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僕らの逃避行

38


 ブリタニアに到着したのはそれから数時間後のことだ。
 このままアリエスに行くのだとスザクは考えていた。しかし、彼等を乗せた車は違う場所へと向かっているようだ。
「なぜ、太陽宮に向かっている?」
 同じ疑問を抱いていたのか。ルルーシュが運転手にそう問いかけた。
「陛下のご指示です」
 ある意味予想通りの言葉が返ってくる。
「……何を考えておられるんだ?」
 深いため息と共にルルーシュがつぶやく。
「せめて旅の汚れぐらい落とさせてくれればいいものを」
 あのマリアンヌですらそうしていると聞いているのに、と彼女は続けた。
「汚れていてもルルーシュは美人だけどね」
 スザクは笑いながらそう言った。
「……お前の言葉は主観だろう? うれしいけど」
 そういう彼女の頬が赤かったのをスザクは見逃さない。そういうところが可愛いとも思う。
「まぁ、いざとなればあちらで風呂を使えばいいだけのことだが……うるさい連中にあれこれ言われるだろうな」
 それが面倒くさい、と彼女は続ける。
「ラウンズが使っている方の離宮なら?」
 確か本宮の隣に立っているんだよね、とスザクは問いかけた。
「あぁ。あそこならほぼ母さんの領地だからな。結構融通を利かせてもらえる。私の着替えもおいてあるし」
 ただ、とルルーシュは顔をしかめる。
「お前の分の着替えがない」
「……ジノから借りようか」
 でも、身長がなぁ……とスザクはつぶやく。
「今から用意させるか。アリエスから取り寄せればなんとかなるか?」
 騎士服の時にサイズを送ってあるし、一着や二着、用意してあるだろう。ルルーシュは首をかしげながらそう言った。
「……そういえば、ルルーシュ、携帯持っているよね。ナナリーあたりに連絡取れないの?」
 この言葉に、ルルーシュが目を丸くする。
「そうだな。ここからならナナリー達にも連絡が取れるか」
 どうやら予想外の展開に思考がフリーズしていたらしい。あるいは、今まで連絡が取れない状況にあったからだろうか。その可能性が高いな、と心の中でつぶやく。
 ルルーシュにとってナナリーは精神安定剤でもあるから、とそんなことも考える。
「じゃ、今からかければ? ナナリーなら事情を知っているかもしれないし、何よりも心配していると思うよ」
 安心させてあげた方がいい。言外にそう告げた。
「そうだな。きっと、お前の声も聞きたがると思うぞ」
 スザクの提案にルルーシュは微笑む。そしてポケットの中から携帯を取り出す。そのまま悩むことなく登録されている番号を呼び出した。
「ナナリー? 私だ」
 本当に優しい表情を作る。それだけではなく声音すら他の誰かに向けるものとは違うよな、とスザクはそんな彼女の横顔を見ながらつぶやく。
「あぁ。今は車の中だ。いや、残念ながらアリエスに向かっていない。太陽宮に直行せよとのご指示だからな」
 その瞬間、携帯からナナリーの声が響いてくる。しかし、興奮しすぎているのか。なんと言っているのかまでは聞き取れない。
「落ち着け。母さんが知っているのかどうか、それを確認してほしい。それと、あちらに私とスザクの着替えを。あぁ。イルバル宮で着替える予定だ」
 あそこが一番安全だ、と彼女は口にした。それだけでナナリーが言っていることが推測できる。
「スザクなら隣にいるぞ」
 そう言いながらルルーシュが視線を向けてきた。
「あぁ。心配はいらない。何だ? 話をするか」
 その問いかけの後、彼女はスザクに携帯を差し出してくる。
「ナナリー?」
「あぁ。お前と話がしたいそうだ」
 スザクの言葉にルルーシュがうなずく。それを確認して彼女の手から携帯を受け取った。
「もしもし」
 そのまま回線越しに呼びかける。
『お姉様を守ってくださって、ありがとうございます』
 即座にそう言い返された。
「だって、それは僕の権利で義務だからね。これだけは誰にも譲らないよ」
『わかっています。それでもお姉様がご無事なのはスザクさんのおかげですから』
 そこまで口にしたところでナナリーは言葉を切る。同時に鈴を鳴らすような笑い声が耳に届く。
『それともお義兄さま、とお呼びすべきでしょうか』
 この問いかけにスザクは思わず苦笑を浮かべる。
「好きに呼んでくれていいよ。なれるのに時間がかかるかもしれないけど」
 今まで通りの方が間違えなくていいような気はするけど、とそう続けた。
『それでは頑張ってたくさん呼びかけますね』
「楽しみに待っているよ」
 ここで会話は終わったと判断してスザクは携帯をルルーシュに返す。
「ナナリー。スザクが照れているぞ」
 その瞬間、彼女は笑いながらこう言った。
「あぁ。安心しろ。どのような用事にしろ、早急に終わらせる。何なら、お前も母さんと一緒に来ればいい」
 それが一番効果的だろう、とそう続けた理由がわからないはずがない。
 マリアンヌが自分とルルーシュを連れ去るのを止められる人間などいない。それにナナリーが一緒なら余計にだ。
「皇帝陛下がご無事だといいけど」
 苦笑と共にそう続けたのは無意識だ。
「手順を飛ばしたのはあちらだからな。そうなったとしても自業自得だ」
 その言葉が耳に届いたのだろう。ルルーシュがこう言い返してくる。
「全く……一時間や二時間遅れてもたいした差ではないだろうん。第一、アリエスで何があると言うんだ?」
 身支度を調えるぐらいの時間を与えてくれればナナリーだってすねないだろうに。そう彼女はさらに言葉を重ねた。
「そのあたりは後で姉上達に愚痴るか」
「……お任せします」
 自分にはできないことだから、とスザクは言い返す。
「こういうことで私がお前を守れるしな」
 ルルーシュがうれしそうな表情でこう言ってくる。
「うん、そうだね」
 頭を使うことは苦手だから、とスザクは素直にうなずく。男だからとかなんかではなく、それぞれが得意な分野を補っていけばいい。そう考えてのことだ。
「とりあえずはできるだけ短時間で逃げ出す算段だな」
 ルルーシュはそう言うと誰を巻き込むべきかとつぶやいていた。

 もっとも、考えなくても簡単に逃げ出すことができた。
 と言うよりも、シャルルの方にその余裕がなかったと言うべきか。
「マリアンヌさんにも内緒だったんだ」
 それは怒っても仕方がないだろう。そして、状況が状況だから周囲のものも止めるそぶりすら見せない。
「ともかく、帰還の挨拶だけはしておくか」
 そうすれば、明日からはゆっくりできる。ルルーシュの言葉にスザクはうなずく。
「そうだね。せっかくの休みがあれだけで終わるのは悔しいし」
「確かに」
 顔を見合わせるとお互いに笑いを漏らす。
「ジェレミアの領地にいい保養所があるらしい。借りられるかどうか聞いてみよう」
 そして、ナナリーを連れて行ってこよう。ルルーシュがそう言う。
「母さんは暇なら勝手についてくるだろうしな」
「だめだよ。ちゃんと誘わないと」
 こんな会話を交わしながら、スザクは心の中で『ようやく日常に戻れたな』とつぶやく。
 後はのんびりできるといいな。半ば祈るような気持ちでそうつぶやいていた。



15.10.17 up
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