「ななりー、かわいい?」
 こう言いながら、ルルーシュがスザクを見上げてくる。
「お可愛らしいですよ」
 ルルの妹君ですから……とスザクは即座に言い返した。
「るると、どっちがかわいい?」
 ルルーシュはこう言ってスザクを見上げてくる。それに何と答えればいいのだろうか、とスザクは一瞬悩んでしまった。
「僕には、順番を付けることができません」
 お二人とも可愛らしいですから……とふわりと微笑んでみせる。
「ですが、お側にいたいと思うのはルルの方です。それでは、ダメですか?」
 そして、そのままこう口にした。
「しゅじゃくは、るるのそばにいてくれるのだな?」
 みんな、ナナリーの側にいるけど……とルルーシュはすがるような視線で見つめてくる。どうやら、彼は彼なりに現状に不満があるらしい。それでも、相手が生まれたばかりの赤ん坊であり、何よりも守らなければならない妹――このあたり、間違いなくコーネリアの言動を見て刷り込まれているのだろう――である以上、自分がわがままを言ってはいけない。そう思っているのだろう。
 それでも我慢できなくなって、自分にこう言ってきた。
 そういうところなのではないか、とスザクはそう判断をする。
「もちろんです。僕はルルのものなのでしょう?」
 だから、いらないと言われるまではずっと側にいますよ……とさらに言葉を重ねた。そうすれば、ルルーシュはようやっと安心したのか、本当に嬉しそうな微笑みを浮かべる。
「いらないなんて、いわない。だから、しゅじゃくは、ずっと、るるのそばにいればよい」
 この言葉とともに、ルルーシュはぎゅっとスザクの腰に抱きついてきた。
「もちろんですよ」
 そっと手を差し伸べればルルーシュは今度はスザクの首筋に腕を回してくる。
「しかし、どうなされたのですか?」
 誰かに、何かを言われましたか? とそう問いかけた。
「なんでもない」
 しかし、このお子様は素直に教えてはくれない。そんな彼の態度自体が何かあったのだと教えているとは、本人はまだ気付いていないだろう。
「そうですか」
 だからといって、無理矢理聞き出すわけにも行かない。だから、あえて答えを求めることはやめた。
「ところで、これからどうなさりますか? ご本を読みましょうか。それとも、おやつにされます?」
 その代わりに、少しでも彼の気持ちが明るくなるのではないかと思われる提案を口にする。
「ななりーのところ」
 スザクも一緒に、とルルーシュは口にした。
「ルル?」
「しゅじゃく、まだしょうかいしてない」
 ナナリーに紹介しておかないと、きっとダメだと思う……と彼はさらに言葉を重ねる。
「しゅじゃくはるるのだって。ゆっておくの」
 でないと、後で欲しいって言うかもしれないから。ルルーシュはまじめな口調で言い切った。それが誰のせいなのかは、もう考えなくてもわかっている。
「大丈夫ですよ、ルル。マリアンヌ様がきちんとナナリー様にもお話くださいます。それに、ナナリー様はきっと、ルルによくにて、素直で優しい方にお育ちになりますから」
 人のものを取るような事はされないに決まっています、とスザクはルルーシュの体を抱き上げながらこういった。
「そうか?」
「そうですよ」
 ルルの妹君ですから……とスザクはまた言葉を重ねてみせる。
「るるのいもうとだから?」
「はい」
 ルルの妹だから、自分はナナリーをかわいがるだろう。スザクはそういって微笑む。もっとも、ルルーシュが『いやだ』と言えば、話は別だ。自分だけは、この腕の中の存在の望むとおりにしてやりたいと、そう思う。
「るるのいもうとだから、ななりーがかわいい?」
「そうですよ」
 ルルーシュの妹でなければきっと、側にも寄らなかったのではないか。いや、近寄れなかったという方が正しいのか。はっきり言って、敗戦国の人間など視界の中にも入れたくないと思っている人間の方が多いのだ。
