「スザク〜!」 十四歳の誕生日を迎えてから、ルルーシュの身長はかなり伸びてきた。 そのせいだろうか。 マリアンヌにの美貌に磨きがかかってきたように思える。 しかし、だ。その行動にはまだ幼さが残っている。そのギャップはかなりまずいのではないか、とスザクは思っていた。 と言っても、ルルーシュにそれをどう伝えればいいのかと言えばわからない。 自分が気をつけていればいいだけのことではないか。 もっとも、一番心配なのは自分だけど……とスザクは心の中だけで呟いている。 いったい、何度、その細い体を抱きしめる夢を見ただろうか。 同性だとか、自分は彼の騎士だとか、そんなことを抜きにして、自分は彼が好きなのだと気付いたのはいつだっただろうか。 それでも、その感情を抑えていられているのは、彼のこんな幼い仕草を目にしているからかもしれない。そう考えながら、飛び込んできたルルーシュの体を抱きしめる。 「ルル……いつまでも小さい子供じゃないんだから」 抱き留められなかったらどうするの? と腕の中の存在に問いかける。 「スザクがそんなことをするはずないだろう?」 しかし、ルルーシュは信じ切った瞳で見上げてきた。 「本当に」 ため息とともにスザクは言葉をはき出す。 「でも、重くなったね、本当に」 初めてあった頃は、自分もまだまだ子供だった。だから、ルルーシュの体が重く感じられた。それでもぷくぷくとした体の感触が心地よくて、一生懸命抱きかかえていたように思う。 しかし、成長した彼からは、その柔らかさが徐々に失せていた。しかし、その代わりにスザクの腕にしっかりとした質感を与えてくれる。 いったい、いつまでこうして自分の腕の中にいてくれるだろう。 ふっと、そんなことを考えてしまった。 「まったく……いつまでそんな風にルルーシュ様を抱きしめているのよ」 そんな彼の耳に、あきれたようなカレンの声が届く。それに、スザクは慌ててルルーシュの体を腕の中から解放した。 「……それで、何のようなの?」 そんなに急いで駆け込んでくると言うことは、と付け加えながら、目線を会わせるように腰をかがめた。 「スザクに聞きたいことがあったんだ。辞書には載ってなかったから」 日本語なんだけど、とルルーシュはスザクの瞳をのぞき込んでくる。 「日本語?」 なんていう言葉? とスザクは聞き返す。 「……姫はじめ」 「はぁ?」 一瞬、ルルーシュが何を言っているのか、理解できなかった。いや。どうしてその言葉が彼の口から出たのかがわからなかった、と言った方が正しいのか。 「あの、ルルーシュ様?」 それはカレンも同じだったらしい。 「申し訳ありませんが……もう一度、言って頂けます?」 おずおずと口を挟んで来た。 「だから、姫はじめ!」 可愛い言葉だけど、とルルーシュは首をかしげながら付け加える。 「でも、どうして《姫》を始めるんだ?」 姫は生まれたときから姫ではないのか。そんな疑問も彼は口にする。 「……それはそうなんだけどね……」 まぁ、養女とか両親同士の再婚とか、いろいろあるから……と自分でも意味がわからないことをスザクは口走ってしまう。 「でも、そういう意味じゃないんだよ」 今にして思えば、そのあたりでごまかしておけばよかったのだ。しかし、ついついこう言ってしまう。 「……なら、どういう意味なんだ?」 ルルーシュは興味津々と言った様子で問いかけてくる。 いったい、何と答えればいいのか。いくらなんでも、まだ幼い――こう思っているのは自分だけかもしれないが――彼に真実を教えることは出来ない。 「それより前に、一つだけ確認させてくださいませんか? ルルーシュ様」 脳内であれこれいいわけを考えているスザクを不憫に思ったのだろうか。カレンが代わりにこう問いかけてくる。 「何だ?」 それにルルーシュが首をかしげつつも言葉を返す。 「その言葉、誰に教わられました?」 普通、ルルーシュの年齢では知らないはずの言葉だから、と彼女は続けた。 