「今年の誕生日のプレゼントには、何が欲しいかな?」 あれこれ考えて、後で文句を言われるよりも直接聞いた方がいい。そう判断をして、クロヴィスはルルーシュに問いかける。 「本当に、何でもいいんですか?」 それについて文句を言ってこないのは、きっと、この時期の忙しさを彼も身にしみているからだろう。 「私に手を出せる範囲内ならね」 流石に『皇位が欲しい』と言われても、自分にはどうすることも出来ない。 だが、それ以外のことでは――他のきょうだい達の協力を得られれば――何とか出来ることの方が多いと言えるだろう。 それがわかっているのか。ルルーシュは少し考え込むような表情を作る。 「……騎士章が欲しいです」 やがて、彼はこんなセリフを口にした。 「騎士章?」 まさしく、予想外……と言っていいものだった。そのせいか、クロヴィスはルルーシュが『何故』それを欲しいのか、すぐには理解できない。 「そうです。できれば二つ……無理なら、スザクの分だけでも!」 だが、この言葉で、ようやくある事実を思い出した。 「……あまりに当然のことだったから忘れていたが……まだ、彼等は君の正式な騎士ではなかったのだね」 シャルルをはじめとする者達が認めていたから、てっきり、もう、正式な騎士だったとばかり……と彼は続ける。 だが、考えてみれば七歳で家出してからずっと、彼はこのエリア11にいた。十三歳の時には、諦めたのか。皇帝の勅命で彼がこのエリアの副総督に就任したことも事実。 その時にも当然、スザクはルルーシュの《騎士》として彼の側に控えていた。もちろん、カレンもだ。 他の者達も、当然、彼等はルルーシュの《騎士》だと認識していたはず。 しかし、未だに叙任式を行っていない以上、正式な騎士とは言えないのだ。 「……そのせいで、変な横やりが入っています!」 「どこの誰が、二人を欲しいと言ってきたのかな?」 「……父上のお后ですが……名前までは……」 子供の数は意外と少ないものの、シャルルの后妃の数は三桁に上る。いくらルルーシュでも、その全員の顔と名前までは記憶していないらしい。もっとも、それは夫であるシャルルも同様なのだから、誰も責められないだろう。 「わかった」 叙任式だけであれば、自分の権限でも行える。 しかし、とクロヴィスは心の中で付け加えた。そうした場合、文句を言われるのも目に見えていた。 「シュナイゼル兄上とマリアンヌ様に相談をして、準備をしてあげよう」 ルルーシュの誕生日には、叙任式を行えるように。そういって彼は微笑む。 「本当ですか!」 その瞬間、ルルーシュが嬉しそうに目を輝かせる。それを見られただけでも、骨を折るかいがあるというものだ。何よりも、彼の誕生日なのだし、とクロヴィスは自分に言い聞かせる。 「もちろんだよ」 だから、この兄に任せておきなさい。そういえば、ルルーシュは珍しくも素直に首を縦に振って見せた。 ルルーシュには野望があった。 それが、いつから自分の中に根付いていたのか。本人にもそれはわからない。 だが、逆に言えばそれだからこそ根深いものがあるのではないか。 「……スザクが、正式な俺の騎士になったら、絶対に告げるんだ」 今までだって、さりげなく告げていた。しかし、彼は子供のたわごととしてしか受け止めてくれなかったようだ。いつも笑ってはぐらかされてしまう。 でも、スザクを正式に騎士に出来る年齢であれば《子供》ではなくなったと認めてもらえるのではないか。だから、きっと、あの言葉も本気だと思ってもらえるに決まっている。 そうでなくても、とルルーシュは唇をかみしめる。スザクをずっと自分に縛り付けておくことは出来るだろう。 「こんなこと、考えたくないのに」 でも、スザクを誰かにとられるよりはましだ。 「スザクは、俺のだ!」 初めて会ったときにそう決めたんだ……とルルーシュはそう続ける。 ミレイの言葉ではないが、きっと、それが運命だったのだろう。 だから、とルルーシュは続けた。 「絶対に、スザクの恋人になってやるんだ!」 男同士だとか何かっていうのは関係ない。自分がスザクが好きだから、それでいいんだ。 その考えが間違っているなら、それでもいい。 「俺がスザクを好きだから……」 この気持ちは間違っていないから。そうかんがえると、ルルーシュはそっと目を閉じた。 クロヴィスから話を聞いた瞬間、シュナイゼルは苦笑を浮かべるしかできない。 「とうとう、と言うべきなのかな?」 