01
室内を見回して、ルルーシュは小さくうなずく。
「まぁ、こんなものだろう」
父やきょうだいたちが見ればあきれるほど狭くものが少ない。しかし、この国では学生の身ならこれでも贅沢だと言われるはずだ。
「ルルーシュ様」
彼のつぶやきが聞こえたのか。部屋の入り口からおずおずと声がかけられる。
「違うだろう、ロロ」
声がした方に体の向きを変えながら、ルルーシュは言葉を口にした。
「少なくとも、この国にいる間は別の呼び方をしろ、と言ったはずだ」
もう忘れたのか? と苦笑とともに問いかける。
「いえ……すみません、兄さん」
でも、と彼は続けた。
「本当に、こんなところでよろしいのですか? ギネヴィア殿下がルル……兄さんのためにマンションを建てたと……」
「あんなところに二人だけで暮らしていれば目立つ。本当は、ここだって贅沢だと言われるんだぞ?」
セキュリティという点から妥協しただけだ。ルルーシュはそう続ける。
「ここにいる俺はブリタニアの皇子ではない。ただのブリタニア人留学生だ」
叔父が軍に勤めている、と笑いながら付け加えた。
「と言っても、ジェレミアは俺と十歳しか違わないんだが」
オデュッセウスよりも年下の彼は叔父と呼ぶには若すぎる。だが、口実としてはそれ以上にいいものが見つけられなかった。
「かといって、兄と呼ぶわけにはいかないしな」
そんなことをすればシュナイゼル達が今回のことを許可してくれるはずがない。逆に邪魔してくれたに決まっている。
「……それでは困るからな」
今回のことは、できるだけ内密に進めたい。そう付け加えた。そうでなければ、世界のバランスが崩れかねない。
「全く、C.C.も厄介事を拾ってくるのだけはうまい」
そのくせ、後始末は他人に押しつけてくれる。ルルーシュはそう言うとため息をついた。
「お前の方が適任だから、に決まっているだろう」
その瞬間だ。背後からしっかりと声が響いてくる。
「……玄関から入ってこられないのか、お前は」
今更、どこから彼女が現れようと驚くことはない。しかし、最低限の礼儀は守って欲しい、と思う。もっとも、そう言っても無駄だと言うこともわかってはいたが。
「細かいことは気にするな」
本当にどこにいようと、C.C.はあくまでもC.C.だ。改めてそれを認識させてくれる。
「それよりも、ピザはないのか?」
ソファーにふんぞり返りながら、彼女はこう問いかけてきた。
「……そんなもの……」
ない、とロロが言おうとする。それをルルーシュは手の動きだけでせいした。そのまま視線を壁に掛けられている時計へと向ける。時間を確認してから彼は口を開いた。
「後二十分待て。スザクが持ってくるはずだ」
どうせ、押しかけてくると思っていたからな。そのままそう続ける。
「さすが」
にやり、とC.C.は笑う。
「そう言うところはそつがないな」
相変わらず、と彼女は続けた。
「なら、お茶を淹れろ」
本当にうるさい女だ。そう思わずにいられない。
「全く……」
ここであれこれ言っても無駄だ、とよくわかっている。
「本当に変わらない」
どの世界であろうと、とルルーシュは心の中だけで付け加えた。少しは変化があれば見分けがつくのに、と言うのはただの愚痴なのだろうか。
「当たり前だろう。私がお前の何倍、生きていると思っているんだ?」
彼の言葉をどう受け止めたのだろう。C.C.はこう言い返してきた。
「軽く見積もって五十倍か?」
もちろん、これは口から出任せだ。
「女の年を探るのは失礼な行為だぞ、童貞坊や」
覚えておけ、と彼女は言ってくる。
「お前を女性の範疇に入れていいものかどうか、いつも悩むがな」
デリカシーのなさを含めて、とルルーシュはため息とともに言い返す。
「母さんですら、最低限の羞恥心とデリカシーは持っているぞ」
しかし、C.C.にはそれすらもないではないか。そう続けた。
「そうか?」
「そうだ! 少なくとも、羞恥心があれば俺の前で下着姿でうろつかない!」
