いきなりルルーシュ側から回線が開かれた。
 それに関しては文句はない。
 ルルーシュが目の前のホテルの中で人質になっていることはわかっているのだ。だから、内部の様子がかいま見られる、とそう思っていたのもつかの間。
『わたくしは、ブリタニア第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアです! あなた方の指揮官の所へ案内しなさい』
 とんでもないセリフが耳に届く。
『俺はルルーシュ・L・ダールトンだ。養父はコーネリア殿下専従騎士のアンドレアス・ダールトン。交渉の際の人質には十分有効だと思うが?』
 さらに追い打ちをかけるようにこんなセリフも聞こえてきた。
「ダメだよ、ルルーシュ!」
 草壁は、記憶を失う前の彼を知っている。せっかく忘れて、穏やかに暮らしているのに、それを打ち壊されるかもしれないじゃないか。
 心の中でスザクはそう続ける。
 ともかく、すこしでも早く突入をしないと。しかし、勝手に動くことは許されていない。その事実がこれほど歯がゆいとは思わなかった。
「ロイドさん!」
 それでも、ルールを無視することは出来ない。そう判断をして、上司へと声をかける。
『わかってるよぉ。こちらでもモニター中』
 ついでに、今、コーネリアに連絡を取っている最中……と彼は続けた。
『スザク君』
 口調を変えるとロイドは呼びかけてくる。
『ひょっとして、彼と犯人、顔見知り?』
 いったい、どうして彼はこう問いかけてきたのだろうか。
「ロイドさん?」
『それによって、重要度が変わってくるからさぁ』
 ひょっとして、彼もルルーシュが何者であったのかを知っているのかもしれない。
「ロイドさん……」
『心配しなくていいよぉ。僕もセシル君も、今のルルーシュ君が大切だからぁ』
 だから、今の彼を取り戻したいのだ。そう続ける言葉を信じていいのだろうか。
 だが、ロイドがランスロット以外でこんな風に口にすることは珍しい。だから、信じてもいいような気がする。
 何よりも、ルルーシュをあそこから早々に救い出せるのであれば、多少のことは妥協した方がいい。そう判断をした。
「……確か、そうです」
 こう告げれば、ロイドは『ありがとぉ』と言い返してくる。
『すぐに出撃許可を取るから、そのままランスロットで待機していてねぇ』
 そのまま、彼は即座にこう続けた。
「わかりました」
 それこそが自分の願いだから、待つことに関しては構わない。しかし、そう長い時間は不可能だ。自分でも、いつ、我慢の限界が来るのかわからない。
 いつ、耳元のヘッドセットから聞いてはいけない物音が届くかわからないのだ。
「でも、出来るだけ早くお願いします」
 多少の無理なら通してしまうから、と心の中で付け加える。
『わかっているよぉ』
 僕も、そんなに気が長い方じゃないからねぇ……と言う一言を残して、ロイドはモニターから姿を消した。
「……本当……邪魔だよね」
 あの人達、とスザクは口の中で呟く。
 かつては同じ世界にいた者達。中には親しくしてくれた人間もいる。そんな人たちに好意を抱いていないわけではない。
 しかし、彼等は今でも過去の世界で生きている。
 自分たちはもう、新しい未来へと歩き出したのに、だ。
 何よりも、彼等は今、自分の一番大切なものを壊そうとしている。
「許せないから……排除させてもらうよ」
 こう言ってスザクは唇の両端を持ち上げた。

