しかし、どこに逃げればいいのだろうか。
「キョウトも今回のことに関しては父上の味方だろう」
 いや、このエリアに住む者達はみんなそうだといっていい。
「……EUは無理そうだね。だとするなら……中華連邦かオーストラリアあたりかな」
 そういって悩んでいるルルーシュに、スザクのこんな声が届く。
「スザク?」
「騎士としては失格かもしれないけど……ルルが皇帝になるのは歓迎できないから」
 ただでさえ少ない恋人の時間がさらに減る、と彼は続ける。その口調から、本心からのセリフだとしっかりと伝わってきた。
「いざとなれば、ランスロットを強奪して……中華連邦なら十分にたどり着けるよ?」
 ルルーシュが望むなら、逃げ切ってみせる。スザクはきっぱりと言い切った。
「スザクなら出来るだろうと思うが……」
 それでも、とルルーシュはため息をつく。
「母上とシュナイゼル兄上が中心にいるだろう。と言うことは、当然、ビスマルクも協力しているはずだ」
 最悪、ラウンズが全員押しかけて来ているかもしれない。
 それでも、最終的にはスザクが勝つだろう。自分が彼の足を引っ張らなければ、と言う条件であれば、だ。
「なら、すこしでも早く動いた方がいい」
 ラウンズが来る前に、このエリアを離れるか。でなければランスロットを奪取して隠れるのがいいだろう。
「……予備のエナジーフィラーも持っていかないとな」
 カレンはどうするべきか、とルルーシュはスザクを見上げる。
「本人には怒られるかもしれないけど……おいていくのがいいかもしれないね」
 スザクは微笑みと共にこう言い切った。
「スザク?」
「カレンもルルに忠誠を誓っているけど……それと陛下やマリアンヌ様の命令を天秤にかけたらどうなるか。ちょっとわからないだろう?」
 自分たちが安全な場所に移動した後で、こっそりと連絡を取ってみればいい。その時の態度で居場所を教えるかどうか決めても遅くないだろう。その言葉に、ルルーシュも頷いてみせる。
「そうだな」
 緊急事態だった。そういえば、カレンも納得するだろう。
「じゃ、行動を開始するから……今だけは僕の指示に従ってね」
 ちょっと暴れるかもしれないから。それに、ルルーシュがまた首を縦に振って見せた。
「わかっている」
 自分の運動神経が他人よりも劣っていることも含めて……とルルーシュは付け加える。
「そんなことはないよ」
 比較対象が自分やマリアンヌ、それにナナリー達だからそう思えるだけだ。そう言ってくれるが、それが真実ではないとルルーシュにもわかっていた。
「大丈夫。体力なんて、いくらでもつけられるよ」
 だから、今は焦らないで……と言われても納得できない。スザクが自分の年には既にビスマルク達に一目を置かれていたではないか、そう考えてしまうのだ。
 だからといって、スザクの言葉を完全にも否定できない。
「……そうだな」
 自分であれこれしなければいけないようになれば、いやでも体力がつくのかもしれない。そう期待しておこう。ルルーシュは心の中でこう呟く。
 それよりも、今は無事にシャルルをはじめとする者達の手から逃れることを考えなければ。
 自分たちの幸せのために、絶対に逃げ切ってみせる。
 ルルーシュはそう考えていた。

