それから、表面上は平和にすぎていた。
「……本当、よく食うな、お前」
はっきり言って、自分であれば三人分はあるのではないかと思える量をスザクは一人で食べてしまう。しかし、作法がしっかりしているせいか、見ていてむしろ心地よい。
「そうかな? ルルーシュは食べないだけじゃない?」
言葉とともに、スザクは箸を置いた。
「ごちそうさまでした。今朝もおいしかったです」
両手を合わせながら、彼はこういう。
「お粗末様」
そう言い返しながらも、どうして彼はいつもそんな仕草をするのだろうか、と首をかしげてしまう。
「どうかした?」
食器を重ねながら、スザクがこう問いかけてくる。
「……いや、何でもない」
そんな彼の手から食器を取り上げながら、ルルーシュはこう言い返した。聞いていいことなのかどうか、判断に迷ったのだ。
「そう見えないけど?」
流石に、自分が下手に手を出すと割りかねないとわかっているのか。食器だけは素直に渡してくれる。
「本当に何でもない。ちょっとつまらないことが気にかかっただけだ」
だから、気にするな……と言い返す。
「え〜! そんな。僕の方が気にかかって仕事が手に付かなくなるかも」
ぼそっと呟かれた言葉は何なのか。
「スザク?」
「だって、ルルーシュって……どこか抜けているんだもん」
この前のゼロとの会話だって……と彼はさらに付け加えてきた。それに関しては、確かに自分の方に非がある。しかし、それがここまで彼に悪影響を与えていたとは思わなかった。
しかし、このままでは延々とスザクの繰り言を聞かされかねない。
「……だから、どうしてお前は、食事の前と後とに手を合わせるのか。そう思っただけだ!」
見事にくだらないことだろう、と怒鳴るようにルルーシュは口にした。
その次の瞬間、スザクは大きく目を見開く。
「……スザク?」
いけないことを言ってしまったのか。そう思いながら、ルルーシュは問いかけた。そうすれば、スザクは嬉しそうに破顔した。
「やっぱり、君は変わってないね」
そして、こう告げる。
「スザク?」
変わっていないとは、いったい何のことなのか……とルルーシュは首をかしげた。
「一番最初に、ご飯を一緒に食べたときも、君はそういったんだよ」
だから、とスザクはさらに笑みを深める。
「ご飯を作ってくれた人、それからお米や何かを作ってくれた人、そして、今日も無事にご飯を食べられたという事実に感謝をしているんだって、そういったんだ、僕は」
もっとも、自分も受け売りなんだけど、と彼は続けた。
「そうなのか」
と言うことは、日本の慣習なのか。それはとても素晴らしい考えのように思える。
「……それは、いい考えだな」
だから、素直に口にした。
「昔の君も、そういっていたよ」
やっぱり、同じ事を言うんだね……とスザクは言葉を返してくる。だから、記憶は失っていても本質は変わっていないのだ、とも。
「そうなのか?」
「そうだよ。僕にとっては、それだけで十分だし」
だから、くだらないと思っても話をしてね……と言われて、反射的にルルーシュは頷いていた。
「申し訳ありません、ゼロ……」
命令を果たせなくて、とカレンは肩を落とす。
「ルルーシュが一人きりになる機会がないんです」
必ず、彼の側には誰かいる。だから、どうしてもゼロからの命令を果たすことが出来ないのだ……と彼女は続けた。
「一時も、か?」
「はい……少なくとも、私が近づける範囲内は、ですが」
流石に、トイレの中や男子更衣室の中まではついて行けない。そんなことをすれば、別の意味で騒ぎになってしまう。何よりも、自分は学校では病弱で通しているのだ。
「……誰が、側にいるのだ、カレン」
そんな彼女に、いつもの口調で問いかける。
「普段から一緒にいるのは、リヴァル・カルデモンド、と言う生徒です。その他にシャーリー・フェネットとニーナ・アインシュタインが同じクラスにいます。生徒会となると、他にミレイ・アッシュフォードが……」
何よりも、とカレンは続けた。
「大学部の敷地内、にですが……ブリタニア軍の部隊が一つ、駐留しています」
下手な行動をとれば、彼等の介入を招く可能性がある。その言葉に、ゼロの周囲にいた者達が驚いたような表情を作った。
「何故、ブリタニアがそこまで……」
一学生のために手を打つのか。そう呟いたのは誰だったろうか。
「それだけ、連中にとっても重要な人物だ、と言うことだろうな」
ゼロは低い声で笑う。
「あるいは、彼に記憶を取り戻されると困るのかもしれぬ」
ブリタニアにとってまずい事を彼は目撃したのかもしれない。だからこそ、記憶を失ったのではないか。ゼロはさらに言葉を重ねた。
「だとするならば……ますます、この手に欲しいな」
