どう考えても、スザク達の行動が不穏だ。
 この場にランスロットと紅蓮弐式がないことからも、それは想像が付く。と言うよりも、そんなことをして自分に気付かれないと思っていたのか、とルルーシュはため息をついてしまった。
「ルルーシュ様?」
 どうかなさいましたか? とジノが問いかけてくる。
「スザクとカレンがどこに行ったのか……と思っただけだ」
 いくらジノがいるからとはいえ、二人とも自分の側を離れるのは珍しい。それだけ厄介な案件を抱えていたのか。そう付け加えたのは、ジノの反応を見たかったからだ。
「あの二人はルルーシュ様を陰ひなた日に支える存在ですからね」
 ルルーシュに見せられないことも処理していることがあるだろう。微笑みと共に彼はこう言葉を返して来る。
「ヴァルトシュタイン卿を見ていれば、よくわかりますよ」
 シャルルに聞かせられないことを彼が内密に処理していることも多い。さらにこう言葉を重ねた。
「……ビスマルクが父上や母上の尻拭いをするのは当然のことだろう?」
 知っていてみて見ぬふりをしているだけではないのか。そう言い返せば、ジノは困ったような色をその瞳に浮かべる。
「ルルーシュ様。いくら本当のことでも、それは酷いですよ?」
 あれでも、彼は現時点でブリタニア最強の騎士なのだから。そういって苦笑を漏らす。
「いくら彼よりも、マリアンヌさまの方がお強くても、です」
「……それは禁句だろう」
 皇族や軍の上層部では公然の秘密でも、一般の兵士や民衆は知らないのだ。
 せめて、彼等の間でぐらい、ビスマルクの神話は崩さないでおいてやりたい。ルルーシュはそう口にする。
「ルルーシュ様はお優しいですね」
 だから、スザク達もルルーシュには会えて告げなかったのではないか。ジノはそう告げる。
「……お前も、知らないのか?」
 その口調から判断すれば、とルルーシュは聞き返す。
 だが、彼のことだ。知っていながらも知らない振りをしている可能性も否定できない。
「私があの二人に頼まれたのは、自分たちがいない間、ルルーシュ様とナナリー様の護衛を引き受けて欲しい、と言うことだけですよ」
 ナナリー様専用のナイトメアフレームに関しては、ものすごく興味がありましたしね……と彼は笑う。
「それに関しては、きっちりと確認していかないと、命の危険も感じていますし……」
 いったい何故、と問いかけなくても想像が付いてしまった。
「母上は、おかわりないようだな」
 それでこそマリアンヌだが、とルルーシュは心の中で付け加える。
「アーニャから『また負けた』とメールが来ていましたから」
 即座にジノがこう言い返してきた。
「そうか」
 やはり、彼は何かを知っている。
 いや。スザクのことだ。最初から彼を巻き込む予定で呼び出したに決まっている。そして、ジノもまた、そうするべきだと判断をしたのだろう。
 なら、自分が命令をしても彼はスザク達が帰ってくるまで口を割らないに決まっている。
 他のものならば、総督命令という手が使えるが、ラウンズではそうはいかない。
「……まったく。お前ではなくアーニャが来てくれれば、もう少し、状況は楽だったのに」
 彼女であれば、ヒントぐらいはくれたかもしれないが……と思わず恨み言を口にしたくなったのは、自分がまだまだ子供だから、だろうか。
「アーニャでも同じですよ」
 しかし、ジノはこう言って笑う。
「スザクとカレンをもう少し信じてあげてください」
 彼等がルルーシュのためにならないことをするはずがない。何よりも、彼等は自分の責任をよくわかっているはずだ。
「黙って待っていることも、上に立つ人間には必要なこともあります」
 見て見ぬふりも、と彼は付け加えた。
「……そうかもしれないが……」
 それでも、知りたいと思ってしまう。スザクのことで、自分が知らないことがあるのは悔しい……とルルーシュは呟く。
「その気持ちはわかりますけどね。でも、長く付き合って行くには見て見ぬふりをすることもこつの一つですよ」
 もちろん、シメるところはきちんとシメていいのだが、とジノは低い笑いを返してくる。
「それは実体験か?」
「どうでしょう」
 ルルーシュの問いかけをさらりと受け流す余裕は、彼が大人の証拠なのだろうか。
 だとするなら、スザクも同じなのかもしれない。
「……お前の艶聞は、それなりに聞こえてきているが?」
 こう言ったのは、せめてもの嫌がらせだ。
「それは……お耳汚しを」
 大丈夫、スザクはルルーシュ一筋だから……と付け加えるあたりが、怒りを増幅させているのだと彼は気付いているだろうか。
「お兄さま! ジノさんも」
