いったい、どうすればルルーシュと二人だけになれるだろうか。
カレンはある意味、それだけを考えていた。
「……ゼロのためにも……」
ともかく、ルルーシュを連れ出さなければいけない。そのためには……と彼女が考えていたときだ。
不意に、誰かが彼女の肩を叩く。
「誰?」
今の呟きを聞かれたのか。だとするなら、何とかしなければ。そう思いながら振り向く。
「迂闊だな、カレン」
しかし、そこにいたのは予想もしていなかった相手だった。
「……どうして……」
ここに、と震える声で問いかける。
「ゼロの判断だ」
平然とした口調でC.C.がこう言い返してきた。
「ゼロの……」
ひょっとして、自分は信用されていないのだろうか。カレンは不安になってしまう。
「お前の邪魔をするつもりはない。ただ、ちょっと確認したいことがあるだけだ」
ついでに、ブリタニア側に対する嫌がらせだな……とC.C.は琥珀の瞳を細めながら告げる。
「嫌がらせ?」
「そう、嫌がらせだ」
さらに楽しげな口調で彼女は頷いて見せた。
「私がすることは、あいつ自身が忘れてしまった記憶を揺さぶること。それが、ブリタニアにとっての不利益にも繋がる」
そして、それが出来るのは自分だけだ。
「ゼロが私をここによこしたのはそういうわけさ」
決して、カレンを信頼していないわけではない。ここまで説明されれば、カレンとしても納得せざるを得なかった。
「わかった。それで?」
どうするの? と意識を切り替えようと問いかける。
「そうだな……とりあえず、一瞬でいい。あいつと接触をしたい」
そうできる場所はないか? と聞き返されて、カレンは少し考え込むように首をかしげた。
「今日は……これから生徒会の仕事だと言っていたわね。資料整理って、どこでやるのかしら」
でも、その間であればルルーシュを連れ出すことは不可能でも、隙ができるかもしれない。カレンはそう告げる。
「完全に一人になることは無理でも、人目がない場所に行くと思うわ」
同じ部屋に誰かいてもいいのでしょう? と確認の言葉を投げかけた。
「その位は妥協しないといけないだろうな」
C.C.はそういって頷いてみせる。
「ここの警戒は予想以上に厳しい。ある意味、政庁よりも厳しいかもしれないからな」
そういわれて、カレンは目を丸くした。
「まさか」
そんな風に感じたことはない。いや自分だけではなくこの学園に通う全てのものがそう思っているのではないだろうか。
「お前達は、な。ここは、この学園に属しているもの以外には侵入することすら難しい場所だ」
でなければ、もっと早くに行動を起こしていたさ。そう告げるC.C.が、本気で悔しそうだと言うことから判断をして、嘘ではないのだろう。
「逆に言えば、それだけあいつの失われた記憶はブリタニアにとって厄介なものなのだろう。そうも続ける。
「それは、あたしたちにとっては好都合というわけね」
なら、必ず成功させなければいけない。何よりもゼロのために。カレンはそう心の中で呟いていた。
目の前の書類の山に、ルルーシュはため息をつく。
「……確か、これは俺が入学する前のものですよね?」
会長? とそのまま視線をミレイへと向けた。
「気にしない、気にしない」
即座にミレイはこう言って笑う。しかし、ルルーシュの方はそうはいかない。
「気にします! 確か、ここにあるのはこの前大騒ぎをして探していた資料ですよね?」
見つからなかったおかげで、余計な労力を使う羽目になった……とそう付け加える。
「そんなこともあったわねぇ」
のれんに腕押し、糠に釘……それとも、馬耳東風と言うべきか。ミレイの態度にルルーシュは眉間にしわを寄せてしまう。
「ダメよ、ルルちゃん! 綺麗な顔にしわが寄っちゃうでしょ」
即座にミレイはルルーシュの眉間を指さしながらこう言ってきた。
「確かに、それは問題だよなぁ」
さらに、リヴァルまでもがそんなミレイに同意を示している。
「……まったく……」
俺の眉間にしわが出来ようが出来まいが、関係ないだろう……とルルーシュは呟く。それなのに、どうして彼等までもがそれにこだわるのか。