それとも、ようやく……なのか。どちらにしても、あの異母弟はようやく自分の気持ちを自覚したと言うことなのだろう。 『シュナイゼル兄上』 「必ずこの日が来るとは思っていたけどね」 君もルルーシュの気持ちには気付いていたのだろう? 視線だけですぐ下の異母弟に同意を求める。 『それは否定しませんが……できれば、もっと後であればよかった、と思いますよ』 彼はため息とともにこう言い返してきた。 「それは、私も同じだがね……しかし、自分たちのことを考えれば、文句も言えないだろう?」 小さな笑いと共に付け加えればクロヴィスも苦笑を返してきた。 「とりあえず、叙任式のことに関しては、任せておきなさい。マリアンヌさまとも相談をして立派な式に出来るよう、準備を整えておくからね」 そういうことに関しては、ユーフェミアもあてになる。ただし、彼女が暴走しないように、しっかりと手綱を握っていなければいけないが。その位は、他の貴族達を相手にするよりも簡単だと言っていい。 『わかりました。そちらはお任せします』 こちらはこちらで祝賀会の準備を整えておく。クロヴィスはそういって微笑んだ。本国で叙任式を挙げたとしても、こちらでも祝いの席を設けないわけにはいかないだろうから、とも。 『もっとも、ルルーシュの誕生日はそちらで祝った方が無難でしょうが』 ルルーシュが唯一の相手を決めたと知ればぶち切れる人間がそちらにはいるから。その言葉に、シュナイゼルは頷いてみせる。 「まったく……いい加減、子離れをしていただきたいものだ」 もっとも、彼が未だに手放したくない《子供》と考えているのは、ヴィ家の二人であることは否定できない。自分たちにしても、まだ、己の掌の中にいて欲しいと思っているのだから。 「だが、考えようによってはクルルギが相手でよかったのかもしれないね」 『それは?』 「彼ならば、そういう関係になったとしても、今までと変わらないだろう?」 ルルーシュが自分たちに向ける感情も、彼の周囲の環境も……と彼は笑う。 「コゥを見ていればわかるだろう?」 もっとも、あそこは子供が生まれたから、そちらを優先するのはしかたがないことだけど。そう続ける。 『いわれてみればそうですね』 ルルーシュとスザクの関係は少し変わるかもしれない。だが、それだからと言って、自分たちに向けられるそれまでは変わらないだろう。 「と言うことで、皇帝陛下を納得させるか」 クロヴィスが納得したのであれば、彼にも通用するはずだ。何よりもこちらには《マリアンヌ》と言う最強の味方がいるのだから。 そう告げる彼に向かって、クロヴィスが複雑な視線を投げつけてくる。その程度でめげていてはブリタニアの宰相なんかやっていられない。だから、シュナイゼルは自信にあふれた笑みを返した。 そうやって、周囲がばたばたとしているにもかかわらず、当人には伝えられていない。もちろん、それはルルーシュが口止めをしていたからだ。 「……ルルの誕生日のプレゼント、何がいいかな」 何よりも、目の前には――あくまでもスザクにとって――一年で一番大切な日が迫っている。そちらの方を優先しなければいけないのだ、自分は。 「そんなの簡単でしょ」 悩む必要もないじゃない……と言い返してきたのは、既に自分の同僚となって久しいカレンだ。 「……カレン?」 「あんたの頭にリボンを付けて、ルルーシュ様の部屋に置いておけば、それで十分じゃない」 それが何を意味しているのか。スザクにもわかっている。 「ダメだよ」 しかし、それをまだ受け入れるわけにはいかないのだ。 「僕は彼と出会った日から、とっくに彼のものなんだよ?」 自分のものを贈られて喜ぶ人がどれだけいるだろうか。 まぁ、ルルーシュなら無条件で喜んでくれるかもしれないが。そう心の中で付け加える。 しかし、とスザクは心の中で呟く。 ルルーシュは自分の感情を勘違いしているだけだ。きっと、恋を綺麗なものと思っているから、自分の思慕を恋愛感情だと思っているだけに決まっている。 自分が彼に対して抱いている感情は、もっとどろどろとした醜いものなのに。 そして、自分はそれを彼に見せたくないのだ。 何よりも、とスザクはため息をつく。そういう状況になった場合、より負担がかかる立場になるのはルルーシュだ。下手をしたら、彼を傷つけてしまうかもしれない。 だから、このままでいいのだ……と言うのは言い訳なのだろうか。 