 特派からの連絡に、G1ベース内は驚愕に揺れていた。
「……何故、回線が……」
 繋がるのか、とコーネリアは呟いている。それに、ダールトンが口を開く。
「特派が開発中のヘッドセットのテストに、あの子が付き合われているからでしょう。以前、本人から報告がありました」
 理由が理由だったために、コーネリアへの報告をためらってしまった。そう、彼は言葉を続ける。
「……理由?」
「クルルギと、自由に連絡を取りたかったそうで……」
 ルルーシュは彼を気に入っているから、とダールトンは続けた。
「クルルギの方もあの子の記憶を刺激するようなことは口にしていません。辛うじて、ナナリー様のことだけはあの子に教えていたようですが」
 それがルルーシュにとっては嬉しいことだったようだ。だから、足繁く彼の元に通っていたのだろう。
 しかし、スザクも結局は軍人だ。状況によっては話が出来ないこともある。何よりも彼は名誉ブリタニア人だ。だから、携帯をはじめとした市販の連絡ツールを持つことを許されていない。
「アスプルンド、だったな。あそこの主任は」
 だからといって、とコーネリアはため息をつく。
「まぁ、此度はそれが役に立っている。私は聞かなかったことにしておこう」
 それよりも、とコーネリアは眉根を寄せた。
「テロリストの首謀者が、あの子の顔を知っているというのは事実なのだな?」
 まずは、それを確認しなければいけない。そう口にしながら彼女はダールトンを見上げてきた。
「……あの二人が当時の《日本》に来たときに、護衛の任に付いていたとか」
 これもクルルギの話ですが、と彼は続ける。
「そうか」
 言葉とともにに彼女は唇を噛む。
「そうとわかっていれば、もっと別の方法があったものを」
 あのような怪しい人間の力を借りなくともすんだのではないか。
「視点を変えられたらいかがですか?」
 そんな彼女に向かって、ダールトンはこう告げる。
「視点を?」
 いったいどのような、と彼女は言外に問いかけてきた。
「はい」
 普段であればすぐに答えを口にするようなことはない。彼女の意見を聞いてから助言をする。それが教育係としての自分のスタンスだとダールトンは考えていた。
 しかし、今回ばかりはそういうわけにはいかない。
 一分・一秒の差で大切な存在を失う事になりかねないのだ。
「あのものが何をしようとしているのかはわかりません。ですが、テロリストの目があちらに向いているのではないか、と愚考致します」
 その間であれば、侵入できるのではないか。そう続ける。
「だが……地下のルートは使えぬぞ?」
 あそこが一番ふさわしい。だが、それだからこそ、あちらもそれなりの準備を整えていた。ナイトメアフレームを数機つないで作られた放題が鎮座している。あれのためにどれだけの被害を受けたか、ダールトンもしっかり認識していた。
「……アスプルンドが、現在開発中の機体であれば可能だ、と」
 その言葉がどこまで信用できるかはわからない。だが、陽動が二カ所になるだけ、と考えればいいのではないか。
 彼はそう口にする。
「……そうだな……」
 誰か一人でいい。騎士があの二人の元へたどり着ければいいのだ。そのためには、テロリストの目をどこかに集めなければいけない。
「あれらのおもちゃが作戦を遂行できれば、それはそれで構わないことか」
 ルルーシュはスザクを信頼している。だから、彼が助けに行けば、それはそれで喜ぶだろう。ユーフェミアも、あれは気に入っているようだ……とコーネリアは頷く。
「わかった」
 ロイドに直接話をする、と彼女は続ける。
「確認しておきたいこともある」
 それを確認してからでなければ、出撃の許可は出せない。彼女はそうも付け加えた。
「……それでしたら、今、回線が繋がっております故」
 こちらに回しましょう、とダールトンは言い返す。
「頼む」
 あるじの言葉を耳にしてからすぐに、彼は指示を出した。もっとも、そうなるであろう事は予想してあった。だから即座に彼女の前のモニターにロイドの姿が現れる。
『はいは〜い。ご指名、ありがとうございますぅ』
 いつもの、真面目とはとうてい思えない口調で彼はこう言ってきた。その瞬間、コーネリアの眉根がよる。
「出撃の許可を出す前に、確認しておくことがある」
 それでも、この場でそれに関して文句をいう間も惜しい。そう判断をしたのか。渋面を崩さずにコーネリアは口を開く。それは、間違いなく、あの二人の命を最優先に考えているからだろう。
『何でしょぉかぁ!』
 ルルーシュに渡した通信機のことなら、きちんと許可が出ている。ロイドは即座にこう言い返してきた。
「……そのことではない」
 役に立っている以上、文句を言う必要はないだろう。そう考えるのがコーネリアだ。
「私が聞きたいのは、お前達の上司……シュナイゼル兄上がどこまでご存じなのか、ということだ」
 あの子をどうするつもりなのか。言外に彼女がそう問いかけたのがダールトンにもわかった。
『元気で笑っていてくれるならば、それ以上は何も望まない、だそうです』
 それ以外に何も望まない、と言っていた。ロイドはそう続ける。
『当面は、信用して構わないんじゃないでしょうかぁ』
 少なくとも、今は彼を連れ戻すことはないだろう。彼のその言葉にコーネリアは頷いてみせる。
「なら、クルルギに伝えておけ。何があっても死ぬな、と」
 決して、あの子にまた、喪失の悲しみを味あわせるな……と彼女は付け加えた。
『それって、出撃許可、と判断してよろしいんですよねぇ?』
 にぱっと笑いながらロイドは確認してくる。
「アスプルンド……」
 それは不敬だろう、とダールトンは彼をにらみつけた。
『スザク君には、間違いなく伝えさせて頂きますよぉ。僕たちの誰も、彼の涙は見たくありませんからぁ』
 だから、安心してくれていい。この言葉とともに、ロイドはモニターから姿を消した。
「ダールトン」
 それを確認してから、コーネリアは彼を見上げてくる。
「何でしょうか、姫様」
 まだ何か手を打つおつもりか。そう思いながら、彼は静かに問いかける。
「ここはギルフォードに任せて、お前はグラストンナイツと共に待機していろ。その後の判断は、任せる」
 何かあれば、すぐに突入しろ。そう言いたいのだろう、彼女は。
「承りましてございます」
 息子達も末っ子のことを心配しているだろう。だから、許可が出ればすぐに行動に出るのではないか。
 そんな彼等をこの場にとどめておく方が大変かもしれない。
 こう考えると同時に、彼女の気遣いが嬉しいと感じてしまった。






INDEXNEXT




08.09.05 up