 それでも、自分が自由にしていられるのはルルーシュのおかげ。そして、彼を愛してくれる人々のおかげだ。
「ルルだけが、僕を見つけてくれましたから」
 微笑みとともにこう告げれば、ルルーシュは意味がわからないというように小首をかしげてみせる。
「……あにうえもあねうえも、しゅじゃくはすごいっていっておられるぞ」
「僕が、ルルのものだからですよ」
 それよりも、ナナリー様の所に行かれますか? とさりげなくスザクは話題を変えた。
「いく!」
 即座に、ルルーシュは言葉を返してくる。
「では、このままだっこで?」
 それとも、自分の足で歩かれますか? と問いかけてみた。そうすれば、スザクの腕の中で、ルルーシュはくりんと反対側に首を傾ける。
「……おへやのまえでだっこ」
 そこで降りて後は歩く……と言う彼の小さなワガママに、スザクの微笑みはさらに深まった。
「わかりました」
 では、しっかりと掴まっていてくださいね……と口にすれば、首に巻き付いていたルルーシュの腕に力がこもる。それを確認してから、スザクはゆっくりと歩き出した。

「ななりー、しゅじゃくだぞ!」
 まだ言葉を理解できているのかいないのかわからない相手に、ルルーシュは胸を張って呼びかけている。そんな我が子の姿を、この離宮の主であるマリアンヌが愛おしそうに見つめていた。
 と、不意に彼女のルルーシュによく似た――いや、ルルーシュの方が彼女に似ているのだろう――瞳がスザクを映し出す。
「枢木スザクさん……でよろしいのですわね?」
 そして、完璧な《日本語》で話しかけてきた。
「はい、后妃殿下」
 それにスザクはブリタニア語で返事をする。彼女が日本語で話をしているのだから、日本語で答えを返してもいいのだろう。だが、マリアンヌの知らない言葉を耳にして、ルルーシュが不安そうな表情な表情で自分たちを見つめていることにスザクは気付いてしまったのだ。
「ルルーシュの側にいてくれてありがとう。貴方がいてくれたおかげで、ルルーシュも我慢を覚えてくれているようだわ」
 本当は、もっと甘えさせてあげなければいけなかったのかもしれないけれど……とさりげなく彼女は付け加えた。しかし、后妃であり、皇帝の寵愛を受けている身ではできないこともあるのだ、とこちらは日本語で付け加えた。それはルルーシュに聞かせたくない内容を含んでいるからか。
「いえ。僕はただ、ルルの側にいるだけですから」
 その他のことは何もできていない、とスザクは言い返す。
「それが一番重要なことです。何の思惑もなく、ただあの子を慈しんでくれる存在。家族以外のもので、そのような存在を見つけられることがまれだ、と言うことを私はよくわかっています」
 だから、これからもルルーシュの側にいてくださいね……とマリアンヌは微笑んだ。
「お心のままに」
 言葉とともにスザクは頭を下げる。
「それと、気が向いたらナナリーの相手もしてやってくださいね」
 おそらく、その子はお兄様が大好きになるだろうから……と彼女は付け加えた。
「ルルーシュもいいですか? 時々でいいから、スザクさんをナナリーにも貸してあげてくださいね」
「……ははうえがそうおっしゃるなら」
 でも、本当に時々でいいんですよね……とルルーシュはマリアンヌに問いかけている。
「もちろんですよ、ルルーシュ。スザクさんはルルーシュの騎士ですから」
 コーネリアにしてもルルーシュのためにダールトンやギルフォードを貸してくれるだろう、とも付け加えた。そういえば、ルルーシュは納得をしたらしい。
「わかりました」
 コーネリアがそうしてくれるのだから、自分もナナリーにそうしなければいけないのだ、と彼は口にする。こうなると、コーネリアの存在がルルーシュにとってよい影響を与えていることは間違いないだろう、とスザクは思う。それなのに、どうしてその妹君は……とちょっと悩みたくなってしまった。
