ユーフェミアの申し出は、即日、ルルーシュに伝えられた。
「……ユーフェミア殿下が?」
 その話をすれば、スザクは一瞬驚いたように目を見開く。でも、すぐに納得したように頷いて見せた。
「きっと、殿下は誰かと親しく話がしたいんじゃないかな?」
 側にいるのは、きっと、大人だけだろうから……と彼は続ける。
「確かに、そうかもしれないな」
 言われてみれば納得できる、とルルーシュは頷いて見せた。
「コーネリア殿下も、お忙しいようだしな」
 だから、お寂しいのかもしれない……と口にする。
「でも、一人なのはルルーシュも一緒だよね?」
 むしろ、ユーフェミアの方がルルーシュの家族に会う機会が多いのではないのか、とスザクは首をかしげた。彼等がユーフェミアを疎外するはずがない。そうも付け加える。
「それなら、俺にはお前がいるし……学校に行けば、みんなもいるからな」
 こういった瞬間、スザクはとても嬉しそうな表情になった。
「そういってもらえて、嬉しいよ」
 これかも頑張って側にいるからね、と彼は満面の笑みと共に口にする。
「……お前、な」
「大丈夫だよ。今のところ、仕事の方は融通が利くんだ」
 実践でテストをする機会がないから、今のところ、出来ることがないんだ。そうも彼は続ける。
「なら、お前は暇な方がいい、と言うことか」
 スザクの上司には申し訳ないが……とルルーシュは笑い返す。
「そういうこと」
 だから、気にしなくていいよ……とスザクは言い返してくる。
「ユーフェミア殿下の元に足を運ぶんだったら、それも付き合うし」
 申請すれば、それも任務になるのかな? と彼はさりげなく付け加えた。
「……兄さん達も過保護だと思っていたけど、お前はそれ以上に過保護かもしれないな」
 笑みに苦いものを滲ませながらルルーシュは言い返す。
「だが……そういうことなら、この申し出は受けるべきだろうな」
 ついでに、時間が合えば政庁でダールトン達と話が出来るかもしれない。こう付け加えたのは、スザクに対するちょっとした牽制のつもりだった。
「それはいいんじゃない? できれば、僕もあれこれ教えて頂きたいくらいだし」
 軍人として、ダールトンは目指すべき存在だから。そう言って笑う。
「そうなのか」
 確かに、ダールトンの実績はナイト・オブ・ワンにもひけはとらない。だから、軍人であればそう考えるのかもしれない。
 しかし、自分にしてみれば彼は間違いなく《父》なのだ。優しくて頼れる存在、と言う認識の方が強い。それは、義兄達にも言える事ではあった。
 だから、スザクの反応がすぐには受け入れられない。
「そうだよ。それに……僕がルルーシュを送っていくのが一番、時間のロスが少ないだろう?」
 ここまで言われてしまえば断る理由がないのではないか。
「……義父さんに『了承』の連絡を入れておくか」
 気が変わらないうちに、と思って、ルルーシュは腰を上げた。

 しかし、こんなに早く話が進むとはルルーシュも思っていなかった。と言うよりも、まるで自分が断るとは思ってもいないようだった、と言うべきか。
 翌日が休みだった事も関係しているのかもしれない。
 その日のうちに全てのスケジュールが決まってしまっていた。
 それだけならば、まだ、驚かなかったかもしれない。相手が皇族である以上、それが日常だと言っていい。
 だが、指定された時間にスザクと共に政庁へと赴けば、二人揃って奥まで通されてしまう。しかも、そこにたどり着くまでのセキュリティの高さから判断をすれば、ここが政庁内でも重要なブロックだと言うことは容易に推測できた。
「……僕まで、ここに入っていいのかな?」
 困惑を隠せないという様子で、スザクが問いかけてくる。
「ダメならば、最初から通されないだろう」
 だから、気にするな……とルルーシュは彼に微笑みかけた。もちろん、そうしている自分の方が緊張をしているのだと自覚はしていたが、それを彼に気付かれたくはないとも思う。
「それに、ユーフェミア殿下なら、お前が行けば喜ばれるのではないか?」
 あの日、共にこの租界を回った存在だし……とルルーシュは口にした。
「だといいけどね」
 こんな会話を交わしている間にも、二人はアルフレッドに案内をされながら目的地へと向かって足を進めている。二人の会話に、少し前を歩く義兄が口を挟んでこないのは、きっと公私を区別しているからだろう。
「それに……俺は租界のことしか知らないからな」
 ゲットーのことを聞かれても答えられない。しかし、スザクならば――不本意かもしれないが――よく知っているのではないか。
「そうだね。あちらには、時々、足を運んでいたから……」
 確かに、よく知っている……と彼は付け加える。
「でも、聞いて楽しい内容じゃないけど?」
「それはユーフェミア殿下もご存じだろう」
 それでも知りがたいと思っているのであれば、お知らせした方がいい。綺麗なことだけを見ていては為政者としての成長はないのだから、とルルーシュは言い返す。
「ルルーシュって、意外とスパルタ?」
 その言葉を聞いたスザクがこう問いかけてくる。
「……そんなつもりはないが?」
 だが、そう思われてもしかたがないのか。そう呟くと、微かに眉根を寄せた。
「ダメだよ、ルルーシュ」
 その瞬間、スザクの指がルルーシュの額をつついてくる。
「そんな表情をしたら、しわが寄っちゃうでしょう?」
 女性がうらやむくらい綺麗な肌なのに、と彼は真顔で付け加えた。
「別に、俺の眉間にしわが寄ろうが、誰も気にしないだろう?」
 思わず、ルルーシュはこう言い返してしまう。
「何を言っているんだよ! 僕が気にするって」
「……ついでに、私達もね」
 どうやら、とうとう我慢できなくなったのか。アルフレッドも口を挟んでくる。
「義兄さん達も、ですか……」
 この場合、どう反応をすればいいのか。本気で悩みたくなってしまうルルーシュだった。
「ともかく、着いたよ」
 そんな彼の耳に、義兄のこの言葉が届く。
 その瞬間、ルルーシュだけではなくスザクの背筋も伸びる。
「緊張しすぎて粗相をしないようにね」
 こう言ってくれたのは、アルフレッドなりの気遣いなのだろうか。しかし、それが逆効果になるとは思ってもいないらしい。
「……ルルーシュ……」
「大丈夫だ」
 きっと、と心の中で付け加えたのに気付いたのは本人だけだっただろう。

