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「まぁ、よかったではないか。これで相思相愛だと証明できたぞ」
二人だけになったとたん、C.C.がこんなセリフを口にする。
「それは最初から疑っていない」
ルルーシュは負けじとこう言い返す。
「問題なのは、あいつが何故、いきなりあんなセリフを言い出したのか、だ」
自分はそこまであからさまだったのだろうか。それとも、とルルーシュは呟く。
「鈍い、鈍いと思っていたが……ここまで鈍かったとはな」
あきれたような声音でC.C.がそう言ってきた。
「何が言いたい?」
反射的にそう怒鳴り返す。
「報われないな、あいつも……と思っただけだ」
かわいそうに、と続けられてどう反応を返せばいいのか。
「あいつとお前の『好き』の『好き』が同じであればいいがな」
意味ありげな口調で彼女はそう続ける。
「……何を言っているんだ?」
好きに温度差があるのは理解していた。それでも自分はスザクをそう言う意味で『好きだ』と自覚している。
それでは意味がないというのだろうか。
「わからないか」
まぁ、童貞坊やだしな……と何度も聞いた罵倒のセリフが耳に届く。
「C.C.?」
「まぁ、私は優しいからな。ヒントぐらいはくれてやろう」
誰が優しいのか、とルルーシュは心の中で呟く。だが、それを口にすれば彼女がどのような反応をするのか。十二分にわかっている。だから、あえて好きにしゃべらせることにした。
「お前のが好きなのは、いったいどちらのスザクだ?」
「どちらの? スザクは一人だろう?」
自分を『好き』と言ってくれたのはここにいるスザクではないか。
確かに、あちらのスザクも好きだった。しかし、それが恋だったのかどうかは、今となっては定かではない。何よりも、彼は自分を憎んでいたではないか。そんな彼に自分の気持ちを押しつけるわけにはいかなかった。
何よりも、自分は《自分》として七年以上の時間を過ごしている。その間、そばにいてくれたのは、先ほどのスザクだ。
「少なくとも、今はあいつのことが好きだ」
ひょっとしたらスザクに《彼》を重ねているのかもしれない。それでも、自分は目の前にいるスザクを好きだ。そう言う行為も、たぶん、できる。だめなときにはスザクにがんばってもらおう。
「……まぁ、そういうことにしておくか」
あいつも報われない、とC.C.は呟く。
「もっとも、お前は何も知らないのだから、当然だがな」
「C.C.?」
「あいつも今更知られたくあるまい」
ただ、これだけは覚えておけ。そう言いながら、C.C.はまっすぐにルルーシュの瞳を見つめてくる。
「あいつはいつでもお前を好きだったぞ。もっとも、いつ気づくか。その差はあるがな」
この言葉にルルーシュは微妙な違和感を覚えた。
「お前は、俺の記憶以外のことも知っているのか?」
今までの彼女の言動は、あのとき、自分の記憶を見たからだと思っていた。しかし、どう考えてもそれだけでは説明できないことが多すぎる。
「私は
それに、彼女はこう言い返してきた。
「魔女はどこにいようと『魔女』だ」
それ以外の存在にはなれない。
「……まぁ、今更変わろうと言う気持ちもないが」
何度人生を繰り返しても、自分は自分にしかなれないとわかったからな、と彼女は続ける。
「何を言っているんだ?」
「理解したくないなら、しなくていいぞ。私が言いたかっただけだからな」
まぁ、ちょっとした愚痴だ。そう言われて、素直に受け止められるはずがない。
「……本当に、ただの愚痴か?」
探りを入れようとこう問いかける。
「もちろんだとも」
そこは胸を張るところなのか? と思わず突っ込みを入れたくなってしまった。
「年寄りの愚痴は意味がわからないな」
代わりにイヤミ半分、こう言い返す。
「誰が年寄りだ?」
「お前以外に誰がいるんだ?」
「貴様だとて、じじいだろうが」
「前の分の人生を足してもシャルル達よりも若いぞ」
その倍以上生きている人間は年寄りだろうが、とルルーシュはせせら笑う。
「……これだから童貞坊やは……」
低い声でC.C.は言葉を吐き出す。
「下手に種をまき散らすよりマシだろう」
誰かのように、と付け加える。
「シャルルのことか?」
