気が付けば、義兄達も集まってきていた。その事実に、少しだけ気後れしてしまうのはどうしてなのだろうか。
 こう考えながら、ルルーシュはスザクの隣に腰を下ろす。
「ルルーシュ……」
 どうして、とクラウディオが問いかけてくる。
「ここが一番、ケンカにならないかなって……」
 義兄達の誰の隣に座ってもそれぞれ文句を言われるから。ルルーシュは即座にこう言い返す。
「それなら、義父さんの隣でもいいじゃないか」
 ため息とともにこう言ってきたのはエドガーだ。
「……それでは、私がルルーシュの顔を見られないだろう?」
 低い笑いと共にダールトンがこう告げる。
「お前達は、今までにもルルーシュの側にいる機会があったかもしれないが、私は本当に久々なのだぞ」
 じっくりとその顔を見させてくれ……と笑う彼の言葉を、どこまで真に受けていいのだろうか。
「……義父さん……」
 ともかく、そんなことを言われて困るのは自分だ。だから、少し自重してくれないだろうか。
「今のは本音だからな」
 しかし、ルルーシュの気持ちを読み取ったかのように、彼は言い切る。
「だが、それよりも、先に確認しておきたいことがある」
 構わないな、と彼は表情を引き締めると問いかけてきた。それは、コーネリアの副官としてのそれだろう。
「特派のおかげでお前とユーフェミア様がどのような状況にあったのか、一応こちらでも確認できていた」
 だからこそ、ルルーシュに確認をするのだ、と彼は続ける。
「お前の目から見て、ゼロ、とはどのような相手だった?」
 この言葉に、ルルーシュは少しだけ目を見開く。しかし、この問いは、ある意味、予想していたものだ。
「……恐い、相手です」
 だが、この言葉で納得してもらえるかどうかはわからない。そう思いつつも、この言葉しか出てこないのだ。
「ルルーシュ?」
 それはどういう事か、と言外にダールトンが問いかけてくる。それだけではない。周囲にいる義兄達もだ。
 だが、ルルーシュは自分の中にその感情を表現できる言葉を見つけられない。いや、見つけているのだが、言葉にならない……と言うべきなのか。
 しかし、伝えなければいけない。
 そう考えていたときだ。誰かの手が自分のそれを包み込んでくる。
 いったい誰が。そう思いながら視線を向ければ、スザクのそれが確認できた。考えてみれば、彼しか考えられない。ダールトンも義兄達も動いていないのだ。
「大丈夫?」
 翡翠の瞳が真っ直ぐにルルーシュを見つめてくる。
「……あ……あぁ……」
 その瞳を見つめているだけで、安心できるのはどうしてなのだろうか。
「大丈夫だ……何と言えば、わかってもらえるのか……それを考えていただけだから」
 その疑問を口にする代わりに、ルルーシュはこう告げる。
「ならいいけど……何か、辛そうだったから」
 スザクのこの言葉に、ルルーシュは思わず目を見開いた。まさか、気付かれているとは思わなかったのだ。
「それでも……言わないわけにはいかないからな」
 自分の言葉で、少しでもみなの役に立つなら。ルルーシュはそう付け加える。
「ゼロは、ブリタニアの《皇族》に恨みがある。そういっていた」
 しかし、ブリタニアは皇族――いや、皇帝がいなければ成り立たない。現皇帝であるシャルル・ジ・ブリタニアの代わりができるものは現在の皇族にいるのだろうか。皇帝の座に一番近いと言われているシュナイゼルですら、まだ無理なような気がする。
 しかし、どうしてそう思うのだろうか。
 自分は、彼等をよく知らないはずなのに。
 なのに……と一瞬混乱する。しかし、それはひょっとしたら失われた記憶と関係しているのかもしれない、とすぐに思い直す。
 だとするならば、ゼロに対する恐怖も同じように自分の失われた記憶の中に答えがあるのかもしれない。
 しかし、どこで……と考えても答えが見つかるはずがない。
「俺は……どこかで、あいつに会ったことがある、のか?」
 否定をしたいが、と思いながら思わず、こう呟く。
「ルルーシュ?」
 反射的にスザクがルルーシュの顔をのぞき込んでくる。
「顔が見えないから、と言う得体の知れない相手に対する恐怖ではない。あいつに感じたのは……何と言えばいいのか……」
 いくら考えても答えは出てこない。
「ダメだ……うまく伝えられない……」
