僕らの逃避行
01
「ほら、手を出して」
言葉とともにスザクは手を差し伸べる。
「すまない」
それに彼女はこう言い返してきた。
「気にしなくていいから」
それよりも、と彼は続ける。
「追いつかれる方が厄介だよ、ルルーシュ」
「わかっている」
それにルルーシュは少しだけ悔しげな表情を作った。だが、すぐにそっと手を重ねてくる。その手を慎重につかむと、スザクは手早く彼女の体を引き上げた。
「こっち。くぼみがあるから、そこで少し休もう」
ルルーシュの息が乱れているのを確認してスザクはそう告げる。
「だが、スザク……」
「何もないところで倒れるよりも対策がしやすいからね」
それとも、とスザクは続けた。
「ルルーシュを背負ってもいい? それならばもっと早く移動できるよ」
どうする? とルルーシュの顔を見つめる。もちろん、彼女が何と言い返して来るか。それは想像がついていた。
「……それは最後の手段にとっておいて」
相変わらずプライドが邪魔をしているのだろう。予想通りのセリフをルルーシュは口にする。
「なら、今は休むことだね」
体力さえ戻ればその時は遠くなるから、とスザクは笑う。
「私は小さな子供ではないぞ」
「でも、僕より体力がないのは事実でしょう?」
「それは……性差だから仕方がないな」
男性の方が女性よりも体力があるものだ。ルルーシュのその言葉は正しいと言える。
しかし、とスザクは苦笑を浮かべる。
「君の周りは例外ばかりだけどね」
お母さんをはじめとして、と付け加えればルルーシュはいやそうな表情を作った。
「私は一般的な人間なんだ」
そう言うか、とスザクは苦笑を深める。
「体力と運動神経は、と言うことにしておいてあげるよ」
彼の言葉にルルーシュはいやそうに顔をしかめた。
「そんな表情をしたらだめだよ、ルルーシュ。変なところにしわができちゃうから」
言葉とともにスザクは彼女の眉間のしわを伸ばすようになでる。
「ルルーシュに足りない分は僕が持っているからいいでしょ?」
それこそ、有り余るくらい。そう続ければ彼女は深く息を吐き出す。
「そう言う問題ではないと思うが?」
同時に言葉も口にした。
「そう言う問題だよ。僕たちが離れることはないんだし」
自分がそばにいれば、ルルーシュの運動神経や体力不足もフォローできる。
「今回だってそうだっただろう?」
こう聞き返せば、ルルーシュはまたため息をつく。それでも小さく頷いて見せた。
「てっきり、あそこで終わったと思っていたが」
「近くにパラシュートがあったし、機長さんがそうそうにドアを開けてくれたからね」
それでも、命が助かるかどうかと言うところだった。二人とも無傷だったのは奇跡と言えるかもしれない。
「彼らは、無事だろうか……」
その時のことを思い出したのか。ルルーシュはそう言って眉根を寄せる。
「大丈夫だよ。僕らが脱出した後に、他の人たちもパラシュートで降下していくのが見えたから」
もっとも、全員が助かったかどうかはわからない。
一人だった彼らと二人で降下した自分達は着陸地点が大きくずれてしまったのだ。
「そこだよ、ルルーシュ。とりあえず、座って」
周囲から低くなっている場所にたどり着いたところで彼女を休ませるために座らせる。
「敷物がないけどね」
いっそ、パラシュートの傘の部分を持ってくればよかっただろうか。スザクはそう呟く。
「仕方がない。余計な荷物は邪魔になる」
あれをたたむ時間も惜しかっただろう、とルルーシュが言い返して来た。
「それに、ここには落ち葉もたまっている。そう悪くはないクッションだ」
ルルーシュはそう言って微笑む。
無理をしているのがわかりきっているのに本当にどこまで意地を張るつもりなのか。
「何なら眠っていてもいいよ。僕が起きているから」
とりあえず、と声をかけてみる。
「お前はどうするんだ?」
「状況次第かな。少しぐらいは休むつもりだけど」
追っ手が近づいてくるようなら無理だけど、と続けた。
「でも、そうすると乗り物が手に入るかも」
小さな声でそう付け加える。
「そうすれば、逃げるも楽になるかな?」
「……確かにそうかもしれないな。ここからユーロ側の支配地域まで、後50キロはあるだろう」
普通に歩いて行くのも辛い。追跡されている今はなおさらだろう。ルルーシュはそう告げる。
「あるいは、あちらから救援が来るか……可能性は低いな」
むしろ、本国からの救援の方が早いかもしれない。
だが、どちらにしろ、期待しない方がいいだろう。
「……そのあたりは休憩の後で考えようよ」
疲れていてはいい考えが浮かばないのではないか。スザクのこの言葉に、ルルーシュは「そうだな」と同意をしてくれる。
「体を横にして目をつぶっているだけでもいいと思うよ」
この言葉にルルーシュは素直に横になった。そしてまぶたを閉じる。そのまま、一分もしないうちに彼女の唇からは寝息がこぼれ落ちた。
「やっぱり無理していたんだ」
体力のない彼女がろくな食事を口にしないままこの三日というもの歩き続けてきたのだ。すでに限界は超えているのではないか。
「何とかして乗り物を手に入れないと」
一番いいのは自動車だ。だが、この際、贅沢は言ってられない。自転車でも歩くよりも楽だし、と思う。
「この先に街はあったかな」
脳内に地図を思い描きながらそう呟く。だが、すぐに記憶が徒歩圏内に人が住んでいるような場所はない、と教えてくれる。
それも当然だろう。
ここは最前線なのだ。誰だって、いつ砲弾が飛んでくるのかわからない場所に住みたくないに決まっている。
しかし、ルルーシュには何か乗り物が必要だというのも事実。
どうすればいいだろうか。
「いっそ、敵さんからもらってこようかな」
そうすればよりどりみどりだよな、とスザクは笑う。
「うん、そうしよう」
そうすれば、少しは溜飲も下がるだろう、と付け加える。
「ちょうど、獲物も来たようだし」
この言葉とともに、スザクはそっと立ち上がった。
「お願いだから、眠っていてね」
そう告げると、気配を消して移動を開始する。
ルルーシュはそれに気づかないまま、眠っていた。
13.10.11 up