「……知っていてはいけないのか?」 不思議そうにルルーシュは聞き返してくる。 「そういうわけじゃないけどね。でも、普通は成人したあたりで覚えるものだよ」 古典を読んでいても、そういうのは出てこないから……とようやく現実に戻ってきたスザクが口にした。 「だけど、ルルの本棚にそんな言葉が出てくる本はなかったでしょう?」 ちゃんと全部中身を確認してある。昔の自分が聞けば絶対に信用しないセリフだよな、とスザクは内心苦笑を浮かべていた。 「……さっき聞いた」 一瞬のためらいと共に、ルルーシュはこう言ってくる。こう言うところは素直なままだ。 「誰に?」 教えて? とスザクは微笑んでみせる。 内心どう思っていようと、それをルルーシュに悟られてはいけない。だから、慎重に表情を作った。 「……言ったら、どうなるんだ?」 しかし、ルルーシュはそれに気付いているのか、逆にこう聞き返してくる。 「どうもしないよ。僕はね」 さらに笑みを深めると言葉を口にした。そんな彼の視界の隅で、カレンが意味ありげな笑みを浮かべている。しかし、彼女が慎重に場所を確保していたせいで、ルルーシュはそれを目にすることがなかった。 「本当だな?」 それでも、彼のこの反応は傷つく。いったい、自分を何だと考えているのだろうか。 「本当だよ」 しかし、それを確認するのは後でも出来る。卑怯かもしれないが、ナナリーに協力を求めても構わないだろう。 それよりも、だ。 せっかく箱入りで育ててきたルルーシュにとんでもない知識を与えてくれた相手にはそれなりの報復をする方が優先だろう。 「……朝比奈と玉城……」 小さな声で、ルルーシュはこう言ってくる。 「そう」 あの二人なら、ある意味納得だ。そういいながら、さりげなくカレンへと視線を向ける。その意図がわかったのだろう。彼女は小さく頷くと、そのまま部屋を後にした。 「……スザク?」 その気配に、ルルーシュが不安そうな表情を作る。 「大丈夫。僕は、何もしないから」 カレンのことまで走らないけど。そう心の中で付け加えた。 「それよりも、お茶にしよう? さっき、ロイドさんがプリンを持ってきてくれたよ」 「……スザク……」 彼の言葉に、ルルーシュはぷくっと頬をふくらませる。 「俺は、いつまでもプリンでごまかされるような子供じゃないぞ!」 そのまま、こう言うと同時にスザクの足を思い切り踏みつけてきた。もちろん、その程度は肉体的には蚊に刺された程度の衝撃でしかない。しかし、精神的にはかなりの衝撃だった。 「……ルル……」 「少しは察しろ!」 このにぶちん! とそう付け加えながら彼はきびすを返す。そして、そのまま部屋を飛び出していった。 「……何を言いたいの、ルル……」 ちゃんと言ってくれないとわからないよ、とその背中を見送りながらスザクは呟く。しかし、それは彼の耳には届かなかったようだ。 「……すまなかったな」 こう言いながら、ルルーシュは二人の手当てをしていく。 「気にしなくていいですよ、ルルーシュ殿下」 「そうそう。ある意味、覚悟していましたからよ」 もっとも、スザク相手であれば、本気で命の危機を感じたかもしれないが……と玉城は笑う。 「そうだね。カレンさんならまだましか」 強くても、やはり女性だ。せいぜい、打ち身ぐらいだからね……と朝比奈も頷いて見せた。 「それにしても……やはりはぐらかされましたねぇ」 さらに彼はこう続ける。 「……これなら、大丈夫じゃなかったのか?」 「普通なら、ですけど。まぁ、また次の作戦を考えましょう」 ね、と言われて、ルルーシュは頷いて見せた。 「その前に……今日はゆっくり休め」 後で、何か差し入れさせる。そういいながら、ルルーシュは立ち上がった。 「Yes.Your Highness」 そんな彼に向かって、二人がこう言ってくる。それにしっかりと微笑み返した。 終 BACK 09.01.12up |