「ルルーシュぅ!」
いくら振り払ってもまとわりついてくる悪友の存在に、ルルーシュは思わずため息をつく。
「いくら頼まれても、今度ばかりは無理だ」
相手が悪い、と付け加える。
「どういうこと?」
意味がわからないと彼は聞き返してきた。
「義父さんにばれる」
小さなため息とともにこう言い返す。普通の軍人ならばいい。だが、彼は騎士候であり辺境伯でもあるのだ。自分の養父と顔見知りである可能性が高い。
「何よりも、義兄さんの一人が、今、来ているんだよ」
遅くなったら、絶対にどこに行っていたのか問いつめられる……とまたため息をついた。
「ルルーシュ、それって……」
ものすごく、家族に愛されているじゃん、とリヴァルが笑みを浮かべる。
そういえば、彼は父親との折り合いが悪くてここに入学するという名目で逃げ出してきたのだ、と聞いたことがあったな……とルルーシュは心の中で付け加えた。
「俺は、子供の頃の記憶がないからな。そのせいだろう」
記憶を失う原因になったこともわからない。
だから、万が一のことを心配しているのではないか。そう言い返す。
「きょうだいたちの中で、一番体力がない……と言うのもその一因かもしれないが……」
確かに、体力に関してだけ言えばミレイをはじめとした女性陣よりも劣っている。しかし、だからといって体が弱いとか運動神経がないというわけではない。
それらに関しては人並みなのではないか。いや、人よりもバランス感覚その他はいいと思う。
ルルーシュはそう信じていた。
しかし、いくら彼等にそう主張してみても聞き入れてもらえないというのも事実だ。
「……ともかく、今日は相手が悪い。だから、諦めろ」
個人的には、凄く惜しい相手だが……と心の中で付け加えた。
「そういうことなら、しかたがねぇか」
ものすごくいい報酬だったのだが、諦めよう。リヴァルもあっさりと引き下がってくれる。
「で? 家に送ればいい?」
「……その前に買い物にいかないと食材がない」
自分一人であれば一週間は持つはずだったのだ。それを二日で食べ尽くしてしまった。それは、自分が小食だからだろうか。それとも、兄が大食らいだからなのか。
どちらにしても、買い物に行かなければならないことだけは事実だ。
「了解。なら、ショッピングモールか」
任せておけって、とリヴァルは笑う。
「一人で大丈夫だぞ?」
「どうせ、バイトに行くついでだから」
それに、早めに向こうに着けばゆっくりと買い物が出来るでしょ? と彼は付け加えた。
「……それはそうだが……」
「なら、決まり。それとも、俺のバイクには乗れないって?」
「誰もそんなことは言っていないだろう?」
リヴァルの運転は信用している、とルルーシュは微笑む。
「でも、今回は俺の都合で断るわけだし……悪いかな、と思っただけだ」
便乗させてもらうのは、と付け加えた。
「それこそ、気の回しすぎ。どうせ、近くなんだし」
一人だろうと二人だろうと、頑張るのはバイク、とリヴァルは言い返してきた。
「そうだな」
頑張るのはバイクか、とルルーシュは笑う。
「それなら、遠慮なく乗せてもらおうか」
「そう来なくっちゃ!」
即座に返された言葉の中に、優しい響きが含まれている。その事実が嬉しい。
幼い頃の記憶がなくても、自分の周囲には優しい人々がいる。それだけで十分だろう。
自分に言い聞かせるように、ルルーシュは心の中でそう呟いていた。
だが、その優しい世界は、いきなり彼から取り上げられた。
シンジュクゲットー近くの公園。そのカフェテリアで出されているプリンアラモードが、最近のルルーシュのお気に入りだった。
特に賭チェスをした後は、何故か無性に食べたくなるのだ。
「脳のエネルギーが不足したわけではないのだけど、な」
自分に対するご褒美、とでも言うのだろうか。自分で作らなくても口にはいるというのが一番大きな理由かもしれない。
そんなことを考えながら、プリンを口に運んでいた時だ。どこからともなく低い振動が伝わってくる。
「……テロ、か?」
手を止めると、ルルーシュは眉を寄せた。
表面上はこのエリアは落ち着いている。だが、実際にはそう見せかけているだけなのだ、と言うことはわかっていた。
日本人達――何故か、彼等を《イレヴン》とは言いたくない――が今の状況で満足しているとは思えないのだ。
しかし、それを征服者の側である自分が口にしても意味はない。それもわかっている。
「……結局、俺には何も出来ないんだな……」
ここでこうしていられるのも、あの日、義父が自分――自分たちを見つけてくれたからだ。そうでなければ、今頃どうなっていたかなど、考えなくてもわかる。
ブリタニアは力のない者には厳しい未来しか待っていない国だ。才能も後ろ盾もない存在が平穏に暮らせるはずがない。
もちろん、死にものぐるいで努力をすれば話は別だろうが。
「しかし……振動が伝わってくる、と言うことは近いのか?」
ならば、あまりのんびりとはしていられない。まだ残っているプリンには未練を感じる。しかし、そのせいで危険に巻き込まれるのは本末転倒だろう。