 ルルーシュの行動は、即座にゼロへと報告をされた。
「……政庁へ、か」
 おそらく、コーネリアの希望だろうな……と仮面の下で笑う。
「どうする?」
 その次の瞬間だ。耳にからかうような声が届いた。
「どうもしない。我々は彼を手に入れる。それが結論だ」
 そのために打てる布石が増えただけだろう、とゼロは言い返す。
「まぁ、お前のことだ。何も心配はしていない」
 低い笑いと共にC.C.はゆっくりと歩み寄ってきた。しかし、いつもとは身に纏っている服が違う。
「何の冗談だ、それは」
 この問いかけに、彼女はさらに笑みを深めた。
「ちょっとしたイタズラだ」
 まぁ、お前の邪魔にはならないはずだ……と付け加える。
「あの子と接触をする気か?」
「……どうして、記憶が戻らないのか。それを知りたいだけだ」
 この言葉にゼロは眉根を寄せる。
「あの日の衝撃、だけではないと?」
「否定できまい」
 彼の存在が自分たちの手に落ちれば、あちらの不利になる。そのことがわかっている以上、保険をかけていたとしてもおかしくはないはずだ。
 それを確認したい。
 ついでに、ちょっとした刺激も与えておこうかと思うが……とC.C.は付け加える。
「……任せる」
 そのあたりの判断は、彼女に任せておけばいい。そう判断をしてゼロは言葉を返す。そして、その後は興味を失ったというように次の報告書へと視線を戻す。C.C.もそれをとがめることはなかった。

 ルルーシュが何のためらいもなく微笑みかけてくれる。その事実にユーフェミアは涙がこぼれ落ちそうになるのを必死にこらえていた。
 前にあったときには、驚きとうれしさでいっぱいだったのに、どうして今日は……と心の中で呟く。それとも、二度目だから、なのかもしれない。
「本当にありがとうございます」
 それでも口元には笑みを作ってこういった。
「いえ。お役に立てて幸いです」
 ルルーシュはルルーシュでこう言い返してくる。彼のその口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。
「そのようなことをおっしゃらないでください。あなた方の言葉は、わたくしが何も知らないと改めて教えてくれますから」
 だからこそ、自分は色々なことを学ばなければいけないのだ。そうも付け加える。
「もちろん、お姉様もみなも、色々と教えてはくれます。ですが、それは為政者の視点からのものですから」
 だが、それだけではいけないと思う。だからこそ、これからもルルーシュ達に話を聞きたい。そうも付け加える。
「ユーフェミア殿下……」
「本当は、ルルーシュが通っているという学校にわたくしもいければよいのですけど、ね」
 今となっては不可能だ。だから、ルルーシュとスザクに会うことで、少しでも同年代の者達と過ごしたいのだ、と言うのも本音なの……とユーフェミアは微苦笑と共に付け加えた。
「もっとも、これは他の方には内緒にしておいてくださいね」
「わかっていますよ、殿下」
 ルルーシュはこう言って頷いてくれる。
 それだけで十分だ、とそう思っている自分がいることにユーフェミアは気が付いていた。





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08.10.17 up