人目を忍ぶように人影が一つ二つとある建物の中に吸い込まれていく。 それ自体は、別段、おかしいことではないのかもしれない。この平和なエリア11にも不穏分子はいるのだ。 もっとも、彼等が行動を開始する前にキョウト六家に察知され、その結果、藤堂達に内密に叩きつぶされているだけだったりする。 もちろん、きちんとスザクの元には報告が届いていた。それをルルーシュに告げていないのは、自分の裁量で判断して構わない事例だからだと言っていい。 「……まだ、肝心の大馬鹿者が来てないね」 中に入っていった者達の顔を確認してスザクはこう呟く。 「本当に、あれは来るの?」 そんな彼のわきで、同じように目の前の光景を見つめていたカレンが問いかけてくる。 「来ると思うよ」 即座にスザクはこう断言をした。 「今日は目玉商品があるから」 さらに付け加えた言葉に、カレンは不審そうな視線を向けてくる。 「ディートハルトに頼んで、あそこに潜入して貰ったんだ。ついでに、彼の手持ちから無難な写真を何枚か渡して貰っている」 もっとも、どれもこれも、ルルーシュが小さな頃のものだ。何でもない写真でも、その手の趣味の者達にとって見れば喉から手が出るほど欲しいものだったらしい。 何よりも、彼がルルーシュ観察日記のサイトマスターだというのが、あっさりと認められた理由かもしれないが、とそうも続けた。 「あんた!」 非難の声が即座に投げつけられる。 「……シュナイゼル殿下とマリアンヌさまの許可はいただいてある」 不本意だけど、それ以外に内部の情報を得る手段がなかった。 「……もっとも、ロイドさんに頼んで細工をして貰ってあるけど」 にっこりと微笑みながらそう付け加える。 「ひょっとして、時間が経つと消えたりするの?」 即座にこう言い返してきたのは、おそらく幼い頃に見ていた番組が同じだからだろう。 「……燃える」 ぼそっとスザクは呟くように告げた。 「本当?」 「本当だよ」 だいたい、半年ぐらいかな? とスザクは首をかしげる。何でも、写真を現像するときに使った薬品の化学反応でそうなるのだ、と彼は言っていた。 「詳しいことはわからないけどね」 流石に、そのあたりの専門用語はわからない。それでも、彼が『大丈夫だ』というのであれば信用しよう。 「ついでに複製も出来ないって言っていた」 だから、完全に消滅するはずだ。だから、許可をもらえたんだよね、とも付け加える。 「そうね。少なくともルルーシュ様とランスロットのとこに関しては嘘を言わないわね、あの人は」 カレンも頷いてみせた。 「それなら、変なことに使われるかもしれないって心配は減るわね」 このセリフに、スザクは苦笑を浮かべる。 「せっかく忘れていたのに」 何か、無条件でヴァリスをぶち込みたくなってきた……とその表情のまま彼は口にした。 「スザク……」 「冗談だよ」 半分は、と心の中で付け加える。 「やめてよね」 カレンが小さなため息とともに言葉をはき出す。 「あんたが言うと、冗談に聞こえないわ」 それは、半分以上、本音だから……とスザクは心の中でそう付け加える。 「酷いな」 だが、それを告げる代わりに苦笑を返した。 「そんな風に見える?」 「見えるって言うより、それがあんたでしょ?」 ルルーシュをそういう目で見るのは自分以外許せない、って言うのが……とカレンは断言をしてくれる。 「伊達や酔狂で、十年近く一緒にいるわけじゃないわよ」 この言葉には、本当に苦笑しか返せない。 「……まぁ、あんたがやらなくても、あたしたちがやるけどね」 ちょん切ってもいいかな、ととんでもないセリフを口にしてくれる。確かに、気持ちはわかるが、同じ男としてちょっとしのびないものが……と心の中で呟く。 「……でも、なかったらどうするわけ?」 ふっとした疑問がわき上がってくる。 「……その可能性もあったわね」 さて、どうしてやろうか。 カレンは本気で考え出す。 「まぁ、そこまでしなくても……お宝が燃えただけでもそれなりのおしおきになるんじゃない?」 