 まるでそのタイミングを見計らったかのように、ナナリーが声をかけてくる。ルルーシュが爆発するのを危惧したのかもしれない。そういうことには聡いのだ、彼女も。
「凄いんですよ、このナイトメアフレーム」
 それでも、嬉しそうな表情でこう言われては無視するわけにはいかない。
「今、行くよ、ナナリー」
 微笑みと共に体の向きを変える。その瞬間、ジノの足を踏みつけたのが、ルルーシュに出来る精一杯の嫌がらせだった。

 大好きなはずのプリンが、何故か味気なく感じられる。
 間違いなくおいしいはずなのに、これ以上、スプーンを口に運ぶになれないのだ。
「お兄さま?」
「お口に、あいませんでしたぁ?」
 ナナリーだけではなく、ロイドもこう問いかけてくる。
「そういうわけではない」
 何と言えばいいのか。よくわからないが……とルルーシュはため息とともに口にした。
「おいしいとは思うから、心配するな」
 ただ、食が進まないだけだ、とそうも続ける。
「……熱でもあるのですかぁ?」
 こう言いながら、ロイドはルルーシュに手を伸ばしてきた。そして、彼の額に触れる。
「平熱ですよねぇ」
 スザク君なら、わかるのですが……とロイドは続けた。
「ひょっとして、スザクさんがいらっしゃらないから、ですか?」
 不意に、ナナリーがこう問いかけてくる。
「……どう、だろうな」
 肯定していいものかどうか。少し悩んで、ルルーシュはこう告げる。
「大丈夫ですよぉ。二人とも、自分のナイトメアフレームを持っていっているんですから」
 何があっても、そんな状態の二人に勝てる人間なんて、現在のエリア11にはいない。
「第一、ルルーシュ様を悲しませたら、マリアンヌ様のおしおきが待っているに決まっていますよ? 何が何でも、無傷で戻って来ますってぇ」
 あの世に行きかけても引き戻されそうだ。その上で、しっかりとおしおきをされるに決まっている。  普通であれば『そこまで言うか』と考えるかもしれない。だが、マリアンヌならばやりかねない。息子であるルルーシュですらそう考えてしまうのだ。他のものではなおさらだろう。
「お母様がその気になれば、死に神も追い返せるとお父様がおっしゃっておられましたわ」
 しかし、ナナリーのこのセリフは何なのか。
 おそらく、それは、彼女がそれだけ強いと言いたいのだろう。マリアンヌがまだラウンズの一員だった頃、何度もシャルルの命を救ったと言うことも知っている。
「……女性に言うべきセリフではないだろうが」
 本当に、とため息をついた。
「それとも、ラウンズにはほめ言葉なのか?」
 ジノへと視線を向けると、問いかける。
「そうですね。どのような窮地に陥っても、守るべき相手を守れる、と言うことですからね」
 騎士としては最高の賛辞だろう。
「マリアンヌ様は、お二方の母君ですが、同じくらい騎士としての矜持をお持ちの方ですから」
 きっと、ほめ言葉として受け取られるのではないか。彼はそうも続けた。
「……もっとも、その後でこっそりと足を踏まれることぐらいがあるかもしれませんが」
 さりげなくこう付け加える。
 しかし、ルルーシュも彼の言葉を否定できない。しかし、それを口にしていいものかと、少し悩む。
「お母様でしたら、その位なさいますわね」
 だが、ナナリーはそうではない。ためらうことなく口にした。
「ナナリー」
「ですから、スザクさんにもその位はして構わないのではないですか?」
 戻ってきたなら、さりげなくおしおきをするくらいは許されるだろう。彼女はそう付け加える。
「……ナナリー?」
「その時にはわたくしもお手伝いしますから」
 ルルーシュのための仕事かもしれない。でも、ルルーシュを悲しませることは許せないから。そういって、彼女はマリアンヌが浮かべているのとよく似た笑みを口元に刻んだ。
「もちろん、手伝ってくださいますわよね? ジノさん、それにアリスも」
 外見はともかく、中身はこの妹の方が母にそっくりだ……とルルーシュは思う。
「ご命令とあれば」
「ナナリー様のお言葉には逆らえませんからね」
 二人は即座に口を開く。
 確かにそうすればこの胸のもやもやは晴れるのではないか。ルルーシュもだんだんその気になってくる。
「そうだな。プリンがおいしく感じられない責任をとらせるべきか」
 他のことはともかく、これだけは許せない。そういってルルーシュも唇の端を持ち上げる。
「多少の嫌がらせぐらいは許されるよな?」
 この言葉に、側にいた者達は揃って頷いて見せた。





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08.12.22up