「中の様子はどうなっている!」
 苛立ちを隠せないという様子でコーネリアはギルフォードに問いかけている。
「申し訳ありません……どうやら、携帯に関しては通信が出来ぬようにジャミングされているようです」
 中にいるSP達と連絡が取れない。そう告げてくる。
「……そうか……」
 この言葉とともにコーネリアは唇を噛む。
 現在、目の前のホテルは日本解放戦線を名乗る者達によって占拠されている。
 それだけならば、無条件で突入を命じられた。
 しかし、今回はそれが出来ない。
「ユフィとルルーシュは、無事だろうか……」
 人質の中に大切な弟妹がいるのだ。しかも、一人は失ったと思っていた存在が幸運のおかげで手元に帰ってきてくれた存在だ。迂闊な行動をとってまた失うようなことになっては嘆くに嘆けないだろう。
「ルルーシュが昔のままの性格なら……あの子は体を張ってでもユフィを守ろうとするだろうしな」
 それでは意味がない。
 だからといって、このままでもいつあの二人の命が失われるかわからないのだ。
「現在、何とかホテル内に人員を送り込もうと努力をしております。今しばらくお待ちください」
 必ず、二人を無事に助け出してみせる。ギルフォードはきっぱりとした口調でそう続ける。
「ギルフォード……」
「姫様の大切な方々であれば、それをお守りするために尽力するのは、騎士として当然のことかと」
 それによって、コーネリアが安心して指揮を執れるのであればなおさらだ。そう言って彼は微笑む。
「ユーフェミア様は、姫様だけではなくブリタニアにとっても必要です。ルルーシュ様は、ダールトン将軍にとっても大切な方なのですし」
 ならば、同僚としても彼を救うために努力をしたい。そうも彼は続ける。
「……だからといって、兵に無理をさせるな」
 記憶を失っているとはいえ、ルルーシュの優秀さは変わっていないらしい。だから、状況さえ許せば、あの子が何か対策をとるのではないか。ユーフェミアが側にいるのであれば、きっと、そのフォローをするだろう。
 しかし、それを黙って待っているのも辛い。
「ともかく、侵入ルートの確保をさせてくれ」
 たとえ一人でも構わない。ルルーシュ達の元へたどり着いてくれれば、事態は打開できる。
 いや、それが出来なくとも内部の状況さえつかめれば、対策が取れるのではないか。
「Yes.Your Highness」
 コーネリアのこの言葉に、ギルフォードはしっかりと頷いてみせる。
「姫様のお心に沿うことが、私の幸せですから」
 そう言って笑う彼は、間違いなく自分だけの騎士だ。コーネリアはその思いと共に、淡い笑みを返した。

 そのころ、ゼロはコーネリア達がG1ベースを置いている場所を見下ろせる高台にいた。
「……ブリタニアの魔女が動かぬとは……何か理由があるな?」
 ベース自体には大きな動きが見られない。先ほどから小規模な斥候が出入りしている程度だ。
「確か、この地の副総督として赴任しているのは……ユーフェミア皇女か?」
 慈愛の皇女、と呼ばれているお飾りの少女。その少女をコーネリアが溺愛していているというのは有名な話だ。
「それに、あれもいるからな」
 いつの間にか側にいたC.C.がこう囁いてくる。
「……あの子がいる、ということはカレンも一緒か」
 ならば、あの子は大丈夫だな……とゼロは仮面の下でうっそりと笑う。
「だろうな。あれはお前の言葉には無条件で従う」
 だから、正体がばれようともルルーシュを守るだろうな、とC.C.も同意をする。
「しかし、それは得策ではない」
 まだ、カレンにはルルーシュの側にいてもらわなければいけないのだ。それに、とゼロは付け加える。
「これは好機、だろう?」
 自分たちの存在を世に知らしめるための……と視線をC.C.に向けた。
「そうだな」
 確かに、これはチャンスだ……と彼女も同意をする。
「だが、それは偶然ではないだろう?」
 自分でしくんだくせに、と楽しげな口調で目を細めた。
「その程度しか役に立たない者達だからな」
 自分にとって、とゼロはそう言い返す。己が仮面の下でどのような表情をしているのか、きっとC.C.にはわかっていることだろう。その確信もゼロにはあった。
「あの者達の中で欲しいのは、本当に一握りだ」
 それを手に入れるためにもまずは今回のことを成功させなければいけない。それも、必要な存在には傷一つつけずに、だ。
「さて、ブリタニアの魔女殿に会いに行くか」
 くすくすと笑いを漏らしながらゼロはきびすを返す。
「せいぜい、その弁説で有利な条件を勝ち取ってくれ」
 その背中に向かって、C.C.がこんな言葉を投げかけてきた。