「本当にいいこですね、ルルーシュは」
 言葉とともにマリアンヌは彼を手招く。
「なんでしょうか、ははうえ」
 こう問いかけながら、ルルーシュはナナリーの側からマリアンヌの方へと歩み寄ってくる。その彼の体をマリアンヌはやさしく抱きしめた。そのまま、自分の膝の上にと座らせる。
「ははうえ」
 どうしたのですか? と口にしながらもルルーシュは嬉しそうだ。やはり、母親の腕の中というのは特別なのだろうか、とその表情を見つめながらスザクは心の中で呟く。
「ルルーシュ。貴方も私の大切な子供です。でも、ナナリーもそうなのです。わかりますね?」
 どちらも自分にとっては可愛い子供だ、とマリアンヌはルルーシュを抱きしめながら囁く。
「ルルーシュ。ナナリーはまだ一人では動くこともできません。自分が何をして欲しいのかも、口にすることができない無力な存在。貴方もはじめはそうだったのです」
 それが赤ちゃんなのだから、と微笑むマリアンヌの微笑みは慈愛に満ちている。スザクですら、それから視線をそらすことができない。
「母は、そんな貴方の側にいつもいてあげました。同じ事をナナリーにもしてあげたいのです」
 だから、ルルーシュの相手をして上げられる時間が減ってしまうだろう。それでも、ルルーシュには側にスザクがいてくれるでしょう、とマリアンヌは微笑む。
「もちろん、毎日、食事は一緒にできますし、こうして抱きしめて上げられます。ですから、我慢してくれますね?」
 何かあったら、きちんと話も聞いて上げますから……と言うマリアンヌの顔をルルーシュは真っ直ぐに見つめている。
「ルルーシュ。ダメですか?」
 貴方と同じ愛情をナナリーに与えることは気に入りませんか? とマリアンヌは我が子に問いかけた。
「……まいにち、こうして、だっこしてくださいますか?」
 少しの時間でもいいから、とルルーシュは彼女に聞き返す。
「しゅじゃくのおひざもだいすきだけど……でも、ははうえのおひさはべつです」
 マリアンヌの膝の上は特別なのだ……と言う言葉は、子供ならば同然の主張だろう。だから、スザクとしてはルルーシュの口から出た言葉にショックは感じない。
「もちろんですよ。毎日、こうして母とお話をしましょう」
「なら、いいです。ははうえがななりーのそばにいても、るるはがまんをします」
 ルルは兄だから……と彼はきっぱりと口にした。
「あには、いもうとをかわいがるものでしょう?」
 そういって微笑む彼の体を、マリアンヌはそっと抱きしめる。
「ルルーシュ。そうですよ」
 本当に、貴方はいいこですね……と言って微笑むマリアンヌとルルーシュの姿は見ていて本当に幸せになれるものだ。
「私が側にいて上げられないときは、スザクさんの言うことをちゃんと聞いてくださいね」
「はい。るるはしゅじゃくもだいすきです」
 今までもずっと一緒だったのだ。だから、これからも一緒にいるのだ、と彼は満面の笑みとともに告げる。
「しゅじゃくも、るるにそうやくそくしてくれました!」
 スザクが一緒にいてくれるから、きっと我慢できる。そう付け加えるルルーシュにスザクは微笑みとともに頷いてみせた。そうすれば、マリアンヌもまた笑みを深める。
 そんな周囲の様子がわかったのだろうか。
 目を覚ましたらしいナナリーが可愛らしい声を立てる。
「あらあら」
「ななりー?」
 慌てたようによく似た容貌の親子は赤ん坊の側へと移動していく。それは間違いなく幸せな光景なのだろうな、とスザクは思う。
「しゅじゃくも」
 そして、その中に自分も含めてもらえることが、とても嬉しいと思う彼だった。




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