「……実践するわけにはいかないしね、流石に」 ルルーシュのため、とはいえ、他人とそういうことをするのははばかられる。何よりも、その間、彼と離れていなければいけないというのは一番の問題だ。このエリア11は安全だと言えるかもしれない。でも、何があるかわからない以上、すぐに駆けつけられるようにしておきたいし……とスザクは考える。 「鬱陶しいわね、あんた」 心の中だけのつもりが、気が付いたときにはしっかりと呟いていたらしい。あきれたようにカレンがこう言ってくる。 「好きなら好き、でいいじゃない!」 それ以外に何があるの? と彼女はさらに付け加えてきた。 「……あるでしょう、色々と」 その中で一番厄介なのは自分たちが同性だと言うことではないか。せめて、性別が異なっていれば、コーネリアとギルフォードのような関係になっても許されたかもしれないが。 「……あんた、本当にバカ?」 しかし、カレンはそんなスザクのためらいを、この一言であっさりと切って捨てる。 「あたしにもあんたの気持ちがわかるのよ? 他のみんなにわからないはずがないでしょ」 特にマリアンヌには、と彼女はさらに言葉を重ねた。 「マリアンヌ様があんたをルルーシュ様の側から遠ざけないのよ? つまり、それは認めているってことじゃないの?」 もちろん、その根底にはルルーシュの気持ちがあるはずだ。 「もう少し、ルルーシュ様を信じてあげていいんじゃないの?」 彼はいつまでも幼い子供ではない。 自分の気持ちにきちんと責任を持てる年齢だ。 その彼が、スザクを『好きだ』というのであれば、それを受け入れるのも大人の役目ではないのか。 「そうかもしれないけどね……」 そんな彼女に向かって、スザクはため息をついてみせる。 「でも、そうしたら僕の方が自制が効かなくなりそうで……」 正直に言葉を口にした瞬間だ。後頭部に思い切り衝撃を感じてしまう。それがカレンの蹴りだとわかったのは、何とか体勢を整えた後だった。 「……酷いな……」 自分でなければ、下手をしたら死んでいたよ……とスザクは言い返す。 「そうでもしなきゃ、あんたは堪えないでしょ!」 この朴念仁! と彼女はさらに怒鳴りつけてくる。 「……そうかも、ね」 それでもいい。ルルーシュを傷つけずにすむなら、とスザクは思う。 でも、とさらに言葉を重ねようとして、強引にそれを振り払った。 「ともかく、それよりも先にルルのプレゼントの目録を作っておかないと。もう届いているよ」 ごまかすように、スザクは言葉を口にする。 「あんたねぇ!」 だが、それがどうしてカレンの怒りを買ってしまったのか、スザクにはわからなかった。 目の前で、スザクが驚いたように目を丸くしている。そんな彼の表情を見るのは何年ぶりだろうか。 「……ルル……」 そんなことを考えていれば、スザクの呼びかけが聞こえる。 「だから、俺の誕生日の前日に、お前の叙任式をする。作法について、頭にしっかりとたたき込んでおけ、と母上からの伝言だ」 きっと、聞き間違いとか何かと考えているに違いない。そう判断をして、ルルーシュはもう一度言葉を口にする。 「僕の?」 「あぁ。カレンについては、また日を改めて……と言うことになるな」 その方がカレンにとってもいいだろう。そういいながら、ルルーシュはスザクの顔を見つめた。 「嬉しくないのか?」 「……じゃなくて、驚いただけ」 今のままでもよかったんだけど……と彼は続ける。それは本心なのだろうか。 「俺が、いやなんだ」 今のままでも、確かに、幸せかもしれない。でも、このぬるま湯のような幸せだけでは、もう満足できない。だから、とルルーシュは口を開く。 「……でも、スザクが『いやだ』というのであれば、今なら取り消せる」 でも、彼がそんなことを言ったら、自分はどうするのだろうか。ふっと、そんな疑問がわき上がってきた。 「そんなこと、言うわけないでしょ?」 僕はルルーシュのものなのだから、とスザクは微笑む。 「ただ、僕は名誉ブリタニア人だから、と思っていただけ」 「それこそ関係ない。俺が、スザクに騎士になって欲しいだけだ」 他の誰にも文句はいさせない。そういってルルーシュは笑い返す。 「父上も、ようやく、それを認めてくださったんだ。一人前、と言うことだよな」 だから、スザクも早くそう思って欲しい。自分だって、いつまでも子供ではないのだ、と認めて欲しいと思うのはワガママなのだろうか。 