 コーネリアをはじめとしたブリタニア軍が動いていることは否定しない。しかし、未だに助けが来ないと言うことは、かなり厄介な状況だ、と判断していいのだろうか。
 それとも、連中の用意が周到だった、というべきなのか……とルルーシュは周囲を確認しながら心の中ではき出す。
 内部の状況がわからないから動けないのかもしれない。
 そちらの可能性の方が高いのではないか。
 ならば、自分たちが何とかしなければいけないような気がする。
 しかし、どうやって連絡を取ればいいのか。携帯は全て取り上げられているのに、と考えながら、何気なく襟元へと手を移動させた。少し息苦しい。だから、襟元をゆるめれば、あるいは……と思ったのだ。
 その途中、胸ポケットに入っている何かが指先に触れた。
 自分はいったい、何をここに入れていただろうか。
 そう考えた瞬間、あの胡散臭い白衣の人物の面影が脳裏に浮かぶ。
「……これは使えるのか?」
 一応、スザクに連絡が取れることはわかっている。しかし、今の状況で使い物になるのだろうか。それはわからないが、可能性にかけてみるしかない。このままでも事態が好転する可能性は少ない、と思えるのだ。
 そう判断をして、そっと指先でそれをつまみ上げる。そして、掌に隠すようにポケットから出した。
「……ルルーシュ……」
 何をしているんだ、とリヴァルがそっと問いかけてくる。
「頼むから、黙っていてくれ」
 失敗したら、アウトだ。ルルーシュは唇の動きだけでそう伝える。それに彼は静かに頷いてみせた。
「それよりも、ニーナを頼む」
 元々、彼女はイレヴンに恐怖に近い感情を抱いている。それでも、みなに迷惑をかけまいと頑張っているが、そろそろ限界だろう。
 いや、限界が近いのは彼女だけではないはず。
 ここで何かがあればその者達はパニックを起こすのではないか。
 その場合、命を失うのは独りではすまないだろう。自分はともかく、ユーフェミアだけは何があっても守らなければいけないのに、とルルーシュは心の中で付け加える。
「わかっているって……」
 ミレイ達が側にいてくれるから、まだ大丈夫だとは思うが……とリヴァルは囁いていた。そのまま、ルルーシュの姿をテロリストから隠すように微かに体勢を変える。それに感謝をしながら、ルルーシュは手早く手の中の機器を操作した。
「うまくいってくれればいいが……」
 ロイドの言葉を信じていないわけではない。だが、試作機である以上、不具合がでる可能性は否定できないのだ。
 しかし、今はこれにかけるしかない。そう思ってルルーシュはスイッチを入れる。
「頼むから……今日は空気を読んでくれよ」
 ここで大騒ぎをされては今自分の手元にあるものがばれてしまう。それでは意味がない。
 もっとも、自分がどこにいるかは彼も知っている。だから、大丈夫なのではないか。
「できれば、俺はお前とももう一度会いたいんだからな」
 そう呟くと、ルルーシュはそれをまた胸ポケットへと戻した。
「大丈夫よ、ニーナ……必ず、助けが来るわ」
 その時である。ミレイの囁きが耳に届いた。
「……ニーナ」
 大丈夫だから、と同じように口にしながらシャーリーもニーナを抱きしめている。
「……まずくねぇ、あれ」
 ぼそり、とリヴァルが問いかけてきた。
「そろそろ限界だろうな、ニーナは」
 いっそ、気絶をしていてくれた方が彼女のためかもしれない。しかし、どうやっても、そうなれば連中の注意を集めてしまうだろう。
 もっとも、今のままでも時間の問題だと言っていい。
「……ニーナが崩れれば、それが周囲に波及する可能性がある」
 それがパニックに繋がれば、おそらく、この場にいる者達は無事ではすまないだろう。
 しかし、どうすればいいのか。
「……イレヴン……恐い……」
 彼女のこの言葉が連中の耳に届かなければいい。そう考えるのは希望的観測だろう。
「今、なんて言った!」
 しっかりと彼女の呟きは見張りの者の耳に届いてしまった。
 いや、それだけならばまだましだったのかもしれない。
 男は大股にニーナに歩み寄ってくる。そして、そのまま彼女の腕を掴みあげた。
「いやぁ! イレヴンなんて!」
 それが彼女をパニックに追い込む。
「ニーナ!」
 慌てたようにミレイが彼女の体を取り戻そうと動き出す。
「その子は、精神が不安定なんです!」
 さらにシャーリーもだ。
 女性陣がこれだけ奮闘をしているのに、自分たちが何もしないというわけにはいかないだろう。
「日本男児は、か弱い婦女子には優しいと聞いている。その子は精神的に不安定だから、ここに静養に来たんだ。多少の慈悲は与えてくれてもいいのではないか?」
 ミレイの言葉を裏付けるようにルルーシュも言葉を口にする。
「だが、この女は……」
「……それとも、お前は日本男児ではないのか?」
 何かを言おうとしている男に向かって、ルルーシュはこうたたみかけた。  その瞬間、左目が少しだけ熱く感じる。
「……そうだな」
 確かに、自分は日本男児だ。こう言いながら、男はニーナを放り出すように解放した。
「こんな弱々しい女子供よりも、もっとインパクトのある相手の方がいいな」
 こう言いながら男は他の獲物を探し出す。
「お待ちなさい!」
 だからといって、この行動だけは避けて欲しかった。そう言いながらルルーシュはユーフェミアへと視線を向ける。
「わたくしは、ブリタニア第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアです! あなた方の指揮官の所へ案内しなさい」
 しかし、彼女の性格を考えればこれは当然のことなのか。それならば、とルルーシュはため息とともに立ち上がる。
「俺はルルーシュ・L・ダールトンだ。養父はコーネリア殿下専従騎士のアンドレアス・ダールトン。交渉の際の人質には十分有効だと思うが?」
 この言葉に、相手はどうしていいのかわからないというように目を丸くしていた。





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08.08.29 up