僕の知らない 昨日・今日・明日

01


 視線の先に黒い衣装に身を包んだ人影が現れた。それを確認した瞬間、ルルーシュは唇にうっすらと笑みをはく。
 ようやく、計画の終わりが来た。
 全ての罪は自分が負っていけばいい。
 そうすれば、誰もが傷つかずにすむのではないか。
 もちろん、それが独りよがりな考えだと言うこともわかっていた。あのスザクでさえ、納得させるのに時間がかかったのだ。他の者達が真実を知ったならどう思うだろう。
 それでも、短時間に全てを終わらせるにはこの方法しかなかった。ルルーシュはそう考えている。
 もし、もっと自分が国政に関わる時間を許されていたなら、きっと、別の道を歩むことが出来ただろう。
 だが、それはナナリーをはじめとする者達を切り捨てることと同義だ。そんなこと、出来るはずもない。
 何よりも、自分たちは罰を受けなければいけなかった。
 だから、と笑みを深める。
「早く来い」
 スザク、と唇の動きだけで相手の名を呼ぶ。
「早く、俺に罰を与えに、来い」
 それは彼にとっても罰だ。そして、それから彼の贖罪は始まる。いつまで続くかわからないそれは、自分よりも厳しいものかもしれない。だが、それも彼自身が望んだことだ。
「お前は、俺の代わりに世界を見つめるんだ」
 枢木スザクとしてではなく《ゼロ》として。
 そして、もし、この平和が崩れそうになったときには全力で阻止しろ。そうも呟く。
 真っ直ぐに彼が駆け寄ってくる。
 周囲のざわめきがさらに大きくなった。
 だが、それも今のルルーシュには気にならない。
「愛しているよ、スザク。だから、お前は俺が貰っていく」
 決して本人には告げることが出来ない言葉。だが、今ならば構わないだろう。今更、全てを取りやめることなど出来ないのだから。
 そう考えると、ルルーシュはさらに笑みを深める。
 しかし、直ぐにそれを消した。
 玉座から立ち上がる。
 そんな彼の前に、スザクが降り立った。

 彼の後ろに広がる空が、本当に綺麗だった。

 しかし、肉体が滅んだ後、意識はどこに行くのだろう。
 かつてはCの世界に向かったのかもしれない。そこで他の意識と解け合い、一つになってやがて個としてのそれは消えていった。
 だが、Cの世界は既に崩壊をしている。
 それとも、また新たなそれが構築されているのだろうか。
 直ぐにその答えはわかるだろうが。
 薄れゆく意識の片隅で、こんなことを考えているとは、自分らしいと言っていいのだろうか。それとも、と思う。
 それでも、古い世界を壊し、そして新しい世界への道筋を作ることが出来た。それだけはほめてもいいような気がする。
 ここまで考えたとき、ルルーシュは違和感を感じてしまった。
 何故、自分はここまで明確な思考をしていられるのだろうか。
 いや、それだけではない。
 しっかりと何かが触れている。いや、触れているのは自分の方だろうか。
「……俺は……」
 無意識に言葉を呟く。それもしっかりと耳に届いた。
「生きているのか?」
 これまでのことを総合すれば、そうとしか言えない。しかし、何故……と思う。スザクの剣は間違いなく自分の心臓を貫いたはずだ。
 だが、そうなっても死なない人間を自分は知っている。それがどうしてかも、だ。
「……まさか」
 そう思いながら身を起こした。そうすれば、自分がいるのが、湖が見える崖上の草原だとわかった。その光景に、どこか見覚えがあるような気がする。しかし、今、重要なのはそれではない。
 ルルーシュはそう考えると、己の体を見下ろす。
 今、自分が身に纏っているのは皇帝服だ。しかも、血糊も何もついていない、純白のままのそれである。おそらく、あの後、ジェレミアか誰かが着せ替えさせてくれたのだろう。その襟元を開くと、心臓のあたりを見つめる。
 白い肌にくっきりと赤い傷跡が刻まれていた。
 少しのぶれもないそれは、スザクの気持ちを表しているように思える。同時に、この場所を指されたら、普通生きているはずがないこともわかった。
 こうなれば、答えは一つしかないだろう。
「コード、か……」
 どこかで、自分はコードを継承してしまったのではないか。
 だが、C.C.のものではないはず。あの日も、彼女は間違いなくコードをその身に宿していた。
 そうなると、自分が知っているコードは後一つしかない。
「……あの男の……」
 だとするなら、あの時だ。
 あの時――シャルルマリアンヌの望む世界を否定し、二人の存在をこの世から消したあの時。
 確かに、消えゆくシャルルが最後に自分の首を掴んだ。
 あの時にコードが継承されたのではないか。
 それがシャルルが何か意図してのことだったのか。それとも何かの事故だったのかはわからないが、とため息をつく。
「どちらにしても、俺が今、生きていることには代わりがない」
 そして、それを知られればまずいことになる。
 自分が死ぬことが前提の計画なのに、と呟きながら、ルルーシュは立ち上がった。
「しかし、ここはどこなんだ?」
 まずはそれを確認しなければいけない。
「……だが、この衣装では、俺が《ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア》だとばらして歩いているようだし……」
 目立つ必要があったとはいえ、もう少し考えてデザインをするべきだっただろうか。今更言っても仕方がないことを考えてしまう。
「とりあえず、上だけでも……ダメだな。そうしても目立つ」
 ここまで純白であれば、とルルーシュは顔をしかめた。
「だが、他に方法はないか」
 それとも、上着だけでも色を変えるか。あるいは上に羽織る何かを見つけるかしかないだろうな、と思う。
 だが、そのようなものが手にはいるだろうか。しかも、誰にも見つからずに、だ。
 はっきり言って、自分の身体能力は過信していない。何かあったときに対処できるはずがないと認識している、と言った方が正しいのか。だから、こっそりと盗んでくると言うことも難しいだろう。
「……仕方がない。染めるか」
 材料ならたくさんある。時間はかかるがそれが一番確実だろう。
「食べ物も、ついでに探せばいいか」
 そう言った瞬間、ユーフェミアと共に無人島と思っていた神根島に飛ばされたときのことを思い出す。あの時ほど彼女のバイタリティに感心したことはなかったかもしれない。
 あの事故さえなければ、と考えかけて、無理矢理脳裏から振り払う。
「さて……探しに行くか」
 ついでに少しでもこの場所に関するヒントを探そう。自分に言い聞かせるようにそう言うと、ルルーシュは立ち上がった。

 だが、草木染め用に使える植物はあっても、食べられそうな野草はほとんどなかった。
 代わりにわかったことは、どうやら、この森は誰かが人工的に作り上げたものらしい、と言うことだ。自然のようでいて、さりげなく人の手が入っている。そして、食べられそうなものは既に誰かが収穫していた。
「……厄介だな……」
 つまり、このあたりには人が来ると言うことか。
 気を抜けば自分の姿を見られかねない。
「……スザク達に迷惑をかけるわけにはいかないし……」
 気をつけて行動をしなければ、と呟いたときだ。
「きな臭い?」
 風に乗って何かが燃えているような臭いが伝わってくる。それだけではない。子供のものらしい悲鳴が耳に届いた。
「……何があった?」
 何故、ここで子供が襲われている? と呟く。
 そんなことがないように自分は世界を変えようとしたのに、と眉根を寄せる。
 だが、気付いてしまった以上、放っておくわけにもいかないだろう。
「とりあえず、状況を確認して、だな」
 それから、何が出来るかを考えなければ。そう呟くと、ルルーシュは声がした方向へと足を向けた。

11.01.21 up