「どうしたんだ、マリアンヌ」
 久々に会う息子の仕事の様子を見ていた彼女の耳に、昔なじみの声が届く。
「構ってもらえなくてすねるような年ではあるまい」
 さらに付け加えられた言葉に、苦笑を浮かべる。
「違うわ。こういう日にわざわざ仕事をあの子に押しつけた相手に少し怒りを感じているだけよ」
 あの子が真面目に仕事をしているのは、当然のことだ。何よりも、ルルーシュが真剣に仕事をしている様子は見ていて微笑ましい。そうも彼女は付け加える。
「まったく……自分が来られないからってそんな大人げないことをするなんて……信じられないわ」
 とっくに還暦をすぎたというのに、やることが子供じみている……とため息をついた。
「まぁ、あの男も寂しいのさ」
 あきれを滲ませながらも、C.C.は言葉を返してくる。
「あの子は昔から寂しがりやで泣き虫で甘えん坊だったからね」
 しかし、もう一つの声は予想もしていなかったものだ。
「あなたも来たの、V.V.?」
 まさか、彼までここに来るとは思わなかった。そう思いながらマリアンヌは聞き返す。
「C.C.が『楽しいことがあるから』と教えてくれたしね」
 それに、と彼は微笑む。
「あの子達の所に送った、うちの子がきちんとなじんでいるか、確認しないと」
 一応、保護者としては……と本当なのかどうかわからないセリフを口にしてくれる。でも、とマリアンヌは心の中で付け加えた。それに関しては感謝していいのかもしれない。
「ナナリーが喜んでいたわ。それに、ルルーシュもナナリーの側に安心しておいておける存在が出来たと言っていたし」
 大丈夫じゃないのかしら、と口にする。
「そう? それは良かった」
 あの子達は素直だからね……と言いながら、V.V.は当然のように彼女の前へと腰を下ろしてきた。その隣にはC.C.が座る。
「シャルルの他の子供達の中で、家の子を平然と受け入れてくれたのは、あの子達だけだよ」
 他の者達は即座に追い出してくれた。
「やっぱり、母親と周囲の教育のせいかな?」
 疑り深いのは、と彼は顔をしかめる。
「慎重なのは重要だけど、猜疑心が強いのとは違うよね」
「確かに。何だかんだ言っても私たちのような存在を受け入れているあの子は凄いと思うぞ」
 それには、マリアンヌだけではなくスザクの影響もあるのだろう。C.C.の言葉に、マリアンヌ自身は苦笑を禁じ得ない。
「あの子の事は、ほとんどスザク君に丸投げしちゃったから」
 おかげで、自分はスザクをはじめとする次世代の軍の中核になるものを鍛え上げられたが。そう告げる。
「しかし、シャルルは本当にどうしましょう」
 自分がこうして子供達の顔を見に来るたびに仕事を押しつけられては、ルルーシュの体が保たないのではないか。
「あの子、私の子供のはずなのに、体力がないのよね」
 そういいながら、綺麗に整えられた指先でクッキーをつまみ上げる。
「そこはシャルルに似たんだよ」
 少しは似ているところがないと、あの子がかわいそうだよね……と言うV.V.は笑う。さすがは、シャルルの双子の兄。そういいたくなってしまうのはマリアンヌだけではないはずだ。
「……確かに、シャルルは可愛らしいところがあるけど……」
 それとこれとは違うでしょう、とため息をつく。
「しかし、このままでは無理矢理連れ戻すかもしれんな」
 寂しくなった、と言う理由だけで……とC.C.は口にする。
「あぁ、それは否定できないね」
 と言うか、シャルルならやる、とV.V.も断言をした。
「そんなことになれば、あの子は絶対に反発をするわね」
 そういうところは、自分とそっくりだから……とマリアンヌは呟く。しかも、困ったことにそうなった場合、ルルーシュはブリタニアの追撃から逃れることが可能なのだ。
 いや、スザクと共に逃避行をしてくれるだけならばまだいい。
「最悪、このエリアの者達を扇動してブリタニアと戦争状態に持ち込むかもしれないわ」
 と言うか、ルルーシュであれば絶対にそうする。
 そうなれば、スザクやカレンだけではなく、黒の騎士団もブリタニアの敵に回るだろう。そして、ルルーシュと共にこのエリアにいる技術者達も、だ。
「……そうなった場合、ブリタニア本国であの子にかなう人間がどれだけいるだろうね」
 ルルーシュを蹴落としたいものは大勢いる。しかし、彼と本気で戦える人間はほとんどいないのではないだろうか。
 そして、そうできる者達は、ルルーシュ相手に本気で戦えるかどうかわからない。
「君だって、そうなったらルルーシュ側に付くんだろう?」
 マリアンヌ、とV.V.は言葉を締めくくる。
「だって、あの子なら陛下を殺すようなことはしないもの」
 その時は、どこかに閉じ込めておけばいい。そうすれば、他の后妃から彼を切り離せるでしょう? とマリアンヌは微笑む。
「本当に君は……」
「……まぁ、お前らしいと言えばお前らしいがな」
 二人同時に、ため息をつきながらこんな感想を漏らす。
「シャルルが馬鹿なことを考えなければいいだけのことでしょ?」
 ルルーシュの意志をねじ曲げるようなことさえしなければいい。
「あの子だって、自分の立場と義務はわかっているもの。それに関わっていることなら、いやだとは言わないはずだわ」
 もっとも、エリアの総督を呼び寄せる用事など、そう有りはしないが……と付け加える。
「どうしても本国においておきたいなら……それこそ、皇帝の座でも押しつけるしかないんじゃないのか?」
 くすくすと笑いを漏らしながら、C.C.がこんなセリフを口にした。
「……それはいいかもしれないね」
 しかし、V.V.が真顔でこう呟く。
「あの子なら、嚮団との距離をきちんと保ってくれるだろうし……何よりも、素直で可愛い」
 シュナイゼルとクロヴィス、それにコーネリアとユーフェミアの有能で有力な皇族を味方につけられる可能性もある。
 何よりも、シャルルが彼が本国に戻ってくるなら無条件で賛成しそうだ。
「他の子達よりもあの子が皇帝の座に着いてくれるのが一番かもしれないね」
 そういうことなら、無条件で賛成するよ……とまで彼は口にした。
「確かに、それは面白いだろうな」
 さらに、C.C.までもが頷いてみせる。
「あなた達がそういってくれるなら……ちょっと暗躍してみようかしら」
 暇つぶしにはなるだろう。そういう問題ではないだろうに……とと言いたくなる理由でもマリアンヌには十分だった。
「そうしようよ。手伝うから」
「確かに、それがいいな」
 本人が聞けば『勝手に、人の将来を決めないでください!』と言いそうな計画は、こうしてあっさりと決まったのだった。

