2.家具

 ルルーシュがこれから暮らす離れは、それなりに丁寧に造られている。とりあえず、建物自体には文句はない。
 だが、と咲世子は心の中で呟く。
 おいてある調度は使えない。と言うよりも、必要なものがたりなくて、必要でないものがある、と言った方が正しいのか。
「どうかされましたか?」
 側にいた執事がこう問いかけてくる。
「……申し訳ありません。ルルーシュ様がお使いになるであろう家具が微妙にたりませんの」
 数日ぐらいは我慢できるだろうが、と咲世子はさりげなく付け加えた。
「そう、ですか」
 しかし、彼には何がたりないのかわからないらしい。首をひねてている。
「日本では使われないようなものですから、ご存じなくてもしかたがないかと」
 そんな彼のプライドを傷つけないように、咲世子は微笑みながらこう付け加えた。
「そうですか」
 知らなくて当然、と言われたからか。ほっとしたような表情で彼は頷いている。
「それと……できれば、こちらにも応接セットをおかせて頂きたいのですが……」
 公的なときには母屋のリビングを貸して頂きたいが、ルルーシュ個人に会いに来る方も少なくないであろう。そうも付け加える。
「……わかりました」
 しかし、と彼は続けようとした。
「ご心配はいりません。私の方で手配をさせて頂きます。こちらに来る前に、許可をいただいてあります」
 もっとも、ブリタニア資本の業者になるが……と咲世子は申し訳なさそうに付け加える。
「ただ、そこでしたらこちらの必要なものが全て揃っておりますので……」
 それに、事前に話が付いている。支払いに関してはブリタニア側が行う、とも付け加えた。
「それなら、枢木の皆様にはご迷惑をかけずにすむかと」
 この言葉に執事は悩むような表情を作る。
「とりあえず、それに関しては旦那様に相談をさせて頂けますか?」
 ルルーシュにとって必要なものを購入するのは構わない。だが、費用に関しては枢木の体面もある。そう考えれば、自分の一存では決められない。彼はそう告げた。
「わかりました。もっともなことでございます」
 咲世子はとりあえず頷いてみせる。
「ですが、ルルーシュ様にご不便をおかけするわけには参りません。出来るだけ早く、ご返答をいただけるよう、ご助力をお願いいたします」
 言葉とともに、咲世子は頭を下げた。
「わかりました」
 その態度が功を奏したのか。執事はこう言って頷いてくれる。
 とりあえず、今は、言質を取っただけでもいいことにしておこう。
「よろしくお願いいたします」
 咲世子はそう心の中で呟くと、微笑んで見えた。

 時間は少し前に戻る。
「クロヴィス」
 芸術家肌の第三皇子は、兄から声をかけられて、足を止めた。
「何でしょうか、シュナイゼル兄上」
 きょうだいたちの間で一二の切れ者、と名高い彼に微笑みながら、問いかける。
「君に協力をして貰いたいことがあってね。後で、オデュッセウス兄上の執務室に顔を出してくれるかな?」
 これから、陛下に謁見だろう? と付け加える彼に、思わず首をひねりたくなってしまった。
「それは構いませんが……」
 何の用事なのか、と言外に問いかける。
「来ればわかるよ」
 だから、絶対に来るように。その言葉とともにシュナイゼルはその場を離れていく。
「相変わらずお忙しいのか?」
 足早に去っていく彼の背中を見送りながらクロヴィスは呟いた。
「……ルルーシュのこともあるから、なのだろうか」
 だとするなら、あの子は大丈夫なのだか。それとも、と考える。
「ともかく……陛下にご真意をお聞きしないと」
 その上で、自分が彼のために何が出来るか、それを考えるべきではないか。
「もっとも、私があの子のためにしてやれることなんて、そう多くはないだろうけどね」
 だからといって何もしてやらないのは……と付け加える。だが、それも彼のためではなく自分のためなのではないだろうか。そんな疑問もわき上がってきた。
「私の自己満足だとしても、それでルルーシュが少しでも微笑んでくれるなら、それで構わないかな」
 あの日から、自分はルルーシュの笑顔を見ていない。ひょっとしたら、これからも見られないのではないか、と不安になってしまう。
 だから、せめて彼に微笑んでもらえるように努力をしよう。そうかんがえると、その第一歩としてシャルルの元へと足を向けた。

