「……悪趣味……」
 鏡に映った己の姿を見て、ルルーシュは思いきり顔をしかめた。
「でも、似合っていると思うよ?」
 スザクが微笑みと共に言葉をくれる。
「しかし、僕まで……」
 今までの騎士服でも良かったのに、と彼は自分の服を見下ろしながらこう告げた。
「……おそろいのつもりか?」
 色はともかく、メインのモチーフは一緒だ。しかし、スザクのそれは、どう見てもパイロットスーツにマントをつけただけに見えるのは自分の気のせいだろうか。
「クロヴィス殿下だから」
 それでも、まだましな方かもしれない。少なくとも動きにくくないから……とスザクがどこか諦めたような表情で口にする。
 だが、確かにスザクのそれは動きやすいと思う。そのおかげで、最後の最後に自分の計画が成功するのではないかという確信が持てたのだ。
 問題があるとすれば、自分のそれかもしれない。
「……せめて、父上のような皇族服の延長でデザインしてくれればいいのに」
 この余計なひらひらは何なのか。そういいながらルルーシュは上着の裾をつまみ上げる。足元まで覆う形のそれは、いくらスリットが入っているとはいえ足にまといつきそうだ。
「そうだよね」
 それとも、何か理由があるのだろうか。スザクはこう言って首をひねる。
「理由なんてどうでもいい。俺は動きやすい服の方がいいんだ!」
 これでは、緊急の時に裾を踏んで転んでしまいかねない。ルルーシュはそう口にした。だが、次の瞬間、己が口走った言葉の意味に気付いて頬を染める。
「大丈夫だよ、ルル」
 ふわりと微笑みながらスザクがルルーシュの前に膝を着く。
「その時は、僕が抱えて走るから」
 そうすれば絶対に転ばないよ、と言われても、納得していいものか。
「何か、違わないか?」
 思わずこう問いかける。
「だって、今までだってそうだったじゃない」
 それが自分たちなのだから、それでいいだろう。スザクはそう主張をする。
「……そうかもしれないが……」
 不本意だが皇帝となる以上、今までとは変えなければいけないことも多いのではないか。ルルーシュはそう言い返す。
「そうかな?」
 だが、彼はこう言って首をかしげるだけだ。
「僕がやらなくても、きっとジノか誰かがそうするよ?」
 でも、そうされると自分が面白くない。スザクが微笑みに苦いものを付け加えながらこう告げる。
「俺だって、お前以外の人間はごめんだ」
 だが、それとこれとは別問題ではないか。ルルーシュはそう口にしようとした。
「やっぱり、似合っているね、二人とも」
 それなのに、どうしてこの人がいきなり踏み込んでくるのか。にこやかな表情でクロヴィスが言葉を口にした。
「何しに来たんですか!」
 反射的にルルーシュはこう怒鳴りつけてしまう。
「酷いな、ルルーシュ」
 それにクロヴィスはわざとらしいくらい哀しげな表情を作って見せた。
「私は、自分がデザインした服が君達に似合っているかどうかを確認しに来ただけなのに」
 自分が渾身の力を持ってデザインしたのだ。似合っていないはずはない。だが、その後の作業でラインが崩れてしまった可能性だってあるだろう? と彼は続ける。
「それ以前に、俺が気にいると思っていらしたんですか?」
 自分がどのような服を好んでいるのか、知っているだろう? とルルーシュは言外に聞き返した。
「だが、マリアンヌ様のお気に入りなのだよ」
 そのデザインが、とクロヴィスは口にする。
「母上の?」
「そう。だからそれにしたのだよ」
 もっと普通のデザインもあったのだが。そう彼は続けた。
「……母上……俺で遊んでいますね」
 今はここにいないマリアンヌに向かって、ルルーシュは言葉を投げつける。もちろん、彼女のことだ。実際にそのセリフを聞いたとしても『いけない?』の一言ですませてしまうだろう。
「クルルギの方も大丈夫だね」
 動きづらい所はないね? とその間にもクロヴィスは問いかけの言葉を口にしていた。
「はい。ですが……」
「何かな?」
「ポケットがありませんので、ちょっと不便かな、と」
 細々としたものを持って歩きたいのだが、とスザクは苦笑と共に告げる。
「あぁ、それならマントの方に内ポケットがあるはずだよ」
 そう指示をしたからね、と付け加えるクロヴィスの言葉を耳にして、スザクは確認するようにマントを持ち上げた。
「だから、どうして普通のデザインに……」
「……マリアンヌ様にお聞きしてくれ」
 と言うことは、これも彼女のお気に入りと言うことか。
「母上は、本当に何を考えておられるんだ?」
 頼むから、これ以上、息子で遊ぶのはやめてくれ……とルルーシュは心の中で呟く。その位なら父で遊んでくれた方がいいのではないか。
「ルル。そろそろ時間だよ」
 そんなことを考えている彼の耳に、スザクがそっと囁いてくる。
「もう、か?」
 できれば、ずっと来なければいい。そう思っていたが、世界というものは、無情だ。それでも、諦めるしかないのだろう。そう考えて、ルルーシュはため息をつく。
「まぁ、いい」
 とりあえず、これからの自分たちの行動でどのような騒ぎが起きるのか。それを楽しみにしておこう。
「行くぞ、スザク」
 言葉とともに、ルルーシュは己の騎士を見上げる。
「わかっているよ、ルル。クロヴィス殿下も、お席の方へ」
 そんな彼に向かってスザクは頷いて見せた。そして、視線をさりげなく移動させる。
「あぁ。楽しみにしていているよ」
 にこやかにクロヴィスは言葉を返してきた。そのまま、彼は一足先に部屋を出て行く。
「スザク」
「大丈夫だよ、ルル。ちゃんと成功するから」
 少しだけ不安を交えて囁けば、彼は笑顔と共にこう言ってくれる。
「だから、胸を張って」
 ね、という彼に、条件反射で頷いてしまったルルーシュだった。

