振動で意識が戻った。
「……にい、さん?」
どうして、彼等が自分の顔をのぞき込んでいるのか。ルルーシュには一瞬、理解できなかった。
しかも、だ。
彼等は揃ってパイロットスーツを身に纏っている。
今まで、そんな姿で自分の前に現れたことはないのに。そんなことも考えながら、身を起こそうとする。
「まだ、横になっていろ」
具合は悪くないな? とデヴィットが問いかけてきた。
「……具合?」
別に、とルルーシュは言葉を返す。
しかし、どうしてここまでこの義兄達が不安そうな表情をしているのだろう。それ以前に、どうして彼等が揃ってここにいるのだろうか。
そう考えたときだ。ルルーシュの脳裏に先ほどまでの光景が怒濤のようによみがえってくる。
「あっ!」
とっさにルルーシュは体を起こそうとした。それを、デヴィットがとっさに制止してくる。
「ユーフェミア皇女殿下も、お前の友人達も、みな無事だよ。だから、安心しろ」
検査が終わったら、みんなに会わせてあげるから……と彼は続けた。
「検査?」
「一応だ。あいつにガスを吸わされただろう?」
それが、誰のことを言っているのか、ルルーシュにもわかる。
「……ユフィ――ユーフェミア皇女殿下は?」
同じ部屋にいたのだから、彼女もガスを吸っているはず。それが睡眠ガスであったとしても、検査はすべきだろう。いや、優先順位であれば彼女の方が上ではないか。
「あの方は、まだ意識が戻っておられない。おそらく、体格の差、だろうな」
吸ったガスの量は同じでも、体格に差があれば作用の度合いも違う。
「ただ、その効果が切れれば、意識は戻られるだろう、とのことだ」
それでも、何か副作用が出る可能性がある。だから、その前にルルーシュで確認をしたいと言うところだろう……と彼は笑った。
「それは、当然ですね」
自分に以上があれば彼女にも同じような反応が出てくるに決まっている。だから、とルルーシュは頷いてみせた。
「ということで、移動しような」
兄さんが運んでやろう。そう言いながら、デヴィットはルルーシュの体を横抱きに抱え上げる。
「義兄さん!」
いわゆる、お姫様抱っこ……という状況は嬉しくない。一応、ルルーシュだって男なのだ。
「気にするな」
暴れると落とすぞ、と彼は笑う。
「なら、その前に下ろしてください!」
自分で歩けます! とルルーシュは叫ぶ。
「いいから、いいから」
たまにはお兄ちゃんらしいことをさせろ、と彼は満面の笑みと共に口にする。そして、そのまま歩き出した。
「それは意味が違います!」
ルルーシュのこの訴えは、綺麗さっぱりと無視されてしまう。そして、今回に関して言えば、彼に助けの手は伸びてこなかった。
首謀者は全員死亡。捕縛できたのは、下っ端ばかり、という事実に、コーネリアの機嫌は急降下していた。
「姫様」
そんな彼女の側にギルフォードが静かに歩み寄ってくる。
「彼の意識が戻ったそうです」
この言葉に、コーネリアは少しだけ安堵の表情を浮かべた。
「そうか。なら、ユフィもすぐに目が覚めるな」
二人の無事は確認していたが、意識が戻るか戻らないかの差は大きいだろう。彼がこの一言以外何も言わないと言うことは、意識が戻っただけではなく、後遺症も何もなかった、ということではないか。そう判断もした。
しかし、いったい何があったのだろうか。それが気にかかる。
「はい」
「……あぁ、そうだ。ダールトンに、彼の顔を見てこい、と伝えてくれないか?」
本来であれば、自分が足を運びたい。だが、それではあの子の本来の身分が気付かれる可能性がある。
せっかくルルーシュが幸せそうに笑っているのに、だ。
だから、こらえなければいけない。
しかし、何かきっかけがあれば、彼の元に行っても構わないのではないか。そう考えている自分に、少しだけ嫌気がする。
「かしこまりました。きっと、将軍もお喜びになります」
そんな自分の内心に気付いているのだろう。しかし、それをとがめるようなことをギルフォードはしない。代わりに、静かな口調で、こう告げるだけだ。
「頼む」
コーネリアのこの言葉に、ギルフォードは頷く。そのままきびすを返すとダールトンの元へと向かった。
「……しかし……」
その背中を見送りながら、コーネリアは意識を切り替えるために言葉を口にする。
「貴様は、いったい、何を考えている」
ゼロ、と紅が引かれた唇が相手の名前をはき出した。
「確かに、今回は貴様の介入で人質は無事だった……」
しかし、その意図が今でもわからない。パフォーマンスだけならば、このような危険を冒さなくてもよかったのではないか。
