一枚の写真を見つめながら、オデュッセウスは小さなため息をついた。
「私は、幼女趣味はないのだが」
 むしろ、それなりに年齢を重ねている女性の方が好みだ。しかし、何故か自分は《ロリコン皇子》と呼ばれている。それもこれも、中華連邦の天子と政略結婚の話が持ち上がったからだろう。
「やはり、他の誰かに押しつけるべきだったね」
 シュナイゼルであれば、国政に支障が出る。しかし、それ以外の弟たちであれば、誰でも構わなかったのではないか。
「……かといって、迂闊な人間を送っては、あちらが怒るだろうから……と言う理由もわかるが……」
 だが、それでも自分の立場をきちんと理解できていればそれなりの言動を取ることが出来ただろう。それが出来ないような人間であれば、早々にいなくなってくれた方がブリタニアのためだ……と言うことも理解できる。
「そうかんがえると……ルルーシュも除外かな?」
 あの子がいなくなっては、シャルルがどのような行動を取ってくれるか、わかったものではない。
「……あの子がどうかしましたか?」
 不意に声がかけられる。その声には当然聞き覚えがあった。そして、第一皇子である自分の執務室に平然と入り込んで来られる人間はそう多くない。
「頑張っているなぁと思っただけだよ、シュナイゼル」
 あの子があれだけ頑張っているのに、自分の悩みと言えばこれだよ……とそういいながら、貴族達から持ち込まれた写真の山を指さす。
「それはまた、見事ですね」
 ある意味、彼も同じ状況なのではないか。そう思いながらも、オデュッセウスはため息をついてみせる。
「しかも、皆、ナナリーと同年代のお嬢さん方、なのだよ」
 いくらなんでも、その年の差は何なのか……と彼は付け加えた。
「それは……」
 流石のシュナイゼルも、直ぐに返すべき言葉を見つけることは出来なかったようだ。
「いくら私でも、そこまで年の差がある女性は、ね」
 それなのに、あの一件から自分の元に持ち込まれる写真は、そろいも揃って十代前半の少女ばかり……と彼は続ける。
「こうなると、ルルーシュがうらやましいよ」
 彼の地には自分好みの女性が大勢いそうだからね、と苦笑と共に付け加えた。
「兄上のお好みは、黒髪の気の強い女性、でしたね」
「あぁ……」
 それが誰の影響なのか、言わなくても彼にはわかっているだろう。
「あの方は、強く、美しかった……そして、今も、ね」
 十五になる子供がいるようには見えない。むしろ、年齢を増してさらに美しくなったのではないだろうか。
「ブリタニアには、あのような美しい黒髪の持ち主は少ないですからね」
 頷きながら、シュナイゼルはこう告げる。
「エリア11であれば、あの方ほどではなくても強くて美しい女性がいるだろうねぇ」
 一度でいいから、足を運んでみたいものだ。こう言ってため息をつく。
「もっとも、ルルーシュが受け入れてくれるかどうか」
 年が離れているだけならばまだいい。だが、自分たちはあまり交友を結んでこなかったから……とそうも付け加えた。
「そんなことはありませんよ」
 だが、シュナイゼルは即座にこう言い返してくる。
「あの子は自分の立場をわかっていました。それに兄上のお立場もです」
 だから、今からでも遅くはないのではないか。そう彼は続けた。
「兄上がお望みなら、視察の予定を組ませて頂きますが?」
 さらに彼はこうも口にする。
「シュナイゼル?」
「エリア11は美しい場所ですよ」
 たまには、本国を離れて気分転換をするのもいいのではないか。以前行った中華連邦では気を抜く頃は出来なかっただろうが、エリア11ならそういうことはないだろう。
「そうだね」
 彼がそういってくれるのであれば、実行に移しても誰も何も言わないのではないか。第一、自分が本国にいなくても、目の前の弟がいれば何の支障もないはず。
「たまには、ワガママを言わせてもらおうか」
 だから、彼の言葉に甘えるようにこう告げる。それにシュナイゼルは微笑みのまま頷いて見せた。