「何か、楽しいことでもありました?」
 こう言いながら、ナナリーが駆け寄ってくる。その後ろをロロとアリスが追いかけてきた。
「あら、どうしてそう思うの?」
 その光景に目を細めながら、マリアンヌはこう問いかける。
「だって、お母様。本当に楽しそうな表情かおをされていますわ」
 昔、戦場に行かれるときに時々見せていた表有情ではないか。彼女はそうして気をしてくる。
「ちょっと楽しい話をしていただけよ」
 大人同士の、と付け加えればナナリーはとりあえず納得してくれたようだ。そういうところはきちんとわきまえてくれる自分の子供に、マリアンヌは満足そうな微笑みを浮かべる。
「V.V.様?」
 彼女がさらに追及の言葉を口にする前に、ロロが驚いたように声を上げた。
「何故、ここに……」
「君が元気でいるのか、確認したくてね」
 それに、ルルーシュやナナリーと仲良くできているのかも確認しようと思って……と彼は言葉を返している。それでナナリーの意識がマリアンヌの言葉から離れてくれたらしい。その事実に、マリアンヌはほっとする。
「はい。とてもよくして頂いています」
 ロロが幸せそうな笑みを浮かべながらこう言った。
「それは良かった」
 満足そうにV.V.は頷く。
「アリスさんと一緒に、側にいてくださいます。とても心強いです」
 ルルーシュもスザクも忙しくて、なかなか自分と一緒にいる時間が取れないようだから……と彼女は少しだけ寂しそうに付け加える。
「しかたがないとわかっています。お兄さまは、本当にお忙しそうですもの」
 それだけが残念だ、とナナリーは呟く。
「夜も遅くまで働いておいでです」
 ロロもこう言いながら表情を曇らせる。
「ナナリー」
 微笑みと共にマリアンヌは娘に呼びかけた。
「ルルーシュに声をかけて来てくれる? お茶にしましょうって」
 自分の言葉だから拒否権はない、ともマリアンヌは付け加えた。
「はい、お母様」
 その言葉に、嬉しそうにナナリーは頷く。いくらルルーシュでもそういわれたら仕事を休んで付き合ってくれるだろう。それが一番嬉しいのではないか。
「いきましょう、ロロさん、アリスさん」
 言葉とともにナナリーは駆け出して行く。
「本当にかわいいね」
 その後ろ姿を見送りながら、V.V.がこう言って目を細める。その表情がシャルルに似ているような気がするのは錯覚ではないだろう。
「でしょう?自慢の子供達だもの」
 だから、絶対に不幸にはさせない。そうも付け加える。
「というわけで、悪巧みを始めようか」
 あの子達を幸せにして、なおかつ自分たちも幸せになるために。
 C.C.の言葉に、大人達は揃って意味ありげな笑みを浮かべた。

 風邪をひいているわけではない。それなのに先ほどから、何故かくしゃみがでてしまう。
「大丈夫、ルル?」
 風邪ひいた? とスザクが心配そうに問いかけてくる。
「大丈夫だ」
 こう言い返すものの、またくしゃみが出てしまう。しかし、理由がわからない。まさか、自分の預かり知らぬところで将来を勝手に決められてしまったとは考えてもいないルルーシュだった。





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09.02.23up