「問題があるとすれば、クロヴィス兄上が妙に張り切っていることだけ、だな」 何やら、衣装をデザインするとか、剣を作らせるとかと言っていた……と気分を変えるように口にする。 「……それは……」 怖いね、とスザクは頬を引きつらせた。 「服はともかく、剣については断った」 「ルル?」 「代わりに、桐原に連絡をしておいた」 おそらく、二・三日中に届くだろう……と言っただけで、彼には何のことかわかったらしい。 「いいの?」 「スザクには、その方が似合うだろう?」 ブリタニア式の剣ではなく、日本の刀が。だから、それでいいのだ。 「ルルがそれでい言っていってくれるなら、僕には文句はないよ」 スザクはこう言って頷いてくれる。 「それに、桐原さんなら、きっとふさわしいものを選んでくれるよ」 きっと業物に決まっている、と彼は付け加えた。その表情がとても嬉しそうだ。 だから、きっと自分は間違っていない。 間違っていても、正解にしてみせる。 そう考えていた。 スザクの叙任式は予想以上に盛大だった。 その中で、純白の衣装を身につけたルルーシュとスザクは一対の人形のようだった、とある意味自画自賛していたのはもちろん、クロヴィスだ。 それ自体はどうでもいい。 「……お兄さまのお衣装もスザクさんのお衣装も、お似合いです!」 しかし、ナナリーにこう言われると嬉しいのはどうしてだろうか。 「ありがとう、ナナリー」 そういってルルーシュは妹に微笑みかける。そんなルルーシュの隣で、スザクも同じような表情を作っている。 「まるで、花婿と花嫁さんのようです!」 しかし、このセリフは何なのか。 「ナナリー?」 何というか……反応に困る。それでも、相手がナナリーだけに怒れない。 それに、とルルーシュは心の中で付け加える。 きっと、これはナナリーなりの応援なんだ。彼女はそういうことに聡いと言うし。それは間違いなく、ミレイの影響だろうな……とそんなことも考えてしまう。 「今度は、本当にドレスを着てくださいませね」 しかし、この言葉は嬉しくない。 「ナナリー。俺はもう一人前だから、ドレスは着ないよ」 それでは示しが付かないだろう? と付け加える。 「……そういえば、お父様もお兄さま方もドレスは着ておられませんものね」 でも、ちょっとみたいです……続ける彼女に悪気はない。いやないのだと思いたい。そう考えてしまうルルーシュだった。 その後も、ジノやアーニャ達の手荒い祝福だのなんだのを受けたり、シャルルの泣き落としのような言葉を受けたりと、忙しい時間を過ごした。 そのせいだろうか。 ようやくスザクと二人きりになれたのは、日付が変わったときだった。 「……あぁ、もう五日なんだね」 その事実に気付いたのだろう。スザクはふっと口元に笑みを浮かべる。 「誕生日おめでとう、ルル」 そのまま、ルルーシュを見つめると、彼はこう言ってきた。 「ありがとう」 これからが正念場だ。そう思いながら言葉を返す。 「それで、プレゼントなんだけどね……ちょっと、遅れてもいいかな?」 今回のことで、用意するのを忘れていたのだ。彼はそう口にする。もちろんそれもルルーシュの計算のうちだったのだが。 「……それはいいけど……なら、欲しいものをリクエストしてもいいのか?」 逆にこう聞き返す。 「もちろんだよ、ルルーシュ」 何が欲しいの? と彼は問いかけてくる。 「スザク」 「……えっ?」 ルルーシュの言葉に、スザクは意味がわからないというように視線を向けてきた。 「だから、スザクが欲しいんだって」 本当にわかっていないのだろうか。そう思いながら、ルルーシュははっきりと告げる。 「僕は、とっくにルルのものでしょう?」 からかわれているのだろうか、自分は。ルルーシュがそう考えたとしても誰もとがめないのではないか。 「だから、俺はスザクが好きなの!」 「僕も、ルルのことが大好きだよ?」 本当にわかっていないのか。 「だから、俺はスザクと恋人同士になりたいんだって!」 そういう意味で好きなんだ、と続けた彼にスザクは一瞬目を丸くする。 「……ルル……」 ゆっくりと彼は口を開く。 「僕は一生、君の側にいるよ」 これは、同意なのか。それとも拒まれているのか。 ルルーシュにはわからない。 それでも、スザクが彼だけのものだと言うことは、否定できない事実だ。 「俺は、あきらめないからな!」 こうなったら、絶対に手に入れてやる。決意を新たにするルルーシュがいたことだけは事実だった。 終 BACK 08.12.05up |