「皇帝だからな、彼は。だから、仕方がない」
今は妥協できるようになった。それでも、せめてもう少し相手を選んで欲しいとは思う。
「……なるほど。バカは増やすな、と言うことか」
平然とそういうことを口にできるのはさすがと言うべきか。
しかし、今話をしていたのはそれではなかったはず。
「話題をそらす気か?」
「と言うよりも、これ以上はお前に言うべきではないと思っただけだ」
自分で絆賭ければ意味がないことだ、と続ける。
「……ならば、最初から言わなければいいだろう?」
「だから、愚痴だと言ったでは以下」
思い当たるものがないなら聞き流せ。そう言って彼女は立ち上がる。
「C.C.?」
「帰る。これ以上いては余計な事を口走りそうだからな」
落ち着いた頃にまた来るが、と彼は付け加えた。
「……逃げるのか?」
好きなってなことを言ったくせに、と思いながら問いかける。
「話は終わったからな」
はぐらかしているのか。そう考えてルルーシュはさらに文句を投げつけようとする。
「幸せになれ、ルルーシュ。お前にはその義務がある」
しかし、こう言われてその動きが止まった。
「……何を……」
「そう望んでいる人間がいると言うことだ。ここにも、あちらにも、だ」
そうである以上、幸せにならなくてはいけない。そうでなければ、その人々の気持ちを踏みにじることになる。彼女はさらに言葉を重ねた。
「言われなくても、幸せになるために鋭意努力中だ」
自分は絶対に幸せになる。そう言い返す。
「期待しているよ、坊や」
この言葉とともにC.C.は部屋から消えた。
「あいつは、何を言いたかったんだ?」
改めて、ルルーシュはこう呟く。
「まるで何度も俺の人生を見てきたような口ぶりだったが」
だが、自分が記憶しているのは二度だけだ。
それとも、自分の知らないところで何度も繰り返してきたというのか。
「……そうだとするならば、いったい俺は、何人の《スザク》と出会ったんだろうな」
そして、何人と戦ってきたのだろうか。
「確かに、今は幸せだな」
ブリタニアとニッポンの関係はさほど悪くない。そして、スザクに憎まれているわけでもないのだ。
「それでも、俺は俺を憎んでいるお前も好きだった」
いや、今でも好きだと言い切れる。
「だから、お前が幸せになってくれていればいい」
どこにいようと、それだけを願っているから。そう言いながら、ルルーシュは投げ出すように椅子に腰を下ろした。
「俺も幸せになってみせるから」
そう呟きながら目を閉じる。
まぶたの裏に浮かんだのは、スザクの笑顔だった。
マンションを出れば、予想通りの人影を確認できる。
「久しぶりだな」
C.C.は笑みを浮かべるとそう声をかけた。
「しかし、お前と会えるとは思っていなかったぞ」
「……最後、だからかな?」
彼はそう言って笑う。
「最後?」
「そう、これが本当の最後。だから、ルルーシュを守れるための力を渡しに来たんだ」
でも、と彼は続ける。
「あんなにあっさりと告白を受け入れてくれるとは思わなかったな」
もっと早くに告白するべきだったのだろうか。そう言いながら首をひねる。
「相手がお前なら、いつでも受け入れたかもしれないぞ」
からかうようにそう言い返す。
「それはもったいないことをしたな」
でも、と彼は少しだけ笑みに苦いものを加えた。
「これからのことは完全に僕の手を離れたね」
きっと、ルルーシュは意地でも幸せになってくれるだろう。それで十分、と彼は続ける。
「だから、C.C.」
「安心しろ。最期まで見届けてやる」
だから、安心して眠れ。唇の動きだけでそう付け加えれば、彼は笑みを深める。そのまま、そっと目を閉じた。
「あれ? 何で僕、ここにいるわけ?」
次の瞬間、目を開けると同時にスザクはこう問いかけてくる。
「何でだろうな」
寝ぼけたんだろう、とC.C.は笑う。
「私は帰るからな。何なら、戻って止めてもらえ」
そう付け加えると彼女は歩き出す。背後ではスザクが逡巡している。
「さて……マリアンヌに報告してやるか」
見守りはするが、邪魔はしないと約束してないからな。そう楽しげに続けた。
「シャルルも今回は味方だろうし」
恋愛に障害はつきものだからな。そうそう呟くとC.C.は足を速めた。
東京にしては珍しくも星空がはっきりと見えていた。