コクピット内にくしゃみの音が響く。
「ちょっと、大丈夫なの?」
 カレンが即座に声をかけてくる。
「うん……噂されているのかな?」
 そのまま、続けて二回、くしゃみをした。
「恨まれているわね、あんた」
 二回は悪い噂よ……と言われて、スザクは小さなため息をつく。
「ルルが寂しがっているんだよ。早く帰らないと」
 なのに、まだ、目標が発見できないのだ。それが思い切り気に入らない。
「あれを確保して、早々にお引き取り頂かないと……」
 いつまでもバカがこの国に居座り続けることになる。それはルルーシュの情緒面に悪影響を与えてしまうだろう。
「そうね。自国に引き取ってもらわないといけないわね」
 あんなのに居座られたら、変な菌が蔓延しそうだわ……とさりげにきついセリフを口にするカレンに、スザクは苦笑を浮かべた。
「まぁ、存在自体が現在のブリタニアはもちろん、日本でもあり得なかったからね」
 だからこそ受け入れられない。
「……あのストーカーすら、腰が引けてたんだから、よっぽどよね」
 その変態ぶりは……とカレンはさらにため息をつく。
「って、まさかと思うけど……そのせいであちらを追い出されてきたわけじゃないわよね?」
 今気が付いた、と言うように彼女は問いかけてきた。確か、オデュッセウスと婚約話がでたあちらの元首が、ルルーシュと同じような年齢だったはず。その人で余計な妄想をして……と彼女は続ける。
「その心配はないらしいよ」
 星刻の話だと……とスザクは言い返す。
「……と言うか……女性には興味がないらしい」
 しかも、十八をすぎると途端に興味がなくなると言うから……と嫌そうに付け加えた。
「何、それ!」
 最悪じゃないの! とカレンは叫ぶ。
「僕に言わないでくれる?」
 自分だって、そこまで最悪な相手だと思わなかった。でなければ、ここまで大がかりな作戦を立ててまで相手を排斥しようとは考えない。
「もっと穏便に、事を運んだよ」
 その場合、かなり陰険な方法になっただろうな……と心の中で付け加えた。
「……そっちの方が怖いわよ」
 ため息とともにカレンが口にする。
「ともかく、そんな危険物、やっぱり、産出国に引き取って貰いましょう」
 二度とルルーシュにちょっかいを出さないように徹底的に叩いてから。その意見には反論する気にならない。
「そうだね」
 しかし、気色悪い。早々に終えて、ルルーシュを抱きしめて気持ちを和ませないと。でなければ、どこに八つ当たりをするかわからない。
 そう考えていたのがわかったのだろうか。
「……スザク」
「わかっているよ」
 目標を確認した、と言う合図が送られてくる。
「各員の配置状況は?」
 側にいた相手に向かって、こう問いかけた。
「出来ています!」
 即座に言葉が返ってくる。それに、スザクは頷き返す。
「では、作戦開始だ」
 静かなその声に、すぐに兵士達が行動を開始した。

