「スザク」 首をかしげながら、ルルーシュが呼びかけてくる。 「どうしたの?」 何か厄介ごとでも持ち上がったのか。そう思いながら聞き返す。 「日本では『Picture of spring』は特別なのか?」 いったい何を、とスザクは思う。しかし、すぐに彼の手の中に古びた桐箱があることに気が付いた。 しかも、それには墨で黒々と『春画』と書かれている。 ひらがなとカタカナ、そして簡単な漢字は読み書きできるルルーシュだ。そこに書かれている文字も、当然読むことは出来るだろう。 しかし、とスザクは困ったような笑みを浮かべながら心の中で呟く。 幾千もある慣用句などはまだ意味がわからないらしい。 だから、それに収められているのは文字通り『春の絵』だと考えたのではないか。そういうところは、やはりブリタニア人――しかも皇族なのだ、と思う。 だが、それが意味しているものがいわゆる『Obscene picture』だと今のルルーシュに伝えていいものか。もちろん、いずれは性教育その他もきちんとしなければいけないだろう。だからといって、春画というのは違うのではないか。あれは、かなりあれこれ誇張されているし……とスザクは思う。 「ともかく、それは誰に貰ったの?」 また朝比奈と玉城だろうか。だとするなら、この前のおしおきだけではたりなかったのかもしれない。 「んっと……神楽耶」 しかし、ルルーシュの口から出たのは予想もしていない相手の名前だった。 「神楽耶って、皇の?」 こういいながら、スザクは今日のルルーシュのスケジュールを思い出していた。確か、謁見の予定が入っていたはず。その中に、神楽耶の名前も確かにあった。 しかし、どうして神楽耶が……とスザクは思いきり顔をしかめる。 「スザク?」 どうして怒っているのか、とルルーシュは問いかけた。 「そう見える?」 「あぁ……」 スザクの問いかけに、ルルーシュは即答に近い速度で言葉を返してくる。 自分では、うまく隠していたつもりだった。それなのに、彼にはわかってしまうのか。だとするなら、今まで以上に気をつけないと、とスザクは心の中で呟く。 自分がルルーシュの感情に気付くのはいい。それは騎士として当然のことだ。 しかし、逆はまずい。 自分が彼に対して抱いている決して許されないこの感情を彼に悟られるのはまずいような気がする。 いくら、周囲が認めてくれていても、だ。 「そうなんだ」 でも、とスザクは微笑む。 「怒っているのは、ルルにじゃないから」 安心して、と付け加える。 「……じゃ、誰に、だ?」 ルルーシュはこう言いながら首をかしげた。 「とりあえず、朝比奈さんかな」 神楽耶と連絡を取れるとすれば、扇ではなく彼だろう。前回のことを考えれば、彼女にあることないこと吹き込んでくれた可能性は否定できない。そして、それを信じた神楽耶が『よかれ』思って、ルルーシュにこれを渡したのではないか。 確か、昔、武家や貴族の女性は、嫁入りの時にこれらを渡され、お側付きの老女からあれこれ教えられたのだとか。 その慣習が今でも残っているのかどうかはわからない。 しかし、皇の家であれば、十分にあり得そうだ。親戚とは言え、枢木の方が格が低い。そのせいで、あの家のことをほとんど何も知らないと言っていいのだ。 「とりあえず、それは預かっていてもいい?」 一応、中を確認しないと……とスザクは告げる。 「……中の確認?」 「そう。神楽耶だから、危険なものは入っていないとは思うけど……一応ね」 それも自分の役目だから、と付け加えれば、ルルーシュはとりあえず納得したらしい。 「……わかった」 言葉とともに桐箱を差し出してきた。 「大丈夫。ちゃんと返すから」 中を確認したら、と断言をする。 「それとも、僕が信用できない?」 この問いかけは卑怯かもしれない。そう思いながら口にすれば、彼は小さく首を横に振って見せた。 「俺が、スザクを疑うはずがないだろ?」 でも、自分だけのけものにされるのは面白くない。彼は小さな声でそう付け加える。 「それも、そうだから『先に中を見たい』っていったんじゃないのか?」 そういわれて、スザクは苦笑を禁じ得ない。 「否定はしないよ」 正直にそう告げる。 「ルルがクロヴィス殿下と同じ年齢だったなら、黙って見せたかな?」 でも、ユーフェミアには見せられないような気がする……と付け加えた。 「カレンだと……殴られるかも」 こういった瞬間、ルルーシュの目が丸くなる。 「カレンに?」 「そう。絶対に怒る」 もっとも、彼女の怒りもルルーシュには向かないだろうが。 「……そんな、怖いものだったのか、それ」 だが、そのセリフは別の意味で受け止められたらしい。ルルーシュはさらに目を大きくしながら、こう告げる。 「そうだよ」 今はその誤解を利用させて貰おう。そう思ってスザクは頷いて見せた。 「だから、預かっていてもいいよね?」 「……うん」 本当、卑怯だよな、自分は……と重いながらも、ルルーシュから言質を取れたことにほっとする。 「じゃ、お茶にする? この後は、予定は何もないはずだよね?」 「……ない……」 それでも、気になるのか。ルルーシュの視線はスザクに渡された桐箱に据えられていた。 「それが終わったら……そうだね。藤堂さんの所にでも行こうか」 久々に、将棋でもしてくるといいよ。その言葉に、ルルーシュはとりあえず頷いてくれた。 藤堂の所に向かったのは、ルルーシュの気分転換もある。 だが、それ以上に、今回の一件の犯人捜し――と言ったら語弊があるだろうか――の意味もあった。 彼がルルーシュと一緒にいてくれるのなら、自分たちが離れても大丈夫だろう。 そう考えて、カレンを誘って、庭に出た。 「……って、マジ?」 スザクの話を聞いた瞬間、彼女の目がつり上がる。 「やっぱり、あの二人だと思う?」 「それ以外に考えられないでしょ!」 こうなったら、きっちりと締め上げて吐かせてやる! といいながら、彼女は指を鳴らした。 「そうだね。もう二度と、ルルに変なことを吹き込まないようにして貰わないと」 毎回、毎回、ごまかすのが大変なのだ。スザクはそう言ってため息をつく。 「流石に、まだ、そういうことは早いと思うし」 いつまでも、そういっているわけにはいかないことはわかっているけど……と付け加えた。 「マリアンヌ様の許可が出てないし」 ルルーシュの願いを叶えてやれない理由は、実はこれだったりする。しかし、本人にそれを伝えるわけにはいかないだろう。 「……あんたも苦労しているわね……」 それに、カレンは苦笑を浮かべて見せた。 「最初から覚悟をしているからね」 こう言い返す。 「と言うことで、八つ当たりに行こうか」 「賛成」 言葉とともに二人は揃って行動を開始した。 その結末は、あえて書く必要はないだろう。ただ、あれからルルーシュが『春画』について調べないようにするように、スザクが苦労をしていたことは事実だった。 終 BACK 09.02.20up |