今すぐ、この場から逃げ出してもいいですか。
 そういいたそうな表情でカノンがこちらを見つめている。しかし、それをシュナイゼルは華麗に無視をしていた。
「と言うことだからね、ルルーシュ」
 それよりも、目の前で頬をふくらませている異母弟の機嫌の方が優先だろう。
「君に内緒にしていたのは悪かったが……皇帝陛下の勅命だと言うことで納得してくれないかな?」
 微笑みと共に問いかける。
「出来ません」
 しかし、ルルーシュは憮然とした表情のままこう言い返してきた。
「スザクもカレンも、俺の騎士です!」
 その二人を勝手に使われて気持ちいいはずがないだろう、とさらに彼は主張する。まして、スザクは自分のものなのに、と言外に彼は付け加えてきた。
「もちろん、それはわかっているよ?」
 だからこそ、彼に協力を求めたのだから……とシュナイゼルは言い返す。
「それに、騎士だからこそ、彼らに協力を求めたのだよ」
 君の代理として、と付け加えた。
「なら、どうして俺ではダメだったのですか?」
 即座にルルーシュは問いかけてくる。その表情には矜持の高さがしっかりと表れていた。そんな彼が好ましい。  それでも――それだからこそ、真実を伝えたくない、と思う。そして、そう考えているのは自分だけではないのだ。
「君がまだ、子供だから、だよ」
 もちろん、とシュナイゼルは続ける。
「君の能力が劣っているわけではない。むしろ、私が君と同じ年齢だった頃よりも優秀だといえるだろうね」
「なら!」
「それでも……いや、それだからこそ、君にはまだ覚えて欲しくないこともあるのだよ」
 もっと経験を積んで成長してからならばともかく、今はまだ、小手先のごまかしや人の心の裏を読むようなことは覚えて欲しくない。
「皇帝陛下も私も、そう考えている」
 だから、今は大人しく引き下がってくれないか。
「……俺は、子供じゃありません……」
 頬をふくらませながら、ルルーシュはこう呟く。
「そういう表情をしていると言うことは、まだまだ子供だよ」
 言葉とともに、シュナイゼルは手を伸ばした。そして、ルルーシュの頬を指先でつつく。
「兄上!」
 即座にルルーシュがその手を払いのける。
「ルルーシュ殿下」
 それを見て、カノンがたしなめるような声を上げた。
「気にしなくていいよ、カノン。悪いのは私、だろうからね」
 それでも、ルルーシュの反応が可愛いのだからしかたがない。そう付け加える。
「……俺は兄上のおもちゃじゃありません。そういうことは、取り巻きの人間にしてください」
 ルルーシュは、取り巻きを女性の意味で口にしたのではないか。だが、それをシュナイゼルは別の意味にすり替える。
「カノンにやって、面白いと思うかね?」
 反射的に、彼はシュナイゼルの背後に控えている彼へと視線を向けた。
「……殿下がお望みなら、善処しますが……」
 自分では、ルルーシュのような反応は出来ない。だからつまらないだろう。そうカノンは口にする。
「……想像できない……」
 ルルーシュはルルーシュでこう呟く。
「だから、君でいいのだよ。でなければナナリーか」
 兄姉は年少者を可愛がる義務がある。だが、弟妹は年長者の――からかわれることも含めて――その行為を受け入れる義務があるのだよ。シュナイゼルは楽しげな口調でそう告げた。
「そういうものなのですか?」
「そういうものだよ。だから、ユーフェミアにしても他の者達にしても、あれこれされても怒らないだろう?」
 正確に言えばそれは違うのだが、ようはルルーシュさえ納得させてしまえればいいのだ。そう考えて言葉を重ねる。
「……義務、ですか……」
 ルルーシュは呟くように口にした。どうやら、反論できるだけの材料を見いだせないらしい。
「ですが、それとこれとは別問題ですからね?」
 悔し紛れ、と言うようにルルーシュはこう言ってくる。
「そうかな?」
 小さな笑い声と共にこう言い返す。
 その時だ。
「失礼します」
 言葉とともにスザクが姿を現した。しかも、その手にはプリンらしきものが乗せられたお盆がある。
「どうして、誰も彼も、俺の機嫌が悪いときにはプリンを持ってくるんだ?」
 それが何であるのか確認をした瞬間、ルルーシュの機嫌がまた降下したようだ。
 それを浮上させるにはどうしたらいいのか。それはなかなか楽しげな命題かもしれない。シュナイゼルはそう考えていた。

