その後はもう一方的な展開だった。
 おそらくそれは、機体の性能差のせいだろう。
 完全に相手を沈黙させたところで、白い機体のハッチが開く。そして、コクピットからパイロットが飛び出してきた。
 その姿を見た瞬間、ルルーシュは目を丸くする。どう見ても、彼はブリタニア人には見えなかったのだ。
 と言うことは、名誉ブリタニア人か。
 しかし、名誉ブリタニア人にナイトメアの操縦が許可されたことはないはず。
 だが、それ以上の驚愕がその後に待っていた。
「ルルーシュ!」
 そのパイロットは間違いなく、彼の名を呼んだのだ。
「やっぱり、生きていたんだね!」
 よかった、といいながら、その腕に抱きしめられる。その感触を、自分は間違いなく知っている、とルルーシュは心の中で呟く。
「……すまない……」
 しかし、それが誰なのか、すぐには思い出せない。
「俺には、君が誰か、わからないんだ……」
 呟くように告げれば、相手は驚いたように体を離す。その仕草に、心の奥に痛みが走る。
「……ルルーシュ?」
 いぶかしげな視線を、彼は向けてきた。その奥に悲しげな光が潜んでいる。
「……お前は、俺のことを知っている……と言うことは、七年以上前に出逢ったという事か……」
 自分には、そのころの記憶がないから。小さな声で、ルルーシュはそう付け加えた。
「記憶がない? 本当に?」
 自分のことを覚えていないのか、と彼はショックを受けたように口にする。
「ナナリーのことも、覚えてないの……って、ナナリーは無事なのか?」
 彼はすぐにこう問いかけてきた。
「ナナリーを知っている……のであれば、確かに、俺とお前は知り合いだったんだな」
 ナナリーの存在を知っているのは、今となっては自分と義父だけのはずだ。義兄達ですら知らないから、とルルーシュは心の中で呟く。
「あの子は……もう、いない……」
 ならば、教えても構わないか。そう判断をして、こう告げる。
 彼女のことを思い出すのは辛い。でも、自分が忘れてしまったことを彼は覚えているだろうから。
「……ナナリーが?」
 彼はショックだというように言葉を失う。
「でも、君が無事でよかった」
 しかし、すぐにこう言って微笑んでくれた。
「……お前……名前は……」
 言葉を返そうにも、名前がわからないなら呼びかけるのも不便だ。そう思いながらこう問いかけようとする。だが、ふとある名前を思い出した。
 ナナリーのことを知っている。それならば、あるいは……と、自分の中に残っていたもう一つの名前を口にする。
「スザク、か?」
 この言葉に、相手が目を丸くした。
「……覚えて……」
 どうやら、そうだったらしい。
「ナナリーとスザク。俺が覚えていたのは、この名前だけだ」
 どうしてそこにいたのか。何故、ナナリーを失わなければいけなかったのか。それは覚えていない。この言葉とともに、ルルーシュはまぶたを伏せる。
「大丈夫。僕が覚えているから」
 ルルーシュが忘れてしまったことも全て……とスザクは笑う。
「でも……僕が君達に出逢う前のことは、流石にわからないけど」
 あれこれ聞かされた事は覚えているけど、と彼は付け加える。
 その瞬間だ。外から爆発音が響いてきた。
「……なんてのんびりしていられないか」
 まだ残党がいるのか、とスザクは眉根を寄せる。
「ルルーシュ、歩ける?」
 それでも優しい声音で彼は問いかけてきた。
「……わからない」
 確認してみないと、と付け加えながらルルーシュは立ち上がろうとする。しかし、すぐにその場にうずくまってしまった。
「ルルーシュ!」
 反射的にスザクがルルーシュを抱き上げる。
「……何を……」
「ごめん。付き合って」
 このまま、ここにいると、ルルーシュが危険にさらされるかもしれない。しかし、自分はここにいるわけにはいかないから……と続けながら、彼はあの白いナイトメアフレームのコクピットへと向かっていく。
「しかし……」
 ナイトメアフレームのコクピットは狭い。そのような場所に二人も乗り込んで大丈夫なのか。
「ちょっと狭いけど……何とかなるよ」
 ルルーシュにはちょっと迷惑かもしれないけど、と彼は苦笑を浮かべた。
「それは構わないが……お前が後で処分されなければいいが……」
「大丈夫だよ。家の上司はそう言うことは気にしないから」
 この言葉に、ルルーシュは思わず首をかしげてしまう。
 少なくとも、自分が聞いている限りではクロヴィス旗下の軍人達はそうではない。と言うことは、スザクは彼の指揮下にはないと言うことか。
