その後、どのような話が行われたのかはわからない。だが、何故かスザクが同じマンションへと引っ越してきていた。
「僕は、誰かの所に居候でもよかったんだけど……」
引っ越しの挨拶に来たスザクが、苦笑と共にこう言ってくる。
「……それは、俺の部屋か?」
苦笑と共にルルーシュは聞き返す。
「居候させてくれるの?」
即座にスザクが反応を返してきた。
「義兄さん達に殺されたいなら、止めないぞ」
その場合、自分の安眠は確保されるのだろうか。ルルーシュはこう言って首をかしげる。
「……やっぱり、ダメか……」
本気で残念そうにスザクは言葉をはき出した。
「だが、スケジュールが合うようなら、食事の支度ぐらいはしてやるぞ」
一人で食べてもつまらない。それに、一人分も二人分も、手間は一緒だ。こう言ってルルーシュは笑う。
「本当?」
それだけで表情が明るくなるのは彼らしいといていいのだろうか。
「その位ならな」
それで我慢しろ、と続ければ、彼は頷いてみせる。
「もちろんだよ!」
なら、毎朝一緒に校門の所まで行こうね……と彼は口にした。
「校門の所まで、って……お前の部署は別の場所だっただろう?」
「そうだったんだけど……何か、使いたい機器の関係で、アッシュフォード学園の大学部に異動になったんだ」
だから、タイミングさえあれば、帰りも一緒に帰れるね……とスザクは笑う。
しかし、ルルーシュにはそれが誰かが故意に行ったことではないかとすら思えてならない。それが誰か、と言えば、もちろん、自分の義父と義兄達だ。
「……何を考えているんだ……」
軍を私物化していないか、と思わず心の中でつっこんでしまう。もっとも、それを言うなら、許可を出す方も出す方ではないのか。
「いいんじゃない? 僕としては一緒に過ごせる時間が増えるのは大歓迎だよ」
何なら、毎日、特派に通ってくれてもいいよ……とスザクは満面の笑みと共に付け加えた。
「そうしたら、毎日、晩ご飯も作ってもらえるよね」
実現したら、ものすごく幸せだなぁ、と彼は言葉を重ねる。
「……スザク……」
自分は部外者だぞ、とルルーシュは一応主張しておく。それが彼の耳に届いているかどうか。
「ロイドさんに頼んでみよう。そうすれば、少なくとも僕たちの食事だけは確保されるよね」
セシルさんの手間が減るから、代わりにこんなセリフが耳に届く。
「少しは人の話を聞け」
まったく……とルルーシュはため息をついた。
「だって、そうしてくれるととても嬉しい」
ルルーシュが側にいてくれると、とても安心できるから……とスザクは真顔で言葉を口にし始める。
「もう、僕が見ていないところでルルーシュが危険な目に遭っているかもしれないって、そう考えるのはいやなんだ」
この前も、ルルーシュが助けられるまで本当に怖かったから……と真剣な表情で付け加えた。
「もう、そんなことはないと思うが?」
「そんなこと、わからないじゃない!」
現状では、何があってもおかしくはないんだ、とスザクは叫ぶ。そのまま、彼はルルーシュの体を抱きしめてきた。
「お願いだから……少しでも、側にいてよ」
そして、自分を安心させて欲しい。スザクはそういいながらさらに腕に力をこめてくる。
「スザク……」
彼がこんな風になるくらい、自分は心配をかけた……と言うことなのだろうか。
だが、今、自分はここにいる。それなのに、まだ彼の不安は解消されていないらしい。いや、ダールトン達にしても同じなのではないか。
だからこそ、特派の本拠地をアッシュフォード学園の大学部に移動させるなどという手段を執ったのかもしれない。
「……お前達は、何を心配しているんだ?」
理由がわからないまま悩むよりは、素直に問いかけた方がいいだろう。そう判断をして、こう問いかける。
「……本当に、わかってないの?」
少しだけあきれたような口調でスザクが聞き返してきた。
「《ゼロ》が君を『欲しい』って言っていたって……ユーフェミア殿下がおっしゃっておられたらしいじゃない!」
この言葉に、ルルーシュは記憶の中を探り始める。
「そういえば……そんなことも言われたな」
興味がないから忘れていた、とルルーシュは口にした。
「君ねぇ!」
「考えてみろ。俺はものではないんだぞ。きちんとした意志がある」
何よりも、自分は主義者ではない。だから、と付け加える。
「君がそのつもりでも、相手がそう考えているとは限らないんだよ?」
即座にスザクがこう言い返してきた。
「黒の騎士団に襲われて逃げ切れるの?」
体力ないくせに、とさらに彼は言葉を重ねてくる。それに関しては否定できない。
「……だが……」
自分の顔を知っているものはほとんどいないだろう。ダールトンや義兄達と違って、自分は普通の学生でしかないのだから……とルルーシュは口にしようとした。
「何があるか、わからないんだよ……お願いだから、僕の前から、また消えないでよ」
