ルルーシュの表情がさえない。その理由も、スザクにはわかっていた。 「大丈夫、ルル」 二人きりの時は、昔と変わらずに甘えてくる彼の背中を撫でながら、こう問いかける。 「……大丈夫だけど、大丈夫じゃない」 それに、彼はこう言い返してきた。 「ルル?」 昔の癖なのか。ルルーシュは時々言葉が足りなくなる。それでも、普段はだいたい想像がつくからいいのだ。しかし、今回はきちんと説明して欲しい。 「総督としての仕事は大丈夫だ。でも、状況がわからないから大丈夫じゃない」 どこで何を進められているのか。それがわからない以上、迂闊な行動を取るわけにはいかない。だから、気を緩めることがなかなか出来ないのだ。 「ここでは、そんなことをしなくてもいいよ」 ルルーシュが何をしようと、自分が受け入れるだけだ……とスザクは笑う。 「あぁ、でも、一つだけ、絶対に受け入れられないことがあるかな?」 そっと彼の体を引き寄せながらこう告げる。 「スザク?」 何だ、と言うようにルルーシュが見上げてきた。 「ベッドの中の主導権だけは、渡せないかな」 それだけは、絶対に。そう囁けば、ルルーシュは顔を真っ赤に染める。 「スザク!」 そして、彼の背中を思い切り叩いてきた。もっとも、体勢のせいもあって痛みはさほど感じられない。 「だって、これは僕だけの特権でしょう?」 違う? と彼の顔をのぞき込めば、真っ赤になったままのルルーシュは小さく頷いてくれた。 「だから、これに関しては、ルルにも主導権をあげない」 代わりに、どれだけ自分がルルーシュのことを愛しているか教えてあげる。そう囁きながら、そっと彼のあごを持ち上げた。そして、そのまま唇を重ねようとする。 あと一息でお互いの温もりを直接感じることが出来る、と思ったまさにその時だ。 「ルルーシュ様! それに、スザク!」 この怒鳴り声と共にいきなりドアが開かれる。 「……あっ……」 なら、そのまま入ってくればいいだろうに。 何故、入り口のところで固まっている! このままでは、他の人間に見られてしまうだろう……とため息をつく。 「ルル、ごめん」 しかたがないから、とスザクは口にしながら彼の顔を見つめる。 「……わかっている……」 この場合、無視した方が厄介そうだ……とルルーシュもため息をつきながら許可を出してくれた。それを確認してから、彼の体をひざの上から下ろす。 「カレンが帰ったら、続きをしようね」 出来ればいいけど。心の中でそう呟きながらも大股にカレンの側に歩み寄る。 「で、何の用?」 そのまま、彼女の腕を引く。当然のように、彼女の体は完全に室内へと入り込んだ。その背後でドアが閉まる。 しかし、それでもカレンは何の反応も見せない。 「カレン!」 仕方がなく、軽く彼女の頬を叩く。 「……あっ……」 その刺激で、どうやら我に返ってくれたらしい。 「ごめん……」 知っていたんだけど、実際に目にしたらびっくりしちゃって……と彼女は慌てて口にする。 「……で?」 さらに続きそうないいわけを遮って、本来の目的を尋ねる。 「あぁ、そうだったわね」 忘れていたわ、と言うカレンを一瞬殴りつけたくなってしまう。それを実行に移さなかったのは、目の前の相手が――生物的に――女性に分類されるからだ。 どのような存在であろうとも《女性》である限り実力行使は極力控えること。 それがマリアンヌにたたき込まれた常識でもある。もっとも、その《女性》の範疇に《ルルーシュを害するもの》が入らないのは言うまでもない事実だろう。 だから、とりあえず拳を握りしめることでその感情をこらえる。 「C.C.がオデュッセウス殿下に余計なことを吹き込んだみたいなのよ!」 そのせいで、オデュッセウスが……という言葉を耳にした瞬間、その感情はあっさりと霧散した。 「兄上が?」 いったい、何をしでかしているんだ! とルルーシュは立ち上がる。 「確認しに行くべきだろうね」 せっかく、二人だけの時間を堪能できそうだったのに。そう心の中で呟きながらも、スザクはこういった。 「何をされているのか、ものすごく怖いけど……」 C.C.が絡んでいるなら、なおさら……と頬を引きつらせながら続ける。 「否定は出来ない」 マリアンヌのあの性格が、実はC.C.の影響を多大に受けたものだ。その事実を知ったときのあの驚愕を思い出せば、ルルーシュのこの反応も納得できる。まして、今回、あれこれ言われているのはあのオデュッセウスなのだ。 「ともかく、上着だけでも身につけてね」 そうしたら、自分がルルーシュを抱えて走るから。多少時間がかかっても大丈夫だ。そうスザクは告げる。 「わかっている」 確かに、今は自分の方が立場は上だ。だが、継承権から見ればオデュッセウスに勝てる存在はブリタニアにはいない。だから、最低限の礼儀だけは守らないと、とルルーシュは頷く。 