その花の名前

 ルルーシュがブリタニアから持ってきたものの中にバラの鉢植えが三つあった。理由はわからないが、ルルーシュはそれのせわをメイドにはさせずに自分でしている。
「顔が女みたいだから、趣味もそうなのか」
 スザクがこういう。しかし。その声音に嘲るような響きがないのは、彼の体にまだしっかりと残っている傷痕を知っているからだろう。
 あるいはあんなに優しげで頼りなく見える彼の本質が、実は誰よりも頑固で芯が通っているとわかっているからかもしれない。
 それに、とスザ子は心の中で呟く。バラを見つめているときの彼の眼差しがとても優しいものだからかもしれない。
「でも、おもしろくない」
 あれの世話をしているとき、ルルーシュは自分を見てくれない。その事実がものすごく気に入らないのだ。
「だよ、な」
 自分とは理由は違っているはず。それでも、彼は彼なりに面白くないと感じているのだろうか。
「あれ、隠しちまうか」
 そうすれば、ルルーシュにも自分達があのバラの事をどう思っているのか伝わるかもしれない。スザクはそんなことも口にする。
「僕は……」
 そこまでしなくてもいいと思う。スザ子はそう主張した。
 ただ、どうしてそこまで彼が、あれらのバラを大切にしているのか。それを教えてもらえれば十分だ。
「花に罪はないし……第一、スザクに世話ができるのか」
 あんなに大切にしているものを枯らしたりしたら、いくらルルーシュでも怒るだろう。そのまま宿題を手伝ってもらえなくなったら、困るのはスザクの方だ。
「じゃ、このまま放っておくつもりなのか、お前は」
 彼は即座にこう聞き返してくる。
「そういうわけじゃないけど……」
 でも、花に罪はない。そして、ルルーシュの悲しそうな顔も見たくない。だから、と言葉を重ねようとした。
「なら、勝手にすればいいだろう」
 自分も無条件で賛成すると思っていたらしい、とその表情からもわかってしまった。
「でも、俺の邪魔はするなよ」
「ルルーシュを悲しませない、という条件で、ならな」
 ルルーシュは自分が守る。自分がそう決めたのだから。そう言い返す。
「お前、な」
 どこか呆れたような色が表情ににじむ。
「いいだろう」
 悔しかったら、そういう対象を見つけやがれ、とスザ子は勝ち誇ったような表情でスザクを見つめた。

 だからといって、あのもやもやがなくなったわけではない。
「こうなったら、あたって砕けろ、だ」
 本人に聞いてもわからなければ、その時は咲世子に聞けばいい。玉砕した後なら、同情してヒントぐらいはもらえるはずだ。そんなことを考えながらバラの鉢植えがおかれている一角へと足を向けた。案の定というべきなのか。そこにはルルーシュの姿がある。
「そのバラは何て言う名前なんだ?」
 辞典で調べたけどわからなかった。そう付け加えれば、ルルーシュは少しだけ感心したような表情を見せる。
「その心意気は買うが……このバラは辞典に載っていないと思う」
 ブリタニアの皇宮に勤める専門家が交配して作り出したものだ。だから、皇宮の庭以外ではここにしかない。そう彼は告げる。
「奥のがマリアンヌ。手前の少し大きいのがルルーシュで、一番小さいのがナナリー、と名前がつけられている」
 それは、とスザ子は目を丸くした。
「ルルーシュの」
「あぁ。僕の家族にそれぞれ捧げられたバラだ」
 そう言って彼は少しだけ悲しげな笑みを口許に刻む。
「皇族はその名前をつけたバラを捧げられる。でも、望むようなバラを作り出すためには長い年月が必要だ」
 だから、いくつか名前をつけられずにストックされているバラも存在している。しかし、皇帝はそれでは満足しなかった。
「だから、ナナリーはこのバラが咲いているところを見たことがないんだ」
 代わりに自分がそれを見たい。そう言ったら、これを持たせてくれたのだ、とルルーシュは教えてくれる。
「そうなんだ」
 この事実を教えれば、スザクも思い直してくれるだろう。そう心の中で呟く。
「でも、いいよな」
 取り合えず、ルルーシュにあれこれ詮索しなくなるだろう。後はこっそりと咲世子に注意を促しておけばいい。そうすれば、彼女が的確な行動をとってくれるだろう。そう考えたときだ。
「何がいいんだ?」
 自分の呟きが耳に届いたのか。ルルーシュがこう問いかけてくる。
 さすがに本当の事は伝えられないだろう。
「神楽耶にもスザクにも、自分の名前が付いたバラがあるって聞いたことがあるから」
 でも、自分の分はない。こう言って肩を竦めて見せた。
「欲しいのか」
 そうすれば、ルルーシュはさらに問い掛けの言葉を口にする。
「って言うか……ちょっと仲間ハズレの気分になっただけ」
 こう言って苦笑を浮かべた。
「……そうか」
 彼女の返事をどう受け止めたのか。ルルーシュはこう呟いた。
「それよりも、よかったらでいいけど、花が咲いたら切ってくれないか?」
 ルルーシュのバラを、と微笑む。
「そうしたら、部屋に飾るから」
それで十分だ、と付け加える。
「考えておく」
 ルルーシュはこういい返してくる。うまくごまかされてくれたかな、とその言葉を聞いて考えていた。

「咲いたから」
 こう口にしながら、ルルーシュが藤色のバラと花びらの先が淡いグリーンで縁取られている白いバラを持って来たのは、スザ子がそんな会話を忘れた頃だった。
「ルルーシュ?」
「こっちが《ルルーシュ》だ」
 そういいながら花束──といってもバラは一本だけだったが──をさしだしてくる。
「ありがとう」
 ようやくあの時の会話を思い出してスザ子は微笑む。しかし、そのあとに続いたセリフは予想外のものだった。
「こっちはまだ名前がついてない。だから、君が好きにつけていい」
 それはきっと、あの日、自分が口にした『仲間ハズレ』の一言を彼が重く受け止めていたから、だろう。
「ルルーシュ」
 照れたように彼はそっぽをむく。そんな彼の優しさがとてもうれしかった。


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