 とりあえず、二人がかりでルルーシュを納得させ――と言うより丸め込んだ、と言った方が正しいのか――彼の機嫌も復活させることが出来た。
「まぁ、嫌われなかっただけ、ましと言うことにしておこう」
 後はスザクに任せるしかないだろう。そう呟く。
「……少しは控えられてはいかがですか?」
 そんな彼の耳に、カノンの苦笑が届いた。
「でなければ、本気で嫌われてしまいますわよ?」
 誰に、と言われなくてもわかる。
「マリアンヌさまとナナリー、それにスザクを味方につけているうちは大丈夫だよ」
 ルルーシュに強い影響力を持っているのはその三人だ。その三人が自分のことを認めてくれているうちは心配はいらない。
「それに、君がまめに私の名前で贈り物をしてくれているだろう?」
 こう続ければ、カノンは「ご存じでしたか」と口にする。
「君が努力をしてくれているおかげで、私の立場は安泰、と言うことだね」
 それが副官としての役目の一部である以上、当然だろう。それでも、感謝の言葉だけは惜しまない方がいいのではないか。
「殿下のお立場がしっかりとしていれば、私たちも十分に力を発揮できる場所を与えられますもの」
 案の定、と言うべきか。カノンはこう言って微笑んでみせる。
「なら、君に一つ頼み事をしようかな?」
「何でしょうか」
「ルルーシュの信頼を取り戻すために、あの子の気に入りそうなものを探してきてくれるかな?」
 にっこりと微笑みながらこう続けた。その瞬間、カノンの頬が引きつる。
「殿下……」
「あのこの子の好みがわからなければ、ナナリーでも構わないよ?」
 そちらの方が、カノンには簡単かもしれない。
「……わかりました……」
 彼が自分の頼みを聞かないはずがない。それがどんなに困難だ、とわかっていることでも、だ。
「頼むよ」
 微笑みを向けると、彼は小さく頷いて見せた。

 数時間後、カノンの姿はかつての特派――現在はルルーシュの配下へ移動しキャメロットと呼ばれている者達の元で見られた。
「と言うことなのよ……何でもいいから、ヒント、くれない?」
 そういいながら、カノンはロイドの前にプリンを差し出す。
「ありがとぉ! でも、ルルーシュ様に持っていった方がよかったんじゃないの、これ?」
 受け取りながら、彼はこう言い返してくる。
「ルルーシュ殿下がどうして、ご自分の機嫌が悪いときには誰も彼もがプリンで機嫌をとろうとするのか、と怒られたのよ」
 だから、今回は別 のものがいいのではないか。言葉とともにカノンはまたため息をついた。
「……ちょっと使いすぎたんだねぇ、必殺技を」
となると、別の必殺技を使わないとダメかぁ……といいながら、ロイドはプリンの蓋を開ける。
「後ルルーシュ様がお好きなものと言えば……苺とエビと後はカレーうどん、とかという日本の食べ物だったかなぁ」
「他にも、和菓子がお好きだったようですけど」
 こう言いながら、セシルが飲み物がはいったカップを二人の前に置いた。しかし、それがどのような飲み物なのか、カノンにはわからない。ロイドにいたっては、表情を強ばらせている。
「緑茶に蜂蜜を入れてみました」
 なれているのか、セシルは微笑みと共にこれだけ口にした。
「……緑茶は何も入れない方がお好みだって、ルルーシュ様は……」
 抗議なのか、ロイドはこう呟いている。
「それに、甘いものに甘いものは、バランス的に……」
 それでも中身を口にしているのは、それなりにおいしいからだろうか。そう思いながら、カノンもとりあえずそれに口を付ける。
「ぐっ!」
 しかし、次の瞬間口の中に広がった味を、何と表現していいものかわからない。いや、表現することすら不可能だろう。それ以前に、本当にこれは飲み物なのか。
「……なれてない人が飲むと、やっぱり凶器だよねぇ、これ……」
 本当に、とロイドはため息をつく。
「そうですか? おいしいと思ったんですけど」
 セシルはこう言って首をかしげている。
 と言うことは、彼女の味覚ではこれが『おいしい』のだろうか。
「……信じられない……」
 この呟きと共に、カノンは意識を手放した。

 その後、彼がシュナイゼルの希望を叶えられたかどうか。それは定かではない。
 それでも、ルルーシュからだと言ってスザクが胃薬を差し入れてくれたことは事実だった。




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