違うのか? と聞き返す。
「私のそんな姿を見て、その気になってから言うんだな」
即座にC.C.が反論してきた。
「子供の頃からそばにいて、ろくでもないことをして来た相手にその気になるか!」
この世界だけではなく、もう一つの世界でも似たようなものだった。それなのに、と心の中で付け加える。
「第一、お前は俺の祖母みたいなものだしな」
何気なく重ねた言葉がC.C.の何かを刺激したらしい。
「祖母、だと?」
「父上やV.V.が子供の頃、世話をしていたのだろう? 母さんの面倒も見ていたと聞いているし」
両親の親なら、やはり祖母ではないか。ルルーシュは言い切る。
「それとも、祖父の方がよかったか?」
こちらはもちろん、イヤミだ。
「……本気で怒るぞ?」
脅かすようにC.C.は言葉を口にする。
「そうしたら、二度とお前に食事を作らないだけだ」
ふっと脳裏に浮かんだ報復方法をルルーシュは投げつけた。
「お前……本気か?」
しかし、これは予想外の衝撃をC.C.に与えたらしい。
「もちろん」
何故、自分が自分を怒っている相手に食事を作らなければいけないのか。それも、怒りの理由が理不尽のものだというのに、だ。
ルルーシュはそう続けた。
「お前が悪いんだろうが!」
C.C.はそう言い返してくる。
「俺のどこがだ? お前が父上達よりも年上なのは事実だろう?」
否定できるものならば、否定して見ろ。言外にそう告げる。
「だから、女性の年齢を特定するような言動は取るな」
負けじとC.C.はそう言った。
「特定はしていないぞ?」
違うのか? と聞き返す。
「……本当にお前は……だから、女性にもてないんだよ」
これはきっと、苦し紛れのセリフだったのだろう。しかし、だ。
「ルルーシュ様……ではなくて、兄さんはもてますよ」
意外なところから援護射撃が飛んでくる。
「ブリタニアの軍人の中にもファンクラブがありますから」
ロロはそう言って微笑む。
「ほぉ」
「皇族方それぞれにファンクラブがありますが、人数が多いのはコーネリア殿下と兄さんのです」
シュナイゼルやクロヴィスも多いが、ルルーシュのそれよりは少ない。もっとも、マリアンヌに関しては別格過ぎて比較のしようもないが、とロロは続けた。
「確かに、見た目はいいからな」
お前は、とC.C.もうなずく。
「しかも、マリアンヌの子供だ。中身が運動神経とは無縁のインドア派だとしても人気は出るだろうな」
だが、とC.C.は続ける。
「そいつの頭の中身はシュナイゼルに劣らない。戦闘になればなおさらだ。ならば、当然のことか?」
崇拝する方は性格がへたれでもどうでもいいしな、と彼女は勝手に納得をした。
「お前に崇拝者がいるようにな」
ため息とともにルルーシュは言い返す。
「当たり前だろう。それのどこがおかしい?」
「誇大広告だろう、お前の場合」
見た目はともかく、中身は最悪ではないか。ルルーシュはそう続ける。
「そうでもないぞ?」
にやり、とC.C.は笑う。
「世の中には見た目が一番という人間も多いからな」
そいつらをだますのは簡単だ。彼女はさらに笑みを深めつつ言葉を口にする。
「最悪だな」
ルルーシュがため息とともに言葉を吐き出す。
「お前もだろう? お互い様だ」
それに彼女はさらに言葉を投げつけてくる。
全く、少しは自覚すればいいものを。そう心の中で呟いたときだ。インタフォンの音が室内に響いてくる。
今までの会話から逃れる手段を探していたのだろう。ロロはそそくさとインターフォンの方へと駆け寄っていく。
『よかった。開けてよ』
次の瞬間、耳に届いたのはスザクの言葉だ。
「来たか! 私のピザ!!」
その瞬間、今までの会話をきれいに忘れたC.C.にあきれるべきか。それともとルルーシュは悩む。
「ロロ」
ともかく、スザクを中に入れてくれ。言外にそう告げる。
「はい」
すぐにロックを解除する彼の姿を見ながら、初日からこれで大丈夫なのか、と思わずにいられないルルーシュだった。