こうなると、まだ服を乱す前で良かったのか。 スザクは上着に袖を通しているルルーシュの姿を見つめながらそんなことを考えてしまった。もちろん、それと現状を納得できない気持ちは別問題だろうが。 「スザク」 襟元をなおしながらルルーシュが呼びかけてくる。 「うん、大丈夫。ちゃんと出来ているよ」 なら、行こうか。そういってスザクはルルーシュを抱え上げた。 オデュッセウスがC.C.にそそのかされた内容は、状況が状況であればほめられるものだろう。 「……確かに、日本の古典に結婚を承諾してもらうために百日通い詰めた、と言う話はあります。ですが、あれは達成されませんでしたよ?」 九十九日目に通っていた男が死んだのではなかったか。ルルーシュは己の騎士達にこう問いかける。 「はい。確か、前日が雪で……熱をおして出かけたせいでたどり着けずになくなってしまったとか……」 自分もうろ覚えだが、とカレンは口にした。 「第一、ここからキョウトまで毎日通われるとなると……政務の時間がなくなりますが?」 そんな副総督ならいらない、とルルーシュは言外に付け加える。 「では、どうすればいいのかな……」 ブリタニア本国に送り返されると困るんだけど、とオデュッセウスは表情を強ばらせた。 このままでは、別の意味で仕事にならないのではないか。しかし、何と言えばいいのだろう。 「……手紙なら、毎日書かれてもさほど時間はかからないのではありませんか?」 ルルーシュの気持ちを代弁するかのようにスザクがそっと口を挟んできた。 「日本語でお書きになれたら、神楽耶は感動すると思いますけど」 しかし、さりげなくとんでもなく高いハードルを設定したような気がするのは錯覚だろうか。 「そうだね」 しかし、オデュッセウスはあっさりと納得したらしい。 「恋文は、やはり相手の国の言葉で書くべきだろうね」 その意味もわからなければ意味がない……と彼は付け加える。 「だが、私に教えてくれるような人物はいるだろうか」 「……それなら、俺が心当たりに声をかけておきましょう」 そういいながら、彼が脳裏に思い描いたのは扇の姿だ。彼であれば、この長兄とウマが合うのではないか。もしそうでなかったとしても、教師としての経験で何とかしてくれるような気がする。 「頼むよ、ルルーシュ」 オデュッセウスが落ち着いた口調でこう言ってきた。その言葉に他意は感じられない。 「わかりました」 何よりも、その間は彼は大人しくしていてくれるだろう。そう考えながらルルーシュは頷いて見せた。 しかし、この騒動はものすごくましなものだった、とルルーシュが気付いたのは、それから直ぐのことだった。 シャルルが全国民に向けて何やら演説をするらしい。 「……今度は何をおっしゃるおつもりだ」 自分に被害が出るなら何を言われても構わないんだが……とルルーシュはため息とともに付け加えた。 「ルル」 スザクがたしなめるように彼の名を呼ぶ。 「だって、そうだろう?」 とんでもないことに巻き込まれたら、このエリアを放置することになる。それでは、みんなのためにならないだろう。ルルーシュはそう言い返す。 「そうだけどね」 だが、それでも相手は《皇帝》だし、何よりもルルーシュとナナリーの父親なのだから。言葉とともに彼は微笑む。 「それも、わかっている」 しかし、と口にした瞬間だ。 『そろそろ、ブリタニアも新しい段階へと進まねばならん』 だから、と彼は朗々とした声で続ける。しかし、この妙な抑揚だけは何とかして欲しい。そう思いながらルルーシュは彼の演説へと耳を傾けた。 『だから、儂は皇帝の座を息子に譲ることにしたぁ』 ある意味、これは驚愕の事実だといっていい。 「……オデュッセウス兄上が呼び戻されていない……と言うことは、シュナイゼル兄上に皇帝の座を譲るおつもりか?」 それならば、もう無理は言われずにすむかな……とルルーシュは微笑む。 しかし、その考えはものすごく甘かった。 『本来であれば、オデュッセウスかシュナイゼルを後継に選ぶべきであろう。だが、それでは次世代の治世は短くなると思われる』 それは、誰かさんが延々とその座にいたからだろう。そう口にしたいが出来ない。 「まさか……」 ものすごく嫌な予感がする。 『故に、第十一皇子であるルルーシュにこの座を譲る。もちろん、儂が元気なうちはしっかりと後見をしよう』 シュナイゼルもクロヴィス、そしてコーネリアもそれに賛同してくれた。彼はきっぱりと言い切る。 「スザク……」 そんなこと、考えたこともなかったのに。ルルーシュは泣きそうな表情で己の一番信頼する騎士を見上げる。 「俺を連れて逃げてくれるか?」 こんなセリフがこぼれ落ちた。 「ルルが、そう願うなら」 どんなことでも叶えてあげるよ。スザクはこう言って微笑んでくれた。 終 BACK 09.03.30up |