僕らの逃避行
37
さすがはシュナイゼルと言うべきなのだろうか。
夜会の翌日にはもうブリタニア本国への帰路へとついていた。もちろん、スザクとルルーシュも一緒である。
「こんなにあっさりと解放できるなら、さっさとしてくれればいいものを」
ルルーシュがぼやく。
「それはシュナイゼル殿下が来てくださったからじゃないかな」
苦笑を浮かべながらスザクはそう言い返す。
「今まで積み上げてきた実績が違うんだから仕方ないんじゃない?」
それに、とルルーシュは続ける。
「ユーロって女性蔑視じゃないけど、男性優位だから」
女性が前線に出ることすらあそこでは異質だったのだろう。
もちろん、彼等も《マリアンヌ》と言う傑物の存在は知っている。だが、彼等からすれば《マリアンヌ》が例外なのであって、他の女性はあくまでも庇護の対象なのだろう。
それはルルーシュも例外ではなかったのではないか。
「後は、やっぱり、ルルーシュの立場が魅力的だったから?」
引き込めればユーロにとっては大きなプラスになる。そう考えたのだろう。
「だが、私はお前と婚約しているぞ」
意味がわからないとルルーシュが首をかしげる。
「スザク君も彼等には魅力的な存在なんだろうね」
いつの間に戻ってきていたのだろうか。シュナイゼルが話しに加わってくる。
「マンフレディと互角にやり合ったのだろう? あちらにしてみればそれだけの戦士はのどから手が出るほどほしいだろうね」
優雅な仕草でいすに腰掛けながら彼は言葉を重ねた。
「もちろん、私たちとしても渡したくないが」
そう付け加えたのは社交辞令だろうか。
「せっかくルルーシュが前向きに恋愛をしてくれているんだ。その相手と結ばれてほしいと思うからね」
というよりは妹かわいさからのセリフだったようだ。
「我々はともかく、女性に『愛人をもて』とは言えないからねぇ」
このあたりは価値観の相違と言うことにしておこう。スザクは心の中でそうつぶやく。
「スザク。兄上の戯言は聞き流しておけ」
ルルーシュがあきれたような声音でそう言ってきた。
「皇族なら仕方がないことだろう? だから、気にしてないよ」
もっとも、とスザクは続ける。
「僕はお嫁さんは一人で十分だから」
基本的に枢木の男は一途だから、と笑いながら付け加えた。
「そういえば、枢木首相は再婚されておられないな」
ルルーシュが首をかしげながら言葉を口にする。
「母さんにべた惚れだったらしいから。まぁ、どこかで発散しているのかもしれないけど、それは気付かないふりをすべきだよね」
男としては、と苦笑と共にスザクは言う。
「まぁ、そうだな」
微妙な表情ながらもルルーシュはうなずいてくれた。
「そうだねぇ。枢木首相はまだ五十前だろう? ならば、妥協しないとね」
うちの陛下を考えれば、とシュナイゼルもうなずいている。
「ルルーシュがそばにいればスザク君は他に目を向ける余裕はないだろうし。頑張りなさい」
「何を『頑張れ』とおっしゃるのですか、兄上」
「色々あるだろう? とりあえずは料理かな」
胃袋をつかむのが一番だ。シュナイゼルはそう言って笑う。
「大丈夫です。もうルルーシュにつかまれてますから」
間髪入れずスザクはそう言った。
「だそうだよ、ルルーシュ。良かったね」
シュナイゼルが満面の笑みを浮かべる。
「最初からスザクを疑ってはいません」
それにルルーシュはこう言ってくれた。
「そういう人間なら最初から《守護者》に選ばれません」
マリアンヌが認めるはずがない。彼女はそう断言する。
「あぁ、確かに」
「裏切ったら即座に切り捨てられそうだね」
マリアンヌの名前が出てきただけでこんな結論に出てきてもおかしいとは思えないあたり、彼女の怖さがわかるのではないか。
「やっぱりブリタニア最強の女性だよね、マリアンヌさん」
彼女であれば間違いなく生身でナイトメアフレームにも勝てると思う。
「それは否定できないね」
シュナイゼルが真顔でうなずいて見せた。
「……本当に、もう少し落ち着いてくれればいいのに」
ルルーシュはルルーシュでこうつぶやいている。
「だが、マリアンヌ様がおられなければ片付かない案件というものもあるのだよ」
「わかっています。私が言いたいのはそれ以外のことです。気がつくとアリエスからいなくなっているんですよ?」
必要なときに連絡がつかないときがある、と彼女はため息をつく。
「でも、本当に必要なときには手を貸してくれるんだからいいんじゃない?」
自分の楽しみだけを追いかけているわけではない。どこまでならば自力でできるのかを確認しているのではないか。
「それがあったからこそ、ルルーシュができるようになったことも多いでしょう?」
信用してくれているんだよ、とスザクは告げる。
「だといいのだが」
しかし、ルルーシュはすぐに納得してくれない。
「母さんの場合『面倒くさいから』と言う理由で放置している可能性もあるからな」
特にシャルル相手の場合は、と言うセリフは聞かなかったことにしておいた方がいいのではないか。スザクはそう考える。
「陛下にはそのくらいでかまわないと思うよ」
シュナイゼルにこう言わせるとは、いったいシャルルは何をやっているのだろうか。
そんなことも考えるが、ルルーシュの表情から聞かない方が身のためだと判断する。
「あのロールケーキは……怒らせると母さんが顔を見せるからって何をしているんだか」
「それは知らなかったね」
ルルーシュの言葉にシュナイゼルも目を細めた。いや、座らせたといった方が正しいのか。
「早急にマリアンヌ様にご相談しなければ」
せめて重要な仕事だけはまじめにやっていただかないと、と彼は続ける。
「そのあたりは母さんに丸投げでいいと思いますよ。原因は母さんにありますから」
ため息と共にルルーシュがそういったときだ。カノンがワゴンを押しながら歩み寄ってくる。
「お茶の用意が調いましたわ。ルルーシュ様がお好きなプリンです」
その瞬間、ルルーシュの顔がほころぶ。
「……プリン最強」
「この笑顔を見た後では否定できないね」
そう言うとスザクはルルーシュへと視線を戻す。そこにはおいしそうにプリンを口に運んでいる年齢相応の少女の姿があった。
15.10.03 up