 芳しい結果を得られないまま、クロヴィスはオデュッセウスの執務室へと向かう。肩を落としながら歩いているその姿を他の誰かに見られなかったのは幸いなのだろうか。それにしても、シャルルはいったい、ルルーシュをどうするつもりなのだろう。
 そんなことを考えているうちに、しっかりと目的地にたどり着いてしまった。
「兄上方にはあれこれ言われるんだろうな」
 こんな表情では、と小さなため息をつく。しかし、既に連絡が行っている以上、逃げ帰るわけにもいかない。だから、と意を決して開けられた扉をくぐる。
「……ギネヴィア姉上?」
 しかし、ここに彼女までいるとは思わなかった。
「わたくしがここにいるとおかしい?」
 それが表情にでてしまったのか。思い切りにらまれてしまった。
「そういうわけでは……ただ、オデュッセウス兄上とシュナイゼル兄上だけか、と」
 そう思っていたから、とそう付け加える声から、だんだん力が抜けていく。
「まぁ、いいわ」
 それに関しては、と彼女はあっさりと引き下がった。
「それよりも、クロヴィス。あなたに家具をデザインして貰いたいの」
 唐突とも言えるその話の飛躍は、彼女らしいといえる。
「家具、ですか?」
 確かにそれは自分の得意分野だが、と思いつつもクロヴィスは聞き返した。彼女が使うものなのだろうか。それならば、別にオデュッセウスの執務室で話をしなくてもいいだろうに。
「あの子が日本へ行くのはどうしても、止められそうにないから。なら、あちらで少しでも心地よく過ごせるようにしてやりたいのよ」
 日本の首相の家に行くことになっている。あちらにしても自分たちの意地にかけてそれなりの家具は用意をするだろう。しかし、それがルルーシュにふさわしいとは思えない。
「咲世子がついていくからね。彼女には、足りないものがあったなら、伯父上の持っているデパートの日本支店に連絡をするように伝えておく」
 それに乗じて、全部入れ替えさせてしまえばいいだろう? とオデュッセウスはあの穏やかな微笑みを浮かべた。
「私としても、あの子が不幸になるのは許せない。あちらがあの子の事を『捨てられた皇子』などと考えるのは言語道断だから、ね」
 自分たち兄妹がどれだけルルーシュのことを愛しているかその目で確認させてやろう。そう考えたのだ、とオデュッセウスは付け加える。
「私も、信頼できる者を彼の地に派遣するつもりだしね。アッシュフォードも向こうに学校を建てるつもりだとか」
 ついでに、あちらの大使館にも自分たちの息がかかっていて、なおかつ、ルルーシュを大切にしてくれそうな人間を送り込む予定だ。シュナイゼルもこう告げる。
「だから、君は君の得意分野で、あの子のために頑張って欲しいのだよ」
 ここまで言われれば、クロヴィスにも状況が飲み込めた。
「兄上方は、ルルーシュを邪魔だと思っていらっしゃったわけではないのですか?」
 自分の弟たちや后妃達がそのようなことを言っていたのを聞いて苦々しく思っていたのだが、とクロヴィスは問いかける。
「あの子は可愛いよ。だからこそ、距離を置いていたのだが……こうなるとわかっていたら、もっとおおっぴらに可愛がっておくべきだったね」
「わたくしたちがついていると知れば、馬鹿なことを考える人間も減っていたでしょうに」
 残念だわ、とギネヴィアはため息をつく。
「製作の方は、わたくしが懇意にしている工房が引き受けてくれると言っていたわ。でも、出来るだけ早くお願いね」
 ルルーシュがあちらに行く前に送り出してしまいたいから。
「わかりました」
 そういうことであれば、任せておいて欲しい。いや。是非とも自分にさせて欲しい、とクロヴィスは口にする。
「あの子の好みは知っていますから」
 シンプルなもの、というのは自分がデザインをするには不得手なものだ。だがルルーシュのためなら、頑張ってみよう。クロヴィスはそう考えていた。

 流石に、ルルーシュに不自由をかけてはいけない。
 そう判断されたからか。咲世子の希望は早々に叶えられた。
「お電話はこちらをお使いください」
 しかし、自由に電話をかけられないのは、迂闊なことを口にしないようにと言うことからだろう。それだけ自分たちは信用されていないと言うことか。だが、それもしかたがないのだろう。心の中でそう呟きながらも指示されていた番号へと電話をかける。
 コール三回で相手がでた。
「申し訳ありません。篠崎咲世子と申しますが……」
 相手がでたと同時に名を名乗る。
『承っております。今、担当のものへと変わらせて頂きます』
 即座に相手がこう言い返してきた。だけではなく、直ぐに相手に転送されたらしい。
『あらあら。思ったよりも早かったわ』
 だが、その相手の声を耳にして咲世子は目を丸くした。
「マルディーニさま……」
『たまたま、よ。でもタイミングがよかったわ』
 もう少し遅ければ、今、この場にいるのはロイドになっていたかもしれない。そう聞いて、内心頬を引きつらせる。彼にこの場に来られては、いったいどのような騒ぎが起こるか。想像もしたくはない、と言うのが本音だ。
「それで……家具のことなのですが。たいがいの物は用意して頂いているのですが、微妙に不足しておりまして……できれば、早めにお届け頂きたいのです」
 数日は大丈夫だろうが、と咲世子は感情を出さずにそう告げる。
『あら。明日にでもそちらに運べるわよ?』
 もっとも、それでは枢木家の方の受け入れ態勢が整わないかもしれないだろう。カノンはそういって低い笑いを漏らす。
『どうせ、近くに責任者がいるのでしょう? 代わってくれる?』
 その方が早いわ、と彼が続けた。
「わかりました。しばらくお待ちくださいませ」
 こう言葉を返すと、咲世子は直ぐ側にいる相手へと視線を向ける。
「搬入についての打ち合わせをしたいと申しております。よろしければ代わって頂けますか?」
 そして、こう問いかけた。
「だが……何も注文してはいないのでは……」
「事前に、ルルーシュ様のご兄姉が手配をしてくださっておいでだったようです」
 だから、ものだけを持ってきて、不足分を配置する方が早い。そう判断したらしい。咲世子は彼に向かってこう告げた。
「わかりました」
 あまり長時間をかけても意味はない。そう判断したのか、彼は手を差し出してくる。
 きっとカノンに言いくるめられるのだろうな。そう思いながら、咲世子は彼の手に子機を渡した。