「これでよろしかったのですか?」
 廊下に出たところで、シュナイゼルは言葉を口にする。その視線の先に、柔らかな笑みを浮かべた帝国最強の女性マリアンヌがたたずんでいた。
「えぇ。できれば、あの方にはエリア11を気に入って頂きたいわね」
 そうすれば、後顧の憂いはなくなるのではないか。
「確かに」
 あの子を悩ませるであろう問題がなくなれば、こちらも計画を進めやすい。
「本来なら、ナナリーを……と言うべきなのでしょうけど」
 そうなったらそうなったで、別の問題が生じてしまう。だから、マリアンヌは微笑んでみせる。
「あの方に動いて頂きましょう」
 それが一番無難だろう。そうも彼女は付け加えた。
「でも」
 ふっと表情を和らげると、真っ直ぐにシュナイゼルを真っ直ぐに見つめてくる。
「あなたは本当にいいの?」
 誰もが、次の皇帝は彼だと信じているだろう。その座を他者に明け渡していいのか。
「えぇ」
 マリアンヌに向けて、シュナイゼルは微笑みを返す。
「私はどちらかと言えば、裏で暗躍する方が好みなのですよ」
 皇帝の座に着いてしまえば、暗躍したくても暗躍できない。だからこそ、今まで大人しくシャルルの下で宰相の地位に就いていたのだ。他の誰かが耳にすれば即座に弾劾されそうなセリフも、マリアンヌ相手では心配がいらない。
「他の誰かであれば不本意ですが……あの子であれば構わない」
 むしろ、自分の手で育てる楽しみがある。そして、自分は自分で暗躍をすることが出来るから……と付け加えた。
「ブリタニアのためを考えれば、なおさらでしょう」
 彼の治世が長ければ長いほど、世界はやさしいものになるのではないか。そうも付け加える。
「まぁ、それは後付の理由ですが」
 一番の理由は、皇帝として玉座に座るルルーシュを見たいだけだ。
「私やクロヴィス、それにラウンズだけならばまだしも、あのこには嚮団が付いていますからね」
 多少の問題はねじ伏せることが出来る。それでも、厄介ごとは目の前に山積みだ。それを的確に処理できるのは自分しかいない、と言う自負がある。

「とても有意義な時間を過ごせそうで楽しみですよ」
 それこそ、自分が望むことだ。そう告げるシュナイゼルに、マリアンヌもまた、満足そうな微笑みを浮かべた。

 こうして、様々な思惑を孕みながら、オデュッセウスのエリア11訪問は決定したのだった。
 専用機から降り立つと同時に、末弟の姿が視界の中に飛び込んでくる。
「ルルーシュ」
 親しくしてはいなかった。だからといって、この優秀な末弟が嫌いだったわけではない。むしろ、初恋の女性の面影を色濃く移している彼は好ましいと言ってよかった。
「オデュッセウス兄上。ようこそエリア11に」
 きまじめそうな口調でルルーシュはこう言ってくる。
「すまないね、ルルーシュ。無理を言って」
 オデュッセウスはそういいながら、微笑んだ。
「いえ。おいでいただけるのは光栄ですから」
 シュナイゼル達はたまに足を運んでくれる。しかし、それ以外の皇族で来てくれたのはオデュッセウスが初めてだ。そういって、ルルーシュはさらに笑みを深める。
「以前から、興味はあったからね」
 色々な意味で、と付け加えれば、彼はどこか嬉しそうな表情を作った。
「それでは、オデュッセウス兄上に満足頂けるよう、配慮をさせて頂きます」
 その前に、と彼は言葉を続ける。
「政庁の方へご案内してもかまなわないでしょうか。ナナリーも兄上にお会いするのを楽しみにしております」
 今は、お茶の準備をして待っているはずだ。そう付け加えられて、オデュッセウスの目は自然と細められる。
「それは嬉しいな」
 ナナリーも元気そうで何よりだ、と頷いて見せた。
「では、こちらに」
 言葉とともにルルーシュは体の向きを変える。そんな些細な仕草にも自信があふれているように感じられるのは錯覚だろうか。
 それとも、彼がきちんと総督の任をこなしていると知っているから、そう見えるだけなのか。
 どちらにしても、自分にはないものだ。それがうらやましいと言うよりも微笑ましく見えるのは、やはり年齢差のせいだろう。
「本当に、いいこに育ってくれたものだ」
 こんなことを言うと、自分がものすごく年寄りになったような気がする。だが、実際にルルーシュよりもその母と年齢が近いのだ。だから、構わないだろう……と心の中で呟く。
「それもこのエリアに来てから、かな?」
 あるいは、それ以前の出会いからか。
 どちらにしても、このエリアの人々が関係しているのは否定できないだろう。
「私にもそんな出会いがあればいいのだけれど、ね」
 そうすれば、もう少し自分の世界は変わってくれるのではないか。
 できれば、そうなって欲しい。
 心の中から、そう祈るオデュッセウスだった。





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