 警備員の動きを予測して先回りした結果、無事にエナジーフィラーの予備を入手することが出来た。
 後は、スザクがランスロットを奪取してしまえばいい。
 そして、彼がそれを失敗するはずがない、とルルーシュは信じていた。
 しかし、だ。
「スザク?」
 何故か、彼は生身でルルーシュの元に駆け戻ってきた。
「……ごめん、ルル。先手を打たれていた」
 そのまま彼を抱き上げると、スザクはさらに速度を上げる。
「先手?」
「ランスロットを本国に輸送するって……」
 ロイドさんが梱包していたよ、とスザクはさらに言葉を重ねた。
「……何だと!」
「ついでに、僕たちの脱走はまだばれてないようだから……」
 このまま、総督権限で飛行艇でも持ち出そうか。そう彼は続ける。
「それが無難だろうな」
 しかし、それも先手を打たれてはいないだろうか。ラウンズの誰かがそこにいたらいやだな、とこっそりと心の中で付け加える。口に出さなかったのは、現実になって欲しくないからだ。
「しかし、これで完全にマリアンヌさまとシュナイゼル殿下の関与は判明したね」
 ランスロットのことで自分に相談もなく行動に移す。ロイドにそんなことをさせられるのはあの二人だけだ。スザクはきっぱりと言いきった。
「……否定はしない」
 本当に、と口にするルルーシュの視線の先に、何やら見覚えがある《紅》が現れる。
「カレン?」
 それは己のもう一人の騎士が持つものだ。
「何? 追いかけてきているの?」
 カレンが? とスザクが問いかけてくる。彼の背後から迫ってきているから、確認することが出来ないのだろう。
「あれは間違いなく、カレンだ」
 しかも、怒っているようだ……とルルーシュはため息をつく。
「とりあえず、言い訳をしておくか」
「言い訳って?」
「婚前旅行に行ってくるとでも言っておく」
 ゆっくりと過ごすことが難しくなりそうだから、と付け加えた。
「納得してくれればいいけど」
 スザクが苦笑と共にこう言い返してくる。
「……その時はその時だ」
 本国との連絡役として残れ、と命令をすればいい。命令であれば、カレンは逆らうことが出来ないはずだ。
「任せるよ」
 自分は逃げる方に専念をする。スザクは即座にこう言ってくる。
「わかった」
 頭を使うのは自分の役目だ。そう心の中で呟きながら、ルルーシュはカレンを見つめる。そして、口を開いた。

 あまりに、あっさりと納得されてしまって、逆に怖い。
 そう考えてしまうのは、どうしてなのか。
「……カレンなら、絶対に『一緒に行く』と言うと思っていたのに……」
 ため息混じりにスザクが呟く。
「確かに」
 ルルーシュもそれは否定できないのだろう。嫌そうな表情でこう告げた。
「それとも、ランスロットがない以上、簡単に見つけられると思っているのか?」
「あぁ、それは否定できないかも」
 実際、自分たちが今移動に使っているのは当初の予定とは違って車だ。しかも、GPSが搭載されている。現在の所、今の位置を政庁では的確に把握しているはずだ。
「ともかく……適当なところで車を降りようか」
 その後で着替えをして、公共交通機関で移動をしよう。
「とりあえず、連中の目から一時的にでも逃げ切ってしまえば、後は何とでもなるよ」
 にっこりと微笑みながら、スザクはこう告げる。
「そうだな」
 車をおいて移動をすれば、ある程度時間を稼げるはず。その間に、次の行動を考えればいいだけのことだ。
「母上や兄上達が諦めてくださるとは思わないが……それでも、逃げ切るだけだ」
 絶対に、皇帝になんてならない! そんな厄介な立場はシュナイゼルにのしをつけて渡してやる!! ともルルーシュは付け加える。
「……最悪、一回皇帝の座についてから、勅命で誰かに押しつけるというのもいいかもしれないな」
 その時には二番目の兄が無難だろうか。それとも、いっそのことコーネリアの息子に押しつけるべきか……とルルーシュは首をかしげる。
 いっそ、母が皇帝の座に着けば全ては解決するのかもしれない。
「ルル……それは怖いからやめて」
 そうなったら、喜ぶのはシャルルだけではないか。いや、シャルルですら嫌がるかもしれない、とスザクは真顔で告げる。
「きっと、ビスマルクは喜ぶぞ」
「ヴァルトシュタイン卿? 確かにあの方なら……そうかも」
 こう言って、スザクは低い笑いを漏らす。だが、それも一瞬だった。
「スザク?」
 どうかしたのか? とルルーシュは問いかける。
「ルル。いいこだからしっかりと捕まっていて」
 さっきから、尾行している車がある……とスザクが低い声で告げた。しかも、変装をしているようだけど、ドライバーに見覚えがある。彼はそう続けた。
「……誰だ?」
「ダールトン将軍の養子の一人」
 あっちまで手を回していたのか、とスザクはため息をつく。
「逃げ切れるか?」
 本気で不安になってきた。ルルーシュは思わずこうぼやく。
「頑張るよ!」
 だから、舌を噛まないようにしてね。そう告げる彼にルルーシュは頷いてみせる。
 次の瞬間、ルルーシュの体はシートに押しつけられた。

 彼等が無事に逃げ切れたのかどうか、それはまた別の話だろう。





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