だが、今回でなければ行けない理由があったのかもしれない。
それは何なのか。
「……理由は、犯人か……それとも、人質か……」
確かに、人質には有力な貴族も多かった。しかし、その者達に恩を売ったところで黒の騎士団に利益をもたらすとは思えない。少なくとも、あの者達は主義者ではないのだ。
だからといって、ユーフェミアを狙ったわけではないはず。
彼女はまだ、皇族として目立った功績を挙げていない。言葉は悪いが、ブリタニアにとって切り捨てても問題はない存在だと言える。もちろん、自分がそのようなことをさせるつもりはないが。
何よりも、彼女の存在は諸刃の剣にしかならないはず。
ではいったい……と考えたところで、ある可能性を思いつく。
「まさか……」
ただ一人、あの者達にとって確実に有益になると思える存在がいた。
「奴らの狙いは、ルルーシュ、か?」
ブリタニアがこの地に攻め入るための口実にされた《悲劇の皇子》。その皇子が生きて、なおかつ、テロリストに味方をしていた……となればどうなるか。
「ようやく、あの子を取り戻したのに……」
この手でその命をつみ取らなければいけなくなる。
そんなことが出来るはずがない。出来るはずがないだろう、とコーネリアはさらに言葉を重ねる。
「何があっても、あの子を守らなければ……」
それにはどうすればいいのか。まずはそれを考えなければいけない。
「落ちこんでなどいられぬな」
そんなことをしている暇があるのであれば、ルルーシュを守るための手段を考えた方がいい。それでなければ、ゼロと黒の騎士団を壊滅させるための手段か。
「あやつらの狙いが何であろうと、我が弟の敵であることは事実だ」
そうである以上、己の名において手加減はしない。そういって微笑む彼女は《ブリタニアの魔女》と怖れられた姫将軍のそれだった。
ようやく許可が出た。
待ちかねていたそれに、スザクは気持ちを抑えきれない。その思いのまま、全速で目的地へと向かう。
「ルルーシュ!」
言葉とともに、室内へと駆け込んだ。
「スザク?」
そうすれば、ベッドの上に座っていたルルーシュが小首をかしげながら彼の名を口にする。
「よかった……」
彼のその様子から判断をして、ケガとか何かといったことはないらしい。それはわかった瞬間、スザクは安堵のために足から力が抜けていくのを感じた。そのまま、床に膝を着く。
「君が無事で」
不安だったんだ、と付け加えればルルーシュが微苦笑を浮かべた。
「大丈夫だ。そう簡単には死なない」
死ぬつもりもない。そういいながら、彼は立ち上がる。そして、真っ直ぐにスザクへと歩み寄ってきた。
「そんなことになったら……あの子に申し訳が立たない」
それが誰のことを指しているのか。スザクにはわかってしまう。
「そうだね……君は、あの子の分まで生きないと……」
そして、自分はそんなルルーシュを守るのだ。そう心の中で呟きながら、スザクはすぐ側まで歩み寄ってくれた彼の顔を見上げる。
次の瞬間、信じられないものを見つけてしまった。
「ルルーシュ!」
反射的にスザクは叫び声をあげてしまう。
「どうした?」
その声がうるさかったのか。ルルーシュは少し顔をしかめながらこう聞き返してきた。
「ルルーシュの顔に、傷が付いている!」
どこの誰が、そんなものをつけたんだよ! とスザクは口にしながら腰を浮かせる。そして、ルルーシュの頬を自分の手でそっと包みながら、その傷をまじまじと見つめた。
「……よかった……残らないね、この程度なら……」
もし残るようだったら、今すぐ黒の騎士団をつぶしに行こうかと思っていた……とスザクは付け加える。
「何を言っているんだ、お前は」
それに、ルルーシュはあきれたように言葉を口にした。
「俺は男だぞ。傷の一つや二つあったところで、どうということは……」
「あるよ! ルルーシュの顔に傷が残ったら、僕だけじゃなく、ナナリーも悲しむ!」
ナナリーは君の顔が大好きだったんだから、とそう続ける。
「ちなみに、私も悲しむぞ」
その場に、第三者の声が響いた。
反射的に視線を向ける。
「義父さん……」
「……ダールトン、将軍……」
今の一言をどう理解すればいいのか。それよりも、今、彼がここにいていいのだろうか。
「ともかく、座りなさい。色々と、話を聞かせてもらいたいからな」
二人の視線を受けて、彼は静かに笑ってみせた。
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08.09.19 up
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