何で、俺が魔王の花嫁?

007



「王様方にはご足労いただいたようですな」
 そう言ったのは魔王の右腕とも言われているエアルムだ。緑がかった銀髪と紫の瞳の美丈夫である。彼の腕の太さは一般的な女性のウエストぐらいあるのではないか。
 それでも粗野に感じられないのは、その瞳に理知的な光をたたえているからだろう。
「此度はいったいどのようなご用件でしょうか」
 最年長のロレンソがそう問いかける。
「魔王様がお后をお決めになったのでな。その話よ」
 苦笑とともにエアルムが視線をジョフロアへと向けた。
「すでにその家族には話が通っているはずだが」
 彼の視線だけで何かを察したのか。他の三人も視線を彼へと向けた。
「はい。御使者殿からすでに聞き及んでおります」
 ですが、本当なのか。未だにその疑念が消えていない。
「ならよい。魔王様はお后様の魂が目覚められるのをずっと待っておられた。我らはそのお姿を見てきたからな」
 だから、皆喜んでいる。エアレムはそう言ってうなずいた。
「ただ心配なのは馬鹿な羽虫がお后様を傷つけることだ」
 いろいろな意味で、と付け加えられた言葉にロレンソも難しい表情を作る。
「できれば孫の婚約者に、と考えておったがのぉ。そういうことではあきらめるしかあるまい」
 魔王の元に嫁ぐのであれば、と彼はつぶやく。
「そうなると、選択肢がなくなるな。誰か早々に姫を作ってくれ」
 このセリフは、場を和ませるためのものだろうか。いや、半分以上本気だろうと誰もが考えている。
「と言っても、我らの間の血のつながりはかなり濃い。そう考えれば、騎士か貴族あたりでもよいのではないか?」
「そなたの娘のようにか?」
 ロレンソの孫は彼の娘が騎士と契ってできた子だ。もっとも、二人は婚姻を結んだものの、正式にお披露目をする前にその騎士は鬼籍に入ってしまったのだが。
「……王族には後は年齢が合いそうなものはおらぬからな。貴族達はともかく、騎士は己から望むことは少なかろう」
「いっそ公表してしまえばどうだ?」
 ユージンがそう提案する。
「できれば、十を過ぎるまではこの場限りの話にしておきたい」
 別の意味で馬鹿がでかねんとジョフロアは言い返す。
「十にもなれば分別も身につこう。そうすれば、ある程度は自衛できるだろうからな」
 何を心配しているのか。それは口にしなくてもいいだろう。
「それと、もう一つ。すでにお后には我らからも護衛がつけられておる。決して身内に短慮は起こさせぬように」
 それはどういう意味なのか。ふっと疑問に思う。
 だが、問いかけても答えを返してはくれないだろうとわかっている。教えてくれるのであれば最初からはっきりと口にするのがエアルムの性格だ。少なくとも今までの経験からそう考えている。
「しかし、我らと魔族の方では生きる長さが違うのでは?」
 パブロがつぶやくようにそう口にした。
「それを考えるのは魔王様でしょう。あなた方が心配されることはない」
 つまり方法があると言うことか。それを告げない理由は簡単に想像がつく。
「今はラエウィガーダ王の王女が時代の魔王妃になる。それだけを覚えておられればよいこと」
 その代償として、魔王はこの箱庭を守り続けるだろう。その言葉を口にされてはそれ以上何も言えなくなる。ここにいるもの達は全員、魔族が何から自分たちを守ってくれているのか、よく理解しているのだ。
 逆に言えば、それを知らないもの達が何をするかわからないと考えているのだろう。
「もっとも、それは今ではない。さすがに幼子を母親から取り上げるようなまねはできぬからな」
 それがなければエリザベートは納得できなかったはずだ。いや、母親であれば他のもの達もそうなのかもしれない。
「……その間、姫に危害が及ばぬようにせよと?」
 どこかあきれたような声音で問いかけたのはパブロだ。
「いや。我らが心配していたことはお后様の婚約者が現れぬこと。そして、利用しようとする物が出ないこと。その二点よ」
 特に後者が問題だろう。そうエアレムは告げる。
「後者の物が出た場合、魔王様はその一族を根こそぎ滅ぼされなけないからな」
 その言葉に恐怖を感じたのはジョフロアだけではあるまい。
「……わかりました。気をつけましょう」
 一瞬だけ視線をパブロへと向けるとロレンソは頭を下げる。
「我らの力が及ぶ限り」
 ユージンもまたそう言ってうなずく。
「その言葉、信じよう」
 そう言うと同時にエアレムは姿をおぼろにする。どうやら今回の会見はここまでのようだ。
「お后を正しく育てられよ」
 その言葉とともに彼の気配は完全に消える。同時に最後に重くなっていた空気が軽くなった。
「しかし……まさかそういうことになっていたとはのぉ」
 ため息とともにロレンソは言葉を綴る。
「儂が記憶している中ではそのような話は聞いたことがないが……全くないとも言い切れん」
 自分たちが知らないこともたくさんあるのだから、と彼は続けた。
「我らにも手助けできることはあろう。遠慮なく相談するがよい」
「ありがとうございます」
 ジョフロアは彼に向かって言葉を返す。
 だが、それを鵜呑みにしてはいけないと心の中でそうつぶやいていた。

 その話を耳にした瞬間、彼女の心は荒れた。
「なぜ……なぜ、私ではないの?」
 自分の方がふさわしいはずなのに、なぜ……とそう続ける。
 だが、実際に選ばれたのは自分ではない。
 それが忌々しい。
「きっと間違われたのだわ」
 あの子が生まれたから、とそう続ける。だから、間違いは正されなくてはいけない。
 そのためにはどうすればいいのか。
 彼女は部屋の中をぐるぐると歩き回りながらその答えを探していた。


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