 詳しい内容を知らないまでも、彼等が敬愛をする総督――エリア11のブリタニア軍は、別名ルルーシュファンクラブと呼ばれている――がとんでもない状況に巻き込まれるかもしれない。その噂だけで奮起するには十分だったようだ。
 あるいは、相手の方に奇襲に対する備えがなかったからか。
 ひょっとしたら、戦闘訓練なんて受けたことがないからかもしれない。
 さほど抵抗もなくその場にいた者達をとらえることが出来た。
 しかし、問題はそれからだったと言っていい。
「何なのよ、これ!」
 周囲にカレンの雄叫びが響き渡る。だが、それはその場にいた者達全員の気持ちを代弁したものだ。
「……前に見たのより、ますます酷くなってない?」
 怒りを押し殺しているとわかる声でスザクも告げる。
「君の?」
 そのまま、視線をディートハルトへと向けた。
「そのような芸術性も感じられない作品が私のものだと思われるのは不本意です」
 第一、そのような写真を撮ったと知られた時点で、自分は特権を剥奪されてしまう。そのようなことを望むはずがないだろう。彼はそう続けた。
「それに、それは合成ですよ」
 この一言で、スザクは視線を写真に戻す。
「……確かに、これ、ルルじゃない……」
 よくよく観察をした後で、彼はこう呟く。
「何でわかるのよ」
 この一言は予想していなかったのだろうか。それとも、たんにあきれているだけか。怒りが失せた口調でカレンがといいかけてくる。
「……いったい、何年、僕がルルの側にいたと思っているわけ?」
 わからない方がおかしいではないか。そう付け加える。
 それに、とこちらは心の中だけで呟いた。自分たちは今、そういう関係なのだから。ルルーシュの体で知らないところ何かない、とも言い切れる。
 だから、この写真の首から上はルルーシュでも体は別人だと言い切れるのだ。
「まぁ、ね。ついこの間まで一緒にお風呂入っていたって聞いたし」
 その事実はカレンも知っている。いや。彼女だけではなく黒の騎士団の面々も知っているだろう。
 しかし、ディートハルトにだけは気付かれてはいけない。
 誰もが口にするわけでははないが、共通の認識としてそれはあった。
「それにしても、嫌なほどよくできているな……」
 本人を知らなければ、本物だと言っても信じる人間はいるのではないか。しかも、どう考えてもそういう目的のため、としか思えないものばかりだし……と朝比奈が眉を寄せる。
「流石に許せないから……これ作った奴、斬っちゃってもいいかな?」
 さらににこやかに彼は続けた。
「それなら、あたしかスザクがやりますよ」
 騎士の役目でしょう、とカレンが言い返している。
「それに関してだけどね……」
 小さなため息とともにスザクが口を開く。
「一両日中にシュナイゼル殿下がこちらにおいでだそうだよ」
 その時まで、処分は待つように……と言うご指示だ。そう付け加える。
「本当は、一寸刻みに切り刻んでやりたいところだけどね……我慢するしかないかなって」
 残念だが、宰相閣下の意志には従わざるを得ない。きっと、彼にはこの状況を使って、ブリタニアに有利な状況を作り出したす算段が出来ているのだろう。
 それを自分だけの感情で邪魔するわけにはいかない。
 自分に言い聞かせるようにスザクはこう口にする。
「やっぱり、君が一番怒っていたんだな、スザク君」
 安心したよ、と告げたのは藤堂だ。
「藤堂さん?」
「冷静なのはいいが、怒るところで怒れない人間では、周囲の者は付いていかない」
 そのあたりの加減は難しいかもしれないが。そういって笑みを深める彼は指揮官としての重責をずっと担ってきた存在だ。だから、その言葉を素直に受け入れられる。
「でも、やっぱり納得できない」
 と言うか、いいとこ取りをされるのは気に入らないわ……とカレンは口にした。
「……と言うか……命を取らない限りは多少のことは許されるかなって思うんだよね」
 ぼそっとスザクが呟きを漏らす。
「スザク?」
 何を言い出したのか、と言うように周囲の者達の視線が彼に集まった。
「ちょーっとおしおきをする位は許されるよね」
 そんな彼等に、スザクは満面の笑みを返す。
「拘束衣に着替えさせなきゃないんだし」
 連中が素直に着替えるとも思えない。だから、とさらに笑みを深める。
「朝比奈さんに付き合って貰って、強引に着せ替えちゃおうかな、って思うんですけど」
 彼の言葉の意味がすぐには理解できなかったのだろう。一瞬、虚をつかれたように目を丸くしている。
「朝比奈さんなら、布だけ切れますよね?」
 さらにこう付け加えたところでスザクの言いたいことを理解してくれたようだ。
「もちろん」
 にやりと朝比奈は笑う。
「やっぱり……スザクはスザクだったのね」
 あきれたようにカレンはこう言ってくる。
「まぁ、その位なら構わないか」
 他の者達も楽しげに頷いて見せた。
「と言うことで、決定ですね」
 晴れ晴れとした表情でスザクは言う。それに誰もが頷いて見せた。

 その後、何故か大量の布がゴミに出されたらしい。その報告を耳にしたルルーシュが首をかしげていたが、誰もその理由を教えてはくれなかった。





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09.01.19up