 その可能性が高いだろうな、とルルーシュは心の中で呟く。
 どう見ても、スザクはブリタニア人には見えない。それでも軍人であるというのであれば名誉ブリタニア人なのだろう。
 政治的には無能――などと口に出せば、不敬罪で処分されるだろう――と言われているクロヴィスでも、ブリタニア人と名誉ブリタニア人、そしてナンバーズの区別はしっかりとつけている。
だから、彼の指揮下にあるのであれば、名誉ブリタニア人であるスザクがナイトメアフレームのパイロットになれるはずがないのだ。
 では、どこなのか。できれば、義父と仲の悪い相手であればいいのだが。そんなことを考えてしまう。
 その間にも、スザクはルルーシュを抱えたままコクピットへと乗り込んでいた。
「狭いけど、我慢して」
 そのまま、彼をひざの上にのせたままシートに腰を下ろす。
「できれば、抱きついてくれると嬉しいかな?」
 向かい合うようにして、と口にされて、ルルーシュは頷く。確かにこの場ではそれしか方法がないだろう。
『スザク君?』
 ルルーシュが体制を変えていれば、スピーカーから彼に呼びかける声が響いてきた。
「すみません、セシルさん。民間人の救助をしていました」
 テロリストに拉致されかけていたので、現在保護しています……とスザクはさらりと言い返している。
『スザク君、それは……』
「彼の身柄は保証します。それよりも、まだ戦闘が続いているんですか?」
 どうやら、スザクは自分の事を最後まで相手に伝えないつもりらしい。
「……スザク……」
 しかし、それでいいのかどうか、ルルーシュにはわからない。
「大丈夫だよ、ルルーシュ」
 心配しないで、とスザクは微笑む。
「……ダメなら、義父さんに何とかしてもらうから」
 自分を助けたことでスザクに不利益な状況になるのであれば、義父も手助けをしてくれるのではないか。でなければ、今、ここに来ている義兄でもいいのかもしれない。
「それは、後でね」
 今は、救援に行く方を優先しよう。スザクはそう言ってくる。
「そうだな」
 確かに、ここで時間を潰して味方が危険にさらされる方がスザクにとってはマイナスになってしまう。
「じゃ、行くよ?」
 しっかり掴まっていてね、と言う言葉とともにスザクは機体を立ち上がらせる。そのまま、彼は目的地へと移動させた。
 加速度のせいか。ルルーシュの体は、スザクのそれに密着してしまう。
 自分の貧弱な体形とは違う鍛え上げられたスザクの肉体に、思わず嫉妬に近い感情を抱いてしまった。だが、同時に別のものが心の奥からわき上がってくるのを抑えきれない。
「……ひまわり畑……」
 ぼそりと呟いた言葉はどこから出てきたのだろう。
 ただ、とても大切なもののように思えたのは事実だった。

 スザクのナイトメアフレームが遠ざかった瞬間、どこからともなく人影が現れた。
「あぁ、わかっている」
 ライトグリーンの髪をなびかせたその人影は、足音を立てることなく放置された機体へと歩み寄っていく。
「使えないものは処分するさ」
 どこにも通信機と思えるものは持っていない。だが、それを感じさせない様子でその人影は虚空へと言葉を投げつけている。
「そうだな。代わりはいくらでもいる」
 そう言って、まるで猫のように琥珀色の瞳を細めた。
「必要であれば、また、そこいらから拾ってくればいいだけのことだ」
 それでなくても、これからのことが成功すれば、いやでも人は集まってくる。だから心配はしていない、とそう続けた。
「そう言えば……」
 コクピットのハッチを開けながら、さらに言葉を重ねる。
「あの子らしき人間を見かけたぞ」
 確認したくて捕まえさせようとしたが、邪魔が入った。そう続けるものの、少しも残念そうではない。
「力の片鱗はみせたからな……間違いなく、本人だろう」
 どうする? と楽しげに問いかけている。
 その間にも、その手は動いていた。コクピットの中で気を失っている相手の後頭部に、ためらうことなく銃口を押しつける。
「そうだな。今、どうしているのかを調べるのが先決か」
 さりげない仕草で引き金を引いた。
「あぁ。そうだな。まずはすべき事をして、だ」
 手がかりは掴んである。その言葉とともにきびすを返す。そして、そのまま何もなかったかのようにその場から消える。
 その姿を見ていたものは、誰もいなかった。





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08.06.20 up