「何かあれば、義父さんや義兄さん達に迷惑がかかるしな」
こう言うときには学生という身分はきついかもしれない。だから、自分も軍人になりたいと言ったのに、義父をはじめとする者達に反対されてしまったのだ。
もし、自分も軍人だったら、このようなときには何かできることがあるのではないか。
しかし、今、そのようなことを言ってもしかたがない。
だから、せめて安全な場所に移動をしよう。そう思って腰を上げる。
しかし、それは遅かった。
店の外を何かが通った。
そう認識できた次の瞬間、道路に面していたウィンドウが割れる。同時に、店内に悲鳴があがった。
「……こんなところで、ナイトメア戦だなんて……」
何を考えているのか。そんな怒りがわき上がってくる。
だが、とすぐに思い直した。
七年前、ブリタニア側も同じ事をしたのではないか。それをテロリストが再現しているだけだろう。
因果応報。
そういってしまえばそれだけか。だからといって、納得できるかと言えば話は別だ。
「ともかく、被害を少なくしなければ……」
せめて、ここにいる人たちだけでも無事に避難をさせたい。しかし、それには自分だけでは無理だ。そう考えながら、ルルーシュは周囲を見回す。
「ここの非常口は?」
近くにいた顔見知りの店員に素速くこう問いかける。
「……非常口?」
しかし、相手も目の前の状況に我を失っているのか。今ひとつ反応が鈍い。
「逃げないと、この場で死ぬ羽目になるぞ!」
相手を現実に戻そうと、厳しい口調で言葉を投げつける。
「客を安全に誘導するのも、店員の役目ではないのか!」
それとも、客を見捨てて自分だけ逃げるつもりか! とルルーシュは問いかけた。
「……避難……誘導!」
一瞬、店員は呆然とする。だがすぐにふらりと立ち上がった。
「非常口はあちら、だ」
そのまま、店の奥を指さす。幸いなのか、それは戦闘が行われている方向とは反対側である。もちろん、そちらにテロリストがいないとは限らない。だが、銃声がしない以上、まだ、そちらには戦闘区域が広がっていないのではないか。
「わかった」
そのまま、ルルーシュも立ち上がる。
「動ける人間は、ケガをしている人に手を貸してください! そのまま、順番に、外へ。落ち着いて行動すれば大丈夫です」
軍が必ず保護してくれるはず、とルルーシュは付け加えた。
少なくとも、これだけの民間人に被害を出せば、総督であるクロヴィスの汚点となる。それだけは避けたいだろうし、と心の中だけで呟く。
「落ち着いて、慎重に。大丈夫です」
ルルーシュは微笑みながら言葉を口にする。そうすれば、自分の容姿がどのような作用をするのか、わかっていての行動だ。
下手をすると女性と間違われる自分の容姿も、こう言うときには役に立つ。それを喜んでいいのかどうかわからないが……と小さなため息をつく。しかし、今はそれよりも優先すべき事がある。だから、と思いながら、ルルーシュは次々と指示を出していく。
どうやら、近くに誘導の者がいたのか。外に出た者達は他の店にいた者達と共に避難をしていく。
そろそろ、自分も……とルルーシュが非常口へと向かったときだ。
店のすぐ側で戦っていたらしいナイトメアフレームが店内へと滑り込んでくる。いや、たたき込まれたと言うべきか。
その衝撃で、彼の体は逆方向へと吹き飛ばされた。
「……くっ!」
背中を壁にたたきつけられて、一瞬息が詰まる。
そんな彼に向かって、ナイトメアフレームのモニターカメラが焦点を合わせてきた。
どうやら、これは軍のものではないらしい。
このままではまずい、と内心焦る。しかし、先ほどの衝撃が抜けきらない体は動いてはくれない。あるいは、どこか痛めている可能性もあるな……と心の中でそうも呟いた。
と言うことは、あれから逃れられない、と言うことだ。
もし、とルルーシュは予想以上に冷静な自分に驚きながらも心の中で呟く。ここで死ぬようなことになれば、義父や義兄達は悲しんでくれるだろうか。
そうでなかったとしても、ナナリーの隣に埋めて欲しいな……とそんなことも考えてしまう。
その間にも、ゆっくりとテロリストのナイトメアがルルーシュへとマニピュレーターを伸ばしてきた。
もうじき、それに掴まれる。
ルルーシュは覚悟を決めた。それでも、せめてもの抵抗として、最後まで相手をにらみつけていよう。そう考えて、真っ直ぐにそれを見つめている。
しかし、それがルルーシュに届くことはない。
ガラスが割れる音と共に、ルルーシュの前に純白の壁が現れた。
「……白い、ナイトメアフレーム……」
見たことはない機体。だが、それは敵ではない。何故か、ルルーシュはそう確信していた。
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08.06.13 up
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