ブリタニアをひっくり返せるための手段は、一つでも多い方がいい。それでなくても、彼であればある程度、ブリタニア側の動きを掴むことが可能だろう。それが自分たちにとってどれだけプラスになるか……とも続けた。
「しかし、今のままでは難しいかと」
登下校時にも一人になることはない。そういったのはディートハルトだ。
「やはり、校内だろうね」
動くとすれば……とゼロは考え込むように腕を組む。
「協力者を増やせばいい」
不意に、C.C.が口を挟んできた。
「校内にも、名誉ブリタニア人はいるんだろう?」
そいつらを抱き込めばいい。そうも彼女は続ける。
「……確かに、な」
そうできればいいのだが……とゼロはさらに考え込みようなそぶりを見せた。
「ディートハルト?」
臨時でも構わない。職員を募集していないか、とその姿勢のまま問いかける。
「調べてみましょう」
でなければ、こちらに協力をせざるを得ないような何かを持つ人間がいないかどうかを、と彼は続けた。
「任せる」
それがわかり次第、計画を立てなければいけないな。ゼロはそう告げる。
「その日まで、君には負担をかけるかもしれないが……彼の監視を続けてくれ」
少しでも、情報は多い方がいい。
「わかっています、ゼロ」
ルルーシュの側にいるのは嫌いではないから。カレンは心の中でそう付け加えていた。
「……どうしたら、ルルーシュの側にいられるのでしょうか」
皇女という立場があるからだろうか。自分はあの日から彼と話をすることが出来ていない。せっかく、同じ場所にいるのに、だ。
「話をするだけでもいいのに」
そう呟いた瞬間、ユーフェミアの脳裏にある考えが浮かんでくる。
「わたくしがこのエリアのことを学ぶ一環として、この地に暮らしている方から話を聞いてもおかしくありませんよね」
そして、その相手に《ルルーシュ》を選んだとしても、誰も何も言わないのではないか。
彼は自分と同年代だし、何よりも、今はダールトンの養子なのだ。自分が話を聞く相手としてこれ以上ふさわしい人間はいない、とみなも考えるだろう。
「……お姉様に相談をした方がいいですよね」
自分の権限でいいことなのかもしれない。
だが、ダールトンは姉の専従騎士だ。そう考えれば、一言、断りを入れておいた方がよいような気もする。
「お姉様のスケジュールを確認して……面会を申し込まないと」
こう呟くと、とりあえず連絡を入れようと端末に手を伸ばす。だが、その手はそれに届く前に動きを止める。
「副総督として働くのは、皇族としての義務の一つ。公私の区別をつけなければいけない、と言うことも……でも、どうして、こんなに寂しいのでしょうか」
以前のように、姉に甘えられないことか。それとも、周囲から一線を画されていることか。
後者は、自分の力量が不足しているからだ。ただのお飾りの副総督に、誰も注意を払わないと言うだけのこと。
「……だからこそ、色々と学ばなければいけないのですね」
そのためにも、人々の暮らしがどうなっているのか、知らなければいけない。だから、とユーフェミアは今度こそ手を伸ばす。そして、姉の補佐官達を呼び出そうとした。
しかし、それよりも早く自分の執務室のドアが開く。
「ユフィ」
そして、そこから姿を現したのは、今、連絡を取ろうとした姉だ。
「お姉様……ではなく、総督閣下」
「とりあえず、今はどちらでもいいぞ」
周囲にうるさい連中はいないからな、と彼女は笑う。
「いったい、どうなされたのですか?」
そんな彼女に椅子を勧めながら、ユーフェミアは問いかけた。
「お忙しいとお聞きしていましたのに」
「だから、息抜きだ」
ユーフェミアの顔を見るのが一番だ、と彼女は付け加える。
「本当は、あれの顔も見たいのだがな……」
その後に重ねられた言葉の意味は、ユーフェミアにも十分伝わった。
「そのことですが、お姉様」
だから、今がチャンスかもしれない。そう思って口を開く。
「わたくしはこのエリアのことをもっと勉強したいと思います。そして、話し相手も」
「ユフィ?」
「その相手に、ルルーシュを指名するのは、いけないことでしょうか」
姉の問いかけに言葉を返す代わりに、ユーフェミアは一息に自分の考えを最後まで口にした。
「今のルルーシュはダールトンの息子です。そして、このエリアにずっと住んでいました」
だから、詳しいはず……とユーフェミアは付け加える。
「……何よりも、そうしてもらえれば、安心できます……」
ルルーシュの顔を直接見られるから。小さな声でこう言えば、コーネリアは少し考え込むような表情を作った。
「……そう、だな」
そして、言葉を口にする。
「それがいいかもしれん」
微笑みと共に彼女が頷いてくれた。これならば大丈夫だろう。そう考えれば、ユーフェミアの口元にも、自然と笑みが浮かんでいた。
・
08.10.10 up
|