僕らの逃避行
02
日本とブリタニアは政治的には対立することが多い。だが、経済や民間での交流は活発だ。
それは六家といえども例外ではない。
あの父ですら、ブリタニアの皇族――というよりは皇帝と知己なのだ。それだけならばまだしも、とんでもないことを言われたのは十歳の時だったと思う。
「ブリタニアに行ってこい。滞在場所は確保しておいた」
いきなり、こんなことを言われて、スザクは目を丸くする。
「何で、ブリタニア……」
「それが決まりだからだ」
代々そうしてきた。ゲンブはそう続ける。
「父さん、ブリタニアが嫌いじゃん!」
ならば、いくら決まりでもやめてしまえばいいだろう。スザクはそう考える。
「……行かなければいけないのだ。皇の先代も、あちらに行ったからこそ、当主として認められたのだ」
「何で?」
「あちらにも、内密だが皇の血脈が残っている。そちらにある印を与えられなければ、当主として認められん」
逆に、あちらもこちらに来ることがあるのだ。ゲンブはそう続けた。
「二つの血脈が途絶えることなく続いていくこと。それが必要なのだ」
個人的感情とは違う次元で、と父はため息をつく。
「それに、わしはブリタニアは嫌いでも、ブリタニア人は嫌いではないぞ。友と呼んでもいい存在もおる」
しかし、日本人である以上、ブリタニアと言う国のシステムを素直に受け入れるわけにはいかない。
「面倒くさいの」
「しかたがあるまい。それが大人だからな」
大きくなればわかる、とゲンブは言う。
「どちらにしろ、若いうちに外国の様子を見てくるのもよい勉強だ」
そう言われては逆らえない。
「わかった。言って来ればいいんだろう」
「それでいい。付き添いには藤堂を頼んだ」
「何で、師匠?」
他にもふさわしい人間がいるのではないか。言外にそう続けながらこう聞き返す。
「お前を制御できるだろう人間が他にいないからだ」
不本意だが仕方がない。ゲンブはそう続ける。
「まぁ、軍の視察という名目をつけておいたから公務扱いだな」
そう言うものなのだろうか。
「……師匠に迷惑がかからないなら、それでいいです」
何を言っても無駄だろう。そう判断をして、スザクはそう言い返す。
「そうしろ。ついでに、しっかりと現状を見てこい。三年後には神楽耶様が訪問される予定だからな」
彼女も例外ではないのか。いったい誰が始めたのかはわからないが、面倒なことをと思ってしまう。
それでも一度『行く』と言ってしまった以上、それを違えるつもりはない。
「……向こうから断らせるようにするしかないか」
暴れてもいいんだろう、とスザクは笑う。その後のことはゲンブの交渉次第ではないか。
そんなことを考えていた。
だが、そんな考えはあっさりと吹き飛んだ。
「初めまして。ルルーシュ、です」
そう言いながら微笑んでいる少女から目を離せない。
神楽耶に負けないほどつややかな黒髪。ブドウのようなおいしそうな紫の瞳。それが白い肌をより白く見せている。
「……スザク君」
そんなスザクの後頭部を藤堂が軽く小突く。
「まずは挨拶だろう?」
そして、小声でこう注意をしてくる。
確かに、いくら相手が信じられないくらい美人だからと言って自己紹介もしないまま見つめているのはぶしつけだろう。
「枢木スザクです。しばらくお世話になります」
慌ててこう告げる。そのままいつものように頭を下げる。
「……日本人は本当に頭を下げるんですね。私もそうした方がいいでしょうか」
その光景にルルーシュは真顔でこう問いかけてきた。
「日本ならその方がよいでしょうが、ここはブリタニアですから」
苦笑とともに藤堂がこう言い返す。
「師匠は自己紹介をしないんですか?」
「俺は事前に顔を合わせているからな」
そうすれば彼はこんなセリフを返してくれた。
「君を預かるという理由の他に、姫君の立場もある。当然のことだ」
ルルーシュの家や身につけている衣服に使われている布が自分の目から見ても高価なものだ。と言うことは、彼女はそれなりの家柄の令嬢なのだろう。それも、日本で言えば六家レベルの、だ。
「そうなんですか」
しかし、それならばそれで、事前に教えて欲しかった、と思うのがわがままなのだろうか。
「一番は、俺の立場だがな」
さすがに軍人を案内するのはいろいろと問題があったらしい。藤堂はそう言う。
「すみません。母は気にしないのですが、父がうるさくて」
スザクだけならば父も歓迎しているのだが、とルルーシュは肩をすくめる。
「別居している関係上、仕方がないのでしょうが」
こちらにもいろいろあるのだ、と彼女は続けた。
「とりあえず、俺は護衛の方がいる宿舎に泊まることにした。君は本宅に泊めていただきなさい」
眠るときだけだから、と藤堂は笑う。
「……仕方がないですね」
自分もそちらでなくてよかった、と意味もなくスザクは考える。
「でも、寝相まで師匠に文句を言われなくてよかったです」
そう付け加えれば、ルルーシュが小さな笑みを浮かべた。それは今までの笑みとは違うものだ。
「とりあえず、中を案内させていただきます。本当は母がすべきなのですが、今、出ておりますので」
それと、とルルーシュは付け加える。
「妹がいます。今、足をけがしているのでご迷惑をかけるかもしれませんが……」
「それは気にしないから。けがをしているんなら、迷惑をかけられて当然だし、手助けするのも当たり前だろ」
スザクは当然のことのようにそう言った。
「嫌いな相手でも、困っているなら手助けしないとな」
人として当然のことだから、と言えばルルーシュは笑みを深める。
「スザクは優しいな」
そして、こう口にした。
「そうかな?」
「そうです。会ったこともない相手に向かってそんなことを言える人には初めて会いました」
このセリフの方がスザクにはびっくりだ。
「ブリタニアってそうなんだ。日本だと、そう言う人には電車でも席を譲る人はたくさんいるぞ。面識がなくても」
スザクの言葉にルルーシュは目を丸くする。
「日本はそうなのですか」
「これが、文化の違いって奴ですか、師匠」
スザクは思わず藤堂に問いかけた。
「そうかもしれないな」
しかし、彼もこうとしか言えないのだろう。
「……それはこれから知っていけばいいことですね」
ルルーシュはすぐにこう言ってくる。
「と言うことで、こちらにどうぞ。案内させていただきます」
美少女はなにをしても美少女だな、とスザクは思う。
「よろしく」
そんな彼女に向かってスザクは笑いかけた。
これが一目惚れだとスザクが自覚するまで、そんなに時間はいらなかった。
13.10.18 up