スザクはこう言って笑う。 「あんたがそれで満足できるの?」 信じられない、とカレンは真顔で口にした。 「……一枚一枚ではそうたいしたことはなくても……枚数が多ければ多いほど、火力は強くなるんだよ?」 下手をしたら、家財産、全部なくすかもね……と呟くように告げる。 「……実は、ものすごく危ないことを考えてたんじゃない!」 そんなことになったら、周囲の人にまで迷惑がかかるでしょう? とカレンがあきれたようにため息をついた。 「大丈夫だよ。災害のときのためのシステムは、きちんと整備されているし……第一、ここに来るような連中が一般人なわけないでしょう?」 隣の家に延焼する前に、消火活動が始まるに決まっている。スザクはそう断言をした。 「……家族がいたら、ちょっと申し訳ないけどね」 それにカレンが何かを言い返そうとしたときだ。 「二人とも」 こう言いながら朝比奈が駆け寄ってくる。 「最後のバカが来たみたいだぞ」 先ほど、確認できた……と彼はこう告げた。 「そうですか」 なら、内部に入ってからが勝負ですね……とスザクは言い返す。 「踏み込むタイミングが重要だよね」 カレンも頷いてみせる。 「そのあたりはディートハルトの判断に任せよう」 今回だけは信用していいと思うから、とスザクは笑う。 「どうして?」 「……マリアンヌ様におしおきされたい人間はいないでしょ?」 そんなことを希望すれば、シャルルの名前で抹殺されるに決まっているから、と付け加える。その言葉に、誰もが納得をしたように頷いて見せた。 「その前に、シュナイゼル殿下に処分されるよね」 「……あいつの場合、ルルーシュ様への接見禁止だけで十分でしょ」 何かまずいことをやれば、いくらシャルルでもかばいきれない。それは本人もわかっているはず。 だから、今回だけは大丈夫か……ととりあえず納得しておく。 本人も、それはわかっているはずだ。 「ともかく、出来るだけケガをさせないようにしないと」 それこそ、国際問題になるからね……とスザクは口にする。 「そうね。ブリタニア国内ではどれだけ重罪であっても、他の国ではそうじゃないものね」 もっとも、それだからこそ、きっちりと馬鹿なことをしたら誰であろうとシメられるという前例を作っておかないと、とカレンは拳を握りしめる。 「まぁ、ブリタニア人なら、多少ケガをしてもいいかな」 鬱憤晴らしをしたいなら、そっちにしてね……とスザクは口にした。 「……しないわよ!」 そんなこと! と彼女は言い返してくる。 「野蛮人じゃないもの」 少しは自分の評価を気にしていたのだろうか。そんなことを考えながらスザクは苦笑を向ける。 「そうだね。カレンは雄々しいだけだもんね」 こう言えば、少しだけ彼女はむっとしたような表情を作った。 「コーネリアのように、とルルが言っていたよ」 しかし、こう続ければそれだけで表情が和らぐ。それがルルーシュにとって最高に近い賞賛の言葉だと彼女も知っているからだろう。 「……なら、ご期待に添えるように頑張らないとね」 言葉とともに彼女は立ち上がる。 「それなら、こちらもそうだよ」 久々の《黒の騎士団》としての活動だ。 もちろん、いつ、ルルーシュから呼び出しがあってもいいように鍛練は積んでいた。しかし、実戦となると本当に久々だと言っていい。 その事実に文句があるわけではない。 自分たちに出撃の命令が出ないのは、それだけこのエリアが平和だといえる。それが欲しかったのだ……と朝比奈は笑う。 「日本の名前は返ってこなくても、日本人の矜持は返してもらえたからね」 今のところは、それだけで十分。 その後のことは衛星エリアに昇格してから考えればいい。 「と言うことで、そのためにバカは排除しないとね」 いや、楽しみだなぁ……と言う彼の言葉にスザクは思わずため息をついてしまう。 間違いなく、これは自分が暴れたいだけだ。 後でこっそりと藤堂に連絡を取っておこう。 スザクはそう、心の中で呟いていた。 数分後、作戦が開始された。 終 BACK 08.12.15up |