはしないが。 「るるはははうえにそっくりだとみながいう。だから、るるもにあうはずなのに」 どうして、ドレスなのか……と言うルルーシュの髪の毛をスザクがそっと撫でた。 「大丈夫ですよ、ルル。ちゃんとお似合いになります」 この言葉にルルーシュがほっとしたような微笑みを浮かべる。これならば大丈夫だろうかとギルフォードがこっそりと胸をなで下ろしたときだ。 「でも、ルルーシュにはドレスがお似合いですわ」 お父様もそうおっしゃっていましたわよ、と柔らかな口調が周囲に響き渡る。 だから、どうしてこの時にそういうセリフを口にするのだろうか、彼女は。 自分の主の妹君だとわかっていても、ついつい怒鳴りつけたい気持ちになってしまうのはどうしれなのか。ギルフォードは本気で悩んでしまう。 「どれすなんて、にあわない! しゅないじぇるあにうえは、そういってくれたもん!」 ルルは男の子だから、ドレスよりも騎士服の方が似合うよって言った! とルルーシュは口にする。同時に、すがりつくようにスザクに抱きついた。 「まぁ……ルルーシュったら。コアラみたいで可愛いですわよ」 くすくすと笑いを漏らしながら、ユーフェミアはそんな彼の頬を指先でつつく。 「やっ!」 その指先から逃れるように、ルルーシュはスザクの胸に顔を埋める。そして、スザクもまた、ユーフェミアのイタズラからルルーシュを守るようにしっかりとその小さな体を抱きしめた。 「ユーフェミア殿下」 ルルが嫌がっていますから、おやめください……と口にしながら、彼はさらに身をねじって少しでもユーフェミアからルルーシュを遠ざけようとしている。 その態度は好ましい。 確かに、ルルーシュには彼のような存在が必要だったのだろう。 同時に、ユーフェミアには彼女の行動についてきちんと苦言を言えるものが側についている必要があるのではないか。ギルフォードは心の中でそんなことを呟いてしまう。 しかし、今はそれどころではない。 「ルルーシュったら……本当に赤ちゃんみたいですわね。お兄様になられたのでしょう?」 ユーフェミアはこんなセリフを口にしながら、さらに場所を移動している。そして、しつこくもルルーシュの頬をつついているのだ。 その様子に、スザクの表情が次第に強ばっていく。 「ユーフェミア殿下。お願いですから」 これ以上刺激をされると、ルルが泣きます……と口にしながら、スザクは立ち上がった。どうやら、座ったままではルルーシュのフォローを仕切れないと判断したらしい。 「クルルギ」 こうなったら、まずはルルーシュをユーフェミアから遠ざけるしかないだろう。その上で、コーネリアと対策を相談をした方がいいのではないか。ギルフォードはそう判断をして言葉を口にする。 「今日の所はここまでにしておいて、君はルルーシュ殿下とともにシュナイゼル殿下の所へ。ルルーシュ殿下とチェスの続きをなさりたいそうだ」 それに、あそこであればユーフェミアもルルーシュにイタズラはできないだろう。ともかく、ルルーシュに泣かれたらどうしていいのかわからなくなるのだ。 「わかりました」 言葉とともに、ルルーシュを抱きしめたままスザクは軽く頭を下げる。次の瞬間、彼は脱兎のごとくかけ出した。 「あっ……あら」 その行動までは予測していたのだろう。ユーフェミアは手を差し出していた。しかし、スザクのスピードは彼女の予想の範囲を超えていたらしい。 実際、本当にルルーシュを抱えているのか。ギルフォードでもそう考えたくなるほどのスピードなのだ。 だが、これで今日の所はルルーシュの安全は確保できただろう。それだけでも、今は安心できる。 「ユーフェミア様」 後は、彼女にどうやって反省をしてもらうか、だ。 「先ほどのことは、コーネリア様にご報告させて頂きます」 だからといって、自分の言葉に彼女が耳を貸してくれるはずがない。不本意だが、これしか方法がないだろう。小さなため息とともにこう告げるしかないギルフォードだった。 「るる、おとこのこだもん」 ぐりぐりとスザクの胸に額をすりつけながら、ルルーシュがこう呟いている。 「どれすなんて、きたくないもん」 そんな彼の背中を、スザクがやさしい手つきで撫でてやっていた。 「わかっていますよ、ルル」 さらにこう声をかけている。その表情からは、ルルーシュに対する愛情しか感じられない。あの時、クロヴィスの意見を聞き入れておいて本当によかったかもしれないな、とシュナイゼルは改めて認識をした。 「そうだよ、ルルーシュ」 取りあえずは完全にすねてしまっている可愛い末弟のご機嫌を何とかしよう。でないと、顔も見せてもらえそうにない。それでは自分が悲しいだろうが、と。 「ルルーシュにはドレスよりも騎士服が似合う。それに……ドレスが似合うのは、小さい頃はしかたがないことなのだよ」 自分もクロヴィスも、何度か着せられた……とシュナイゼルは苦笑とともに告げる。 「あにうえも?」 その言葉に、少しだけ気持ちが浮上したのだろうか。ルルーシュはスザクの胸から顔を上げて視線を向けてくれた。 「そうだよ。父上にも困ったものだね」 でも、ルルーシュが大きくなったら諦めると思うよ……と口にしながらも、それにはあと何年かかるだろうか、とも考えてしまう。 父に似ればいいのだが、ルルーシュはどう見てもマリアンヌにそっくりだ。父の遺伝子なんてどこに行ったのだろうか、と言いたくなるほどである。 だからこそ、ことあるごとにドレスを着せたがるのかもしれないが。 「もし、父上がやめてくれないときには、この兄がなんとでもしてあげるよ」 それにユーフェミアにはきちんと注意をしておいてあげるから……と微笑みを深める。 「だから、今は機嫌を直しなさい」 そして、自分のお膝においで……と付け加えればルルーシュはどうしようかというようにスザクの顔を見上げた。本当にいいのかどうかを、確認しているらしい。 「シュナイゼル殿下がこうおっしゃっているから、ルルがしたければしていいんですよ」 スザクの言葉に、ルルーシュは小首をかしげてみせる。だが、すぐに納得したように頷いてみせた。 「しゅないじぇるあにうえ」 そして、そのまま手を差し出してくる。そんな彼の体を、スザクもまた自分の方へと差し出すように抱き上げた。 「少し重くなったか?」 大きくなったのだね、と口にしながら、ルルーシュを受け取る。 「では、お茶にしよう。ルルーシュは何がいい?」 苺のタルトと苺プリンと苺のロールケーキを用意してあるが……と彼の顔をのぞき込みながら問いかけた。その瞬間、嬉しそうな微笑みをルルーシュは口元に浮かべる。 「んっとね……」 るるはね〜、と口にする彼を見つめながら、シュナイゼルは取りあえず幸せをかみしめていた。 終 BACK 07.03.28up |