「……スザク……」
 書類から顔を上げながら、ルルーシュは側にいてくれる己の第一の騎士に向けて声をかける。
「何?」
 そんな彼に、いつもの穏やかな微笑みをスザクは向けてくれた。
「ここしばらく、何か、おかしくないか?」
 何が、とは言えない。しかし、何かがおかしい。
「うん、そうだね」
 確かに、何かがおかしい……とスザクも即座に同意をしてくれる。
「オデュッセウス殿下のことも含めて、だけど」
 ルルーシュと親しい皇族であれば、今までにこの地を訪れることはあった。しかし、オデュッセウスのように期間を区切らずにこの地に滞在した例は、ナナリー以外にない。
 何よりも、彼は第一皇子だ。たとえシュナイゼルのように要職についていないとは言え、それでも高位の継承権を持った皇族であることは否定できない。そんな彼が何の理由もなく物見遊山に来るだろうか。
「……何か、ものすごく嫌な予感がするんだが……」
 とんでもないことが進んでいるような、とルルーシュは口にする。
「僕も、そんな気がするよ」
 問題なのは、それが何であるのかがわからないということだ。せめて、断片的にでも情報が手に入れば、それから推測できるのに。
「本国で何が起きているのか、確認しようと思ったんだけど……」
 ジノもアーニャも何も知らない様子だった。スザクはスザクでこう告げる。どうやら、彼なりに情報を集めようとしていたらしい。
「……ジノもアーニャも、その手のことには向いていないからな」
 そういうことに詳しいとすれば、カノンだろう。しかし、シュナイゼルが絡んでいるのであれば、絶対、彼が情報を漏らすはずがない。
「オデュッセウス兄上も、何もご存じないようだしな」
 とりあえず、彼は今、ナナリーと共にキョウトに観光に行っている。カレンをつけてやったから、何かあれば直ぐに連絡が来るだろう。
「せめて、あの方がシュナイゼル兄上から何かを聞いていてくださればよかったんだが ……」
 その可能性は全くない。知っていれば、口にしないはずがないのだ。そう言った点では、彼はクロヴィスによく似ているのではないか。
 それはシュナイゼルも知っている。だからこそ、彼には何も言わないのだろう。
「エリア11が巻き込まれないなら、それでいいんだが……」
 この地にいる者達を守るのも、自分の役目だ。
「……情報が少なすぎて、推測をすることも出来ないな」
 もう少し情報を集めたい。しかし、シュナイゼルが関わっていれば難しいのではないか。
「ともかく……書類を片づけるか……」
 ある意味、これが現実逃避だと言うことはわかっている。しかし、それが、今、一番しなければいけないことだ。
「……少し、席を外してもいい?」
 不意にスザクがこう問いかけてくる。
「スザク?」
「ロイドさんとミレイさんに話をしてくるよ」
 あの二人であれば、あるいは何か情報を入手できるかもしれない。
「そうかもしれないな」
 彼等の場合、自分たちとは別ルートで情報を入手してくるらしいのだ。問題は、それを大人しく教えてくれるかどうか、だ。
「大丈夫。ルルに関わることなら教えてくれるよ」
 微笑みながら、スザクはこう告げる。
「そうあって欲しいな」
 どのみち、自分には打つ手がないのだ。だから、とルルーシュは頷いてみせる。
「でも……出来るだけ早く帰ってきてくれ」
 一人で寂しいとは言わない。だが、スザクが側にいてくれれば、安心できるから。そう囁けば、彼は微笑みを深める。
「わかっているよ、ルル」
 すぐに帰ってくるよ、と口にすると同時に、スザクはそっとルルーシュの頬に触れた。
「だから、それまで勝手に出歩かないでね?」
 自分が心配だから、とそのまま彼は口にする。
「スザク」
「約束して。何が起きているかわからない以上、念には念を入れておかないと」
 政庁内で危険は少ないとは思う。それでも、と付け加える彼に、ルルーシュは苦笑を浮かべる。
「わかった」
 心配性だな、とは思う。それでも、彼がどうしてそういうかもわかっているから、素直に頷いてみせる。
「この書類の山がなくなるまで、大人しくしている」
 だから、それまでに帰ってこい。この言葉に対する答えは、触れるだけの口づけだった。

