生徒会室に顔を出せば、珍しく誰もいない。
「それでも、書類だけはあるのか」
また人に押しつけて自分は逃げ出すつもりなのか。ため息とともにルルーシュはそう呟く。それでも、これを処理しなければ明日にはもっとたまっているのは自明の理だ。
「……しかたがない。さっさと片づけるか」
ミレイ達が手を貸してくれる可能性は少ないだろう。ならば、それを待っているよりも自分が片づけた方が後々のためにはいいのではないか。そう思いながら、書類へと手を伸ばす。
「まったく……その気になれば、すぐに処理できるだろうに」
ミレイも、と考えれば、またため息が出てしまう。
「他の連中も少しは手伝って欲しいものだな」
特にリヴァル、と呟いたときだ。
「あれ? ルルーシュ一人だけ?」
言葉とともにリヴァルがドアから顔をのぞかせる。完全に入ってこないのは、いつでも逃げ出せるように、と考えているからだろうか。
「……逃げるなよ、リヴァル」
そんな彼に向かって、ルルーシュは低い声でこう告げる。
「逃げたら、会長にあることないこと、あれこれ話すからな」
さらにこう付け加えれば、彼は諦めたように生徒会室内へと足をを踏み入れてきた。
「とりあえず、そちらの書類を番号順にそろえてくれないか? 後、会長のとんでも企画がまぎれてないか、確認してくれ」
これだけ書類がたまっているとすれば、その可能性が否定できない。ルルーシュがそう言えば、「それは、否定できないよなぁ」とリヴァルも同意をしてみせる。
「絶対無言パーティや猫祭りは、まだ我慢できたがな」
男女逆転祭りも、百歩譲って妥協できた。
しかし、とルルーシュは拳を握りしめる。その瞬間、手にしていた書類が音を立てて握りつぶされた。しかし、それを気にしてはいられない。
「こどもの日だけは、何があっても阻止しなければいけないからな」
あんな屈辱、もう二度とごめんだ。力をこめてこう告げる。
「思いっきり同意」
確かに、あの惨状は繰り返してはいけない。リヴァルも頷いた。
「そう言うことなら、たまには真面目に仕事をしますか」
しかたがない、と口にしながら、彼はルルーシュの向かいに腰を下ろす。そして、書類に手を伸ばした。
しかし、ミレイの思考は、ルルーシュ達のそれを遙かに超えたものだったらしい。
「……あの、会長?」
誰もが絶句している中、辛うじて問いかけの言葉を口に出来たのはルルーシュだけだ。
「なぁに、ルルちゃん」
満面の笑みと共にミレイが視線を向けてくる。
「生徒会役員で河口湖に旅行、といいましたか?」
まずはそこから確認をしなければいけない。それからでなければ対策を立てられないではないか。
「そう言ったわよ。おじいさまがパーティの招待状を回してくれたもの」
だから、みんなの慰安もかねて一緒に行きましょう……と彼女は満面の笑みと共に口にする。しかし、それと反比例するかのように、周囲の者達は表情を強ばらせていく。
「その翌日から何が始まるのか。わかっていてのお言葉ですよね?」
彼女や自分はともかく、他の者達はその準備をしなければいけない。それも理解しているのか、とルルーシュはさらに言葉を重ねた。
「もっちろんよ。だから、参加者特典。ミレイさんの過去問ノートをつけようじゃないの」
そういう問題でもないような気がする。
「ついでに、家庭教師もして上げるわよ。ねぇ、ルルちゃん?」
「……勝手に人を巻き込まないでください」
自分は忙しいのだ、とルルーシュは言外に言い返す。
「あら。このくらい何でもないでしょう?」
ルルーシュなら、とミレイは笑みを深める。
「それに、頼まれたのよねぇ。バードさんに」
たまには、ルルーシュを家事から解放してやってくれ、と。その言葉は嘘ではないのだろう。しかし、とルルーシュはミレイをにらみつけた。
「だからといって、家事以上の厄介ごとを押しつけないでください!」
ニーナとシャーリーはともかく、リヴァルは手に余る。カレンにいたっては、その実力もわからないのに、と付け加えた。
「……ひでぇ……」
確かに否定できないけど、とリヴァルがぼやいている。
「大丈夫よ。リヴァルにはもう、丸暗記させましょう」
そうすれば少しはマシかもしれないでしょう、とミレイは言ってきた。
「何よりも、パーティよ? おいしい料理を試食できるかもしれないでしょ?」
そうすれば、また、料理のレパートリーを増やせるかもしれないわよ……と彼女はさらに言葉を重ねてくる。
「自分が気に入った料理を俺に覚えさせようとしていませんか?」
実は……とルルーシュは聞き返す。
「まぁ、少しは、ね」
でも、ホテルなら家事から解放されるわよ……とミレイは言ってくる。
「……はいはい……わかりましたよ」
彼女は自分の欲求を叶えるためならばどのような手段でも使う。まさしく、学園の女王なのだ。そう考えれば、これ以上逆らうのは得策ではない。
「だから、好きよ。ルルちゃん」
言葉とともに彼女は抱きついてくる。
「そう言うことだから、万難を排して参加するように!」
女王様のこの言葉に、他のメンバーも首を縦に振ってみせた。
しかし、どうすればいいものか。そう思いながら、カレンはゼロに今回の旅行のことを報告する。
「それは、面白いね」
満足げな笑いが耳に届く。
「うまくいけば、彼に接触できるかもしれない。この目で確認をするのに、よい機会かもしれないね」
使えそうな駒もあることだし、とゼロは続ける。
「では?」
「あぁ。遠慮なく楽しんできたまえ」
ただし、と微妙に口調を変えながら言葉を続けた。
「彼に危険が及ばないように配慮をしてくれるかな?」