「そういうことですので、ルルーシュ様」
 申し訳ないが、数日の間不自由を我慢してはくれないか。咲世子は主人に向かって頭を下げる。
「気にするな」
 咲世子が最初から準備をしたわけではない。なら、このくらいのことは最初から予想できていた事態だ。彼は静かな口調でそう告げる。
「申し訳ございません。ただ、明後日には全てに家具が届く手はずになっております」
 ひょっとしたら、カノンも顔を出すかもしれない。そう続ければ、ルルーシュは驚いたように目を丸くした。
「カノンが、何故?」
 彼はシュナイゼルの副官ではないか。それなのに、どうしてこの国にいるのだろう。そう彼は続ける。
「何でも、今度、株主になられた、とかで、視察だそうですわ」
 シュナイゼルの許可は得ていると聞いた。そう咲世子は告げる。
「……そうか……」
 そこから何かを感じ取ったのだろう。ルルーシュは少しだけ悔しそうな表情を作った。
「ルルーシュ様。皆様、ルルーシュ様がこちらで大切にされておられるかどうかが気にかかっておいでなのですよ」
 だから、そんな彼等の気持ちに甘えてはどうか。そうされることが、彼等は嬉しいのだから、と咲世子は口にした。
「それでも……他のきょうだいたちであれば、きっと心配はされないんだろうな、と思えば……少し悔しい」
「それは違う、と思います」
 主の勘違いを正すのも自分の役目だろう。そう考えて、咲世子は口を開く。
「咲世子さん?」
「他のご兄弟が頼りもルルーシュさまの方が、大切でいらっしゃるのですよ」
 カノンやロイドも同じ気持ちではないか。そう彼女は続けた。
「……僕が?」
「えぇ。私の言葉では信用できないと思われるのでしたら、マルディーニさまにおたずねくださいませ」
 彼の言葉であれば信用できるだろう。
「……いや、いい。咲世子さんがそこまで言うなら、間違っていないはずだ」
 だから信じる。そういって、ルルーシュは微笑む。その微笑みを守りたい、と咲世子は心の中で呟いていた。

 しかし、この状況までは予想していなかった。
「……これは……」
「まさか、リフォームをなさるおつもりなのでしょうか」
 そういいたくなるほど、徹底的に室内の様子は変えられていた。その家具のどれも、ブリタニアでも最高の技術を施されたオーダーメイドだと判断できる。
「……クロヴィス兄上のデザインか?」
 ルルーシュのその判断は間違っていないだろう。
「本当に、何を考えていらっしゃるのか」
 そう呟くルルーシュの表情がどこか嬉しげだったことは、自分の錯覚ではないはず。咲世子は、そう思う。
「ルルーシュ様が幸せになられることだと思いますよ」
 これで、枢木の家の者達も、ルルーシュを邪険には出来ないはず。後は、自分がさりげなくパイプを作っていけばいい。
「あれはどうやら、お嬢様用に、と用意された物のようですわ」
 お見せしてはいかがでしょうか、と咲世子は微笑みながら告げる。
「そう、だな」
 それにルルーシュは首をかしげた。だが、その必要はないようだ。
「なんだよ、これ」
「……凄いな」
 こう言いながら、枢木の双子か姿を現したのだ。
「ルルーシュ様のお兄さま方からのプレゼントだそうです。お嬢様にお使い頂きたいものもあるそうですわ」
 ルルーシュと一緒に確認してくればいい。そういえば、スザ子は目を丸くしている。
「……ずるい!」
 そして、スザクはスザクでこう叫ぶ。
「当たり前だろう? ルルーシュは僕の婚約者だ!」
「うるさい! 俺の嫁でもいいだろうが」
 どうやら、少なくとも二人はルルーシュを嫌っていないらしい。なら、このままよりよい関係を築いていって欲しい、と咲世子は心から祈った。



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