「本当に知らないんですね?」
 言葉とともにスザクが目を細める。だけではなく、思い切り殺気までこめてくれた。
「知らないよぉ」
 てへっと笑いながらロイドは言葉を返す。
「知ってたら、ちゃんと報告をするよぉ」
 でないと予算がぁ、と彼は続けた。
 今も昔も、一番怖いのは予算の減額だ。ランスロットの開発に手をつけられなくなることはすなわち、自分の存在意義を否定されたといってもいいくらいだし、と本気で思う。
「……本当の、本当ですね?」
 しかし、スザクは素直に彼の言葉を受け入れてはくれない。それは、きっと、今までのあれこれがあったからだろう。
「ルルーシュ様に嘘はつかないよぉ」
 だから、とロイドはさらに笑みを深める。
「……嘘をつかないまでも、黙っているなら同じ事、ですからね?」
 それがわかった瞬間、ランスロットがどうなっても自分は責任を取らないから。スザクはこう言った。
「気が変わったら、早めに連絡をしてくださいね」
 最後にこう言い残すと、彼はきびすを返す。おそらく、ここだけで時間を潰すよりも、他を当たった方が建設的だ、と思ったのだろう。
 しかし、とロイドはため息をつく。
「……恐かった……」
 いや、本気で……と呟きながら、彼はその場に座り込んだ。
「よかったんですか?」
 こう言いながら、セシルが歩み寄ってくる。
「何がぁ?」
 僕は何も知らないよぉ、というのは本音だ。
「あの性悪腹黒宰相閣下が何かを画策していることは聞いているけど、確かめたわけじゃないし」
 不確定なことを彼に告げるわけにはいかないだろう? とロイドは開き直ったように言い返す。
「そうですけど……」
 でも、ヒントぐらいは……と彼女は納得がいかないようだ。
「だって、言っても信じてもらえると思う?」
 あの人達の計画、とロイドは逆に聞き返した。
「……いえ……」
 少なくとも、ルルーシュ本人は信じないだろう。いや、無理だと思っているのではないか。
「でしょぉ? だから、僕は何も知らないんだよぉ」
 現実になったら楽しそうだけどぉ、と付け加えたのは本音だ。しかし、そんなロイドも、実は現実になると信じているわけではない。きっと、彼等の退屈しのぎなのだろう。そう思っていた。

「……ごめん、ルル。結局、何もわからなかった」
 肩を落としながら、スザクがこう告げる。
「気にするな。想定の範囲内だ」
 逆に、とルルーシュは顔をしかめた。
「これで、少なくともシュナイゼル兄上が関わっていることだけはわかった」
 でなければ、これだけ完璧に情報を隠匿できるはずがない。必ず、どこからか漏れるものだ。それがない、と言うことは、完璧に情報を統制していると言うことだろう。
「シュナイゼル殿下が、何を……」
「それはわかっていれば、苦労はしない」
 ルルーシュは思いきりため息をつく。
「母上がそれに加わっていないことを祈るだけだ」
 彼女が加わっていて場、ブリタニア全土を巻き込みかねない。
「……です、ね」
 それに関しては、スザクも否定できないようだ。即座に頷いてみせる。
「ともかく、情報だけはこれからも集めないと」
 断片だけでもいい。それでも数が集まれば何が起きているのか推測できるだろう。もっとも、あまり嬉しくない状況になるかもしれないが。
「こういう時の予感だけは、当たるんだよね」
 本当に、とスザクはため息をつく。
「……ともかく、仕事をするか」
 終わったら、現実逃避をしてもいいか? とルルーシュはさりげなく付け加える。それがどのような意味を持っているのか、もちろんスザクにはわかるはずだ。
「そうだね……そうしようか」
 付き合うよ、と彼は頷いてくれた。

 しかし、災難というのは続くものらしい。それとも、スザクの嫌な予感、というのはこの事だったのだろうか。
「ルルーシュ!」
 満面の笑みと共にオデュッセウスが執務室に飛び込んでくる。
「オデュッセウス兄上?」
 どうかなさいましたか? とルルーシュは書類に署名をする手を止めて問いかけた。
「このエリアの副総督の座は、空いていたね?」
「はい」
 それが何か? とルルーシュは思わず問いかけてしまう。同時に、この長兄は何を言い出すのか、と不安になっていたことも否定できない。
「私にその座をくれないか? もちろん、きちんと仕事はするよ」
 ともかく、このエリアに残りたいのだ……と彼はさらに言葉を重ねた。
「……兄上?」
 いったい何故、といい返すのがルルーシュには精一杯だった。
「理想の女性を見つけたのだよ!」
 だから、と彼は続ける。彼女に結婚の許可をもらうまで、この地にいたい。そうも続ける。
「……誰、何ですか?」
 このエリアにいるブリタニア人で、彼の好みに合う人間とはとルルーシュは首をかしげた。
「皇の神楽耶姫だよ」
 しかし、まさか彼女だとは思ってもいなかった。
「はぁ?」
 そもそも、皇位継承権第一位の彼と――このエリアでは一番尊い血をひいているとはいえ――イレヴンでしかない神楽耶が結婚できるものか。
「必ず、OKを貰ってみせるよ」
 しかし、盛り上がっている兄に何と言えばいいのか。ルルーシュにはわからなかった。





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