少なくとも、自分が彼と会えるまで……とゼロは続ける。
「わかりました」
自分もルルーシュは嫌いではない。だから、その位のことはしても構わないだろう。何よりも、ゼロの望みだから。
そう考えて、しっかりと頷き返していた。
ルルーシュは特派へと足を運んでいた。
「週末に、河口湖に?」
目的はもちろん、スザクに会うためだ。
「あぁ……会長のワガママ、でな」
それに関しては、妥協するしかないとわかっているが……とルルーシュはため息をつく。
「そのせいで、お前との約束が反故になるのはな」
申し訳ないし、何よりも、自分が楽しみにしていたのだ。この言葉にスザクは嬉しそうに微笑んでみせる。
「でも、しかたがないよ。学校の方の友達を優先しないと」
それに、とスザクは申し訳なさそうな表情を作った。
「僕の方も予定が入っちゃったから、今日中にキャンセルの連絡をしないといけないかなって思っていたし」
こう言うときに、携帯がないのは辛いかなって思うんだよね……と彼は小さなため息をつく。受ける方はともかく、かける方は公衆電話を探さないといけないから、とそうも彼は続けた。
「それは……しかたがないな」
こういう細かなところに身分の立場が出てくる。それは問題があるような気もするが、自分ではどうしようもないのだ。
「かといって、俺からあまり連絡をするのも、ご迷惑だろうし……」
作業の邪魔をするだろうから……とルルーシュはため息をついた時である。
「そぉいう君達に、プレゼントだよぉ」
この言葉とともに誰かが背後から抱きついてきた。まったく気配を感じさせなかったその動きに、心臓の鼓動が激しくなる。
「あれぇ? 驚かせちゃったぁ?」
この声の主は誰なのだろうか。そう思ったときだ。
「普通の人は驚くに決まっているでしょう? ロイドさん」
あきれたように彼に声をかけたのはセシルである。ルルーシュが視線を向ければ、彼女は小さく頷いてみせた。
「というわけで、きちんと説明をして上げてくださいね。ご自分でする、とおっしゃったんですから」
にっこりと微笑みながら彼女はこう告げる。
「わかってるよぉ」
ちゃんと説明をするから、とロイドと呼ばれた人物はルルーシュの肩の上で言い返した。
「……ロイド……アスプルンド伯?」
聞き覚えがある名前だが、本人だろうか……と思いつつルルーシュは確認のために問いかける。
「せぇかぁい。僕のこと、知っているのぉ?」
「論文は、いくつか読ませて頂いています」
面白かったので、と付け加えれば、いきなり彼の腕に力がこめられた。
「セシル君! この子、貰っちゃダメかなぁ?」
今から自分が教育をすれば、十分に有能な研究員になれるよぉ、と彼は言葉を重ねる。
「ロイドさん?」
しかし、セシルの口から出たのは厳しい声だ。
「それは、もう少し後にしてからにしてください。ルルーシュ君にしても、いきなり言われても困ることでしょう?」
第一、彼の希望はどうするのか。そうも彼女は言ってくれる。
「どうしても『欲しい』とおっしゃるのでしたら、これからのご自分の行動でルルーシュ君にアピールしてください」
「……はぁい」
わかっているよぉ、と彼は言い返した。
「というわけでぇ、まずは、アピール第一弾」
言葉とともに、彼はルルーシュの顔の前に小さな通信機らしきものを差し出した。
「ルルーシュ君と特派限定の通信機だよぉ。スザク君にも直通で繋がるから。もちろん、スザク君からも連絡が取れるよぉ」
というわけで、携帯がなくても大丈夫……と彼は笑う。
「でも、ロイドさん」
自分は名誉ブリタニア人だ、とスザクが口にする。
「大丈夫だよぉ。これは普段使っているヘッドセットで繋がるからぁ」
だから、スザクが持っていてもおかしくはない。その言葉に、ルルーシュは首をかしげる。
「ひょっとして、軍の回線を使うのですか?」
これは、と眉をしかめた。
「だから、実験用だよぉ。僕たちは基本的に全員セットだからぁ。他の場所からどれだけクリアな状態で、なおかつ暗号化した通話が出来るかどうか。確認したいんだよねぇ」
ルルーシュは租界内ならあちらこちらに動くだろう。
逆に、作戦中は自分たちが租界を離れる。
それでもクリアな状態で通話できるかどうか。それを知りたいのだ。ロイドはそう言って笑う。
「大丈夫。上司の許可は取ってあるからぁ」
だから、安心していいよぉ……と彼は口にする。
「今回だけは素直に信じてくれていいわよ」
セシルもこう言って頷いてみせた。
「ルルーシュ。セシルさんもこう言ってくれているから大丈夫だよ」
でも、後で使い方を教わらないと……とスザクも笑う。それならば大丈夫なのだろうか、とルルーシュは判断をした。
「わかりました。ではマニュアルをいただけますか?」
そう言って微笑む。
「こちらよ」
この後はセシルが説明をしてくれるようだ。その事実にほっとしながらルルーシュはロイドの腕から抜け出す。
「お礼は、今晩のご飯でいいよぉ」
そんな彼の背中に向かって、ロイドのこんなセリフが投げかけられる。
「ロイドさん!」
いったい、どうしたというのだろうか。次の瞬間、セシルが彼に向かって手にしていたファイルを投げつける。
「……ストライク……」
見事に彼の顔面にヒットしたそれを見て、ルルーシュとスザクはほぼ同時にこう呟いていた。
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08.08.14 up
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