 式は滞りなく進んでいった。
 臨席している多くの皇族や貴族達がこの式をどう思っているのかわからない。だが、シャルルやシュナイゼル、それにコーネリア達上位の者達が認めている以上、何も言えない、と言うところだろう。
 あるいは、自分の知らないところでマリアンヌが何かをしたのかもしれない。
 それに関してはとりあえず、脇に置いておこう。
「汝を、ブリタニア第99代皇帝と認める」
 民のためによりよい治世を、と口にしながら、シャルルがルルーシュの頭に王冠を乗せる。それは、ブリタニアという国がヨーロッパの小さな島の名前でしかなかった頃から伝えられているものだ。
 だから、なのか。見かけよりも重く感じる。
 もっとも、これを欲したことはなかったのに……と心の中で呟きながら、ルルーシュは静かに口を開いた。
「まだまだ未熟者ですが、全力で勤めさせていただきます」
 だから、自分に力を貸して欲しい。そう続けた瞬間、貴族達の席から、ざわめきが聞こえる。おそらくは今からでも自分に取り入れるのではないか、と判断したのだろう。
「これで、お前が皇帝だ」
 満足そうにシャルルが頷く。
「その前に」
 ゆっくりと立ち上がりながら、ルルーシュは視線を父から参列者へと移す。
「私はまだ若輩者。そして、本国と一部のエリアに着いてしか知らない。それでは民のために良い政策など考えつかない」
 だから、と小さく唇の端を持ち上げた。
「全てのエリアをこの目で確認してみようと思う。その間のことは、父上と宰相であるシュナイゼル兄上にお任せする」
 今までと何も変わらないから、誰も何も心配しないだろう。そう告げながら、さりげなく場所を移動していた。
「ル……ルルーシュゥ!」
 ようやく彼の言葉を理解したのか。シャルルが目を見開いている。
「皇帝は俺です」
 前皇帝であろうと、命令には従っていただきます……とルルーシュは満面の笑みと共に言い切った。
「ご心配なく。スザクとランスロットは連れて行きますから」
 言葉とともに壇上から飛び降りる。その体を当然のようにスザクが抱き留めた。
「では、後のことはお願いしますね」
 ルルーシュの言葉を合図に、スザクが全力で駆け出す。当然、カレンも一緒だ。おそらく、彼女が何かあったとき、他の者達を蹴散らす役目なのだろう。
「ルルーシュ様!」
「……お供します!」
 さらに、ジノとアーニャまでもが合流してきた。
「大丈夫です。既にトリスタンはアヴァロンに積んでありますから」
「モルドレットも」
 二人は口々にこう報告してくる。
「ごめん、ルル。でも、彼等の協力があった方が確実でしょう?」
 スザクもまたこう言ってきた。
「……いい」
 スザクがそう判断をしたのなら、そうなのだろう。ルルーシュは言外にそう告げる。
「ルルーシュゥ! 許さんぞぉ!」
 シャルルの声が追いかけてきた。
「諦めなさい、シャルル。皇帝はルルーシュよ」
 彼がそう命令した以上、聞き入れるのが当然のことではないか。マリアンヌがこう言って彼を慰めている。しかし、その声が楽しげに聞こえるのは錯覚だろうか。
 しかし、その後に聞こえてきた号泣の方が気にかかる。
 だが、それを確かめてはいけない、と心の中で誰かが囁いていた。
 そして、それを確かめるよりも早く彼等は会場を後にしたのだった。

「待っていたぞ、ルルーシュ」
 アヴァロンには既にロイド達が乗り込んでいた。それだけはなく、何故かC.C.までもが当然のように乗り込んでいる。
「何故、お前が!」
「決まっているだろう? 私はお前の側にいるべき存在だから、だ」
 これからも、ずっとな……と彼女は笑う。
「心配するな。それとの仲は邪魔せん。それに、シャルルも私には逆らえないぞ」
 だから、当面は追いかけてこないはずだ。そう彼女は続ける。
「それよりも、早々に出発しないと、シャルルも乗り込んで来るぞ」
 くすくすと笑いながら付け加えられた言葉に、ルルーシュは小さなため息をつく。あの父なら間違いなくやる。そして、彼よりもC.C.の方がまだましだ。
「……ロイド」
 出発をしろ、とルルーシュは指示を出す。
「わっかりましたぁ」
 楽しげにロイドは言葉を返してくる。そして、そのままアヴァロンを発進させた。

「ところで、これも新婚旅行なのか?」
 それとも、既に新婚ではないから違うのか? と真顔でC.C.が問いかけてくる。それに何と言い返していいのか、ルルーシュにはわからない。
「新婚旅行なら、二人だけで行くよ」
 そんな彼を抱きしめながら、スザクが満面の笑みと共にこう言い返している。
「そうか」
 愚問だったな、と彼女は苦笑を浮かべた。
「まぁ、楽しめ」
 そういうと、彼女は立ち上がる。
「C.C.?」
「二人だけにしておいてやる。ありがたく思え」
 この言葉とともに部屋を出て行く。
「……何なんだ、あいつは」
 意味がわからない、とルルーシュは呟いた。
「さぁ」
 でも、二人だけにしてくれるなら、それでいいでしょう? とスザクは笑う。
「そうだな」
 言葉とともにルルーシュは甘えるようにスザクの肩に頭を預けた。そうすれば、彼はそっと抱きしめてくれる。そして、そのままそっと顔を傾けてきた。もちろん、ルルーシュにもその意図は理解できる。だから、そっと目を閉じた。





BACK





09.04.20up