 言葉とともに、深く息を吐き出す。
「いっそ、記憶が戻った方がいいのか?」
 そうすれば、全てが解決するような気がする。ルルーシュは思わずこう呟いてしまった。
「ダメだよ!」
 しかし、それに即座にスザクがこう言い返してくる。
「スザク?」
 いったいどうしたんだ、とルルーシュは逆に聞き返す。
「……記憶を失うのは、思い出すと心が壊れるような体験をしたからだって、聞いたことがあるんだ」
 ルルーシュが記憶を失うことになったのがどうしてなのかを自分は知らない。でも、きっと、それを思い出したらルルーシュが苦しむだけだと言うことだけはわかっている。スザクはそういいきる。
 彼だけがそういったのであれば無視が出来たのかもしれない。
「そうかもしれないな」
 だが、ダールトンまでがこう言って頷いてみせる。
「義父さん?」
「……義父上……」
 彼の言葉に、ルルーシュだけではなく義兄達も驚いたように彼を見つめた。
「お前の心を壊してまで、真実を知らなければいけないわけではないからな。それに……確実とは言えまい」
 なら、危険を冒す必要はないだろう。
「それに、姫様と我らが揃っているのだ。あのようなものに後れをとるはずがない」
 そうだろう、と彼は笑った。
「そうですね」
 アルフレッドが義兄達を代表して頷いている。
「だから、無理をすることはないよ、ルルーシュ」
 君は君であればいい。ルルーシュが出来ないことは自分たちがフォローをすればいいだけのことだ。そういって彼も微笑んでくれる。
「僕もルルーシュの側にいるから」
 さらにスザクがこう言って手を握りしめてきた。
「スザク」
 その彼の温もりが、何故かすんなりとしみこんでくる。それは、ゼロと会ったときとは正反対の感覚だ。
 それは、きっと、記憶としては思い出せなくても彼は昔からこう言ってくれていた、と言うことなのだろうか。
「ありがとう」
 だから、ルルーシュはスザクにこう告げる。
「当然のことだから……それよりも、もっと頼ってくれると嬉しいな」
 そうすれば、彼は微笑みながらこう言い返してきた。
「貴様!」
「後から出てきた癖に」
 その言葉を耳にした義兄達が騒ぎ始める。
「その前から、僕はルルーシュと約束していましたから」
 ルルーシュは覚えていないかもしれない。だが、自分は今でもはっきりと覚えているから。そういってスザクはさらに笑みを深める。
 それに、義兄達がまた騒ぎ出す。
「……お前達……小さな子供ではないのだから、いい加減にしないか」
 あきれたダールトンがこう告げるまで、その騒ぎは収まらなかった。

 ルルーシュの呟きは、ダールトンからビスマルクへ。そして、彼からシャルルへと伝えられた。
「……そうか……」
 しばらく後、彼はそうとだけ口にする。だが、すぐに口をつぐんでしまった。
「陛下」
 そんなシャルルにビスマルクは静かに呼びかける。
「ラウンズは、いつでも動かせます」
 我々は、シャルルの剣だ。命令があればどのような難関であろうと攻略してみせる。
「その必要は、あるまい」
 当面は、と彼はため息とともに言葉を返してきた。
「コーネリアも、そこまで無能ではあるまい」
 それに、ダールトンもいる。そう続けた。
「……ですが……」
 確かに、施政面でも軍事面でも心配はいらない。しかし、それだけではいけないのではないか。
「ラウンズが動けば、余計に相手を刺激するだけだ」
 だが、こう言われて、すぐに考え直す。
「では、他のものを内密に派遣させて頂きます」
 現状でもそれなりの対策はしている。だが、もし《ゼロ》の正体が自分が考えているとおりの相手であれば、それだけでは不安だ。
「……任せる」
 それに、シャルルは許可の言葉を口にしてくれた。
「ただし、あれの正体を、決して周囲に悟らせるな」
 あれには、普通の幸せを……と彼は続ける。
「わかっております」
 何故、彼がそういうのか、その理由はわかっていた。だから、ビスマルクもう頷いてみせる。
 ただ、彼――ルルーシュに、これだけ実の父親から愛されているのだ、と伝えられないことだけが心苦しかった。






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08.09.26 up