自分が守るから、とスザクは続ける。
「僕の側にいて」
それで、笑っていて……と口にしながら、スザクはルルーシュの胸に顔を埋めた。
「君を守りたいんだ……君だけが、僕にとって残された唯一の幸せの象徴なんだよ……」
だから、消えないで……と彼はまた口にする。
「俺は、ここにいるだろう?」
そして、どこにも行かない。ルルーシュはこう言いながら、そんなスザクの背中を抱きしめてやるしかできなかった。
結局、それが契機になったのか。ルルーシュは時間が許せば、放課後、特派のラボによってくれると約束をしてくれた。
そうでないときには、もちろん、自分が彼を迎えに行くのだ。そのための許可証はロイドが手配をしてくれるらしい。それはありがたい、とスザクも思う。
だが、それもこれも、ルルーシュを守るためだ。
「本当、変わってないよね、ルルーシュは」
昔から、彼は自分のためよりも誰かのために動くことの方が多かった。今回、妥協してくれたのだって、自分がああいったからだろう。
でも、それで彼の身に降りかかるかもしれない危険が減るのであればいい。
何よりも、自分が側にいられる時間が増えるから……とスザクは笑った。
「そうしたら、君の心がもっと近づいてくれるかな」
ルルーシュの中では、まだ、自分よりもダールトンやグラストンナイツの面々の方が占める位置が大きい。ダールトンはしかたがない――スザクの目から見ても、彼は尊敬すべき存在だと思える――としても、せめて、グラストンナイツの面々と同等にまではなりたい。
いや、できればそれ以上の存在に、だ。
「大好きだよ、ルルーシュ」
いや、そんなものではすますことが出来ない感情を自分は彼に対して抱いている。
それを自覚したのは、再会してすぐだ。
きっと、離れていた間に彼のことを考えすぎて、そのせいでただの思慕が恋愛感情にまで育ってしまったのだろう。
もっとも、彼の記憶が失われていることで、この感情は薄れるかと思っていた。しかし、ルルーシュの本質は変わっていない。その事実に気付いてしまったら逆に止まらなくなった。
「だから、責任をとってね」
スザクはこう言って笑う。
「俺にとって、ルルーシュだけが唯一絶対なんだ」
守りたいと思うのも、手に入れたいと思うのも、ルルーシュ以外には抱くことがない感情だ。
昔はもっとたくさんあったような気がするのに、とそんなことも付け加える。
「でも……たくさんあっても、俺が守れるのはほんの一握りだから」
だから、ルルーシュだけでいいんだ。スザクはまた呟く。
「それにしても、遅いな」
こちらに来ると連絡を受けてから、既に十分近く経っている。いくらルルーシュの足でもたどり着いていないとおかしいのだ。
「途中で、何かあったのか?」
やっぱり、自分が迎えに行けばよかった。いくら学園内とはいえ、どこに黒の騎士団がいるのかわからないのだ、とスザクは唇を噛む。
しかし、だ。
「スザク」
その不安もこの声だけで霧散する。我ながら厳禁だと思いつつも、視線を声がした方向へと向けた。
「遅いよ、ルルーシュ」
心配していたんだから、と続けようとした彼の動きがそのまま止まる。
彼の隣に、自分の知らない相手がいたのだ。
「悪い。あぁ、リヴァル。後はスザクに持たせるから」
しかし、ルルーシュの方は気にする様子もなくこう声をかけている。
「気にするなって。無理行って付いてきたのは俺の方だし」
色々と確認したかったからさ……と付け加えながら視線をスザクへと向けてきた。
「あんたにとってもそうかもしれないけどさ。俺にとっても、ルルーシュは大切な友人なんだ。だから、傷つけたらただじゃすまさないから」
「リヴァル!」
そんな彼に向かって、ルルーシュが慌てたように呼びかけている。と言うことは、ルルーシュも彼の目的は知らなかったと言うことだろうか。
「会長とシャーリー達からもきちんと言っておいてくれって言われたんだよ。いけなかったか?」
しかも、相手は平然とこう言い返している。
「気にしなくていいよ、ルルーシュ」
どちらにしても、彼は学校内でのルルーシュの友人なのだろう。そんな相手と気まずくなれば、彼が悲しむ。そう判断をして、スザクは笑みを作った。
「彼等にしてみれば、僕の方が不審者みたいなものでしょ?」
「でも……お前は、俺を守ってくれる。それに、義父さん達が認めた存在なのに」
何よりも、自分が側にいて貰って安心できるんだ……と言うルルーシュのセリフに、スザクはうれしさを隠せない。
「当然だよ。絶対に、俺が守ってみせるから」
言葉とともにスザクは彼に抱きついていた。
「ほわぁぁぁっ!」
ルルーシュの困惑した叫び声が周囲に響く。
「……まぁ、大丈夫そうか」
リヴァルが苦笑と共にこう言っている声が耳に届いた。それは許容なのか妥協なのかはわからない。しかし、とりあえずは構わないか、とスザクは心の中で呟いていた。
・
08.10.03 up
|