「そういうことをいうのは、スザク達だけで十分だ」
先日も同じような主張を聞いたような気はするが、とため息混じりに付け加える。
「やっぱり、俺、あいつと仲良く出来そう」
スザクと顔を合わせたことがあるリヴァルがこう言って笑う。
「よくわからないけど、ルルちゃんの顔に関しては同意見だわ」
ミレイはミレイでこんなセリフを口にしながら頷いてみせる。
「……ともかく、これを片づけないと何も出来ないわけですね」
さっさと分類してしまいましょう、とルルーシュは口にした。でなければ、それこそ延々と人の顔について言いかねないと判断したのだ。
「そういうこと。さっさとやっちゃって」
まぁ、力仕事はリヴァルに任せて、後は整理かな……とミレイは笑う。
「俺が力仕事ですか?」
「じゃ、分類をするの?」
結構面倒よ? と言われて、リヴァルは資料の山を見つめる。
「……ルルーシュに任せる!」
次の瞬間、彼はこのセリフと共にルルーシュの肩に手を置いてきた。
「わかったから……さっさと運べよ?」
そんな彼に向かって、笑顔と共にこう告げる。
「実は、鬼だよな……ルルーシュって」
わざとらしい仕草でこういうリヴァルの姿に自然と笑い声がわき上がった。
しかし、余裕があったのはそこまでだと言っていい。作業が始まってしまえばふざけている暇はなかった。
とりあえず、目の前の山を書類の中身ごとに小さな山にわけていく。それをリヴァルがそれぞれの担当の所へ運んでいき、それから年代ごとにそろえて、棚に並べてる。
「……アッシュフォード学園が出来て、まだ十年と経っていないのに」
どうして、生徒会にこれだけの資料があるのだろうか。
しかも、その中で一番多いのは、ミレイが高等部に上がってからのものだ。
「と言うことは、怖いのは会長か……」
おそらく、この大半が彼女が考え出して自分たちが巻き込まれた《祭り》の企画書なのではないか。自分が副会長になってからかなり握りつぶしてきたから、減っては来ているのかもしれない。
しかし、とルルーシュは呟く。
「これらは資料として保存しておくべきなのか?」
ミレイが卒業してしまえば、二度と行われないような気がするが……と首をひねる。
その時だ。
背後から誰かが近づいてくる気配が伝わってくる。
「どう思う?」
きっと、生徒会の誰かだろう。そう思って、ルルーシュは振り向くことなく問いかけた。
しかし、それに答えは返ってこない。
いったいどうしたのだろうか。
「……疲れたのか?」
それとも、何かわからないことでも……と口にしながらルルーシュは振り向いた。
その瞬間、目の前に目にいたいほど鮮やかな緑が広がる。
どこかでそれを見たような気がするのは錯覚だろうか。
「誰だ、お前は」
それよりも、どうやってここに侵入してきたのかが気にかかる。
自慢ではないが、ルルーシュは高等部の生徒であれば顔と名前を全て記憶していた。少なくとも、高等部にはこんな生徒はいなかったはずだ。
だとするならば、外部の人間と言うことになる。
しかし、ここにはIDのない人間は許可がないと入れないはずなのだ。
それは、大学部で研究を続けている特派の人間も同じ事だと言っていい。だから、スザクをここに呼ぶのではなく自分が彼の元に足を運んでいるのだ。
「お前は、知っているはずだぞ」
ルルーシュの問いかけに、相手は低い笑いと共にこう言葉を返してくる。
「……残念だが、俺の記憶の中にお前の姿はない」
忘れてしまったかこの中であっていたならば話は別だが……とそう心の中で付け加えた。
だからといって、積極的に思い出したいとは思えない。それはきっと、ダールトン達やスザクが『無理に思い出さなくていい』と言ってくれているからではないか。
あるいは、ナナリーのことが関係しているのかもしれない。
そんなことを考えながら、ルルーシュは相手をにらみつける。
「思い出す必要もないだろうしな」
こう言いながら側にあったファイルの山をわざと音を立てて崩した。きっと、これで誰かが気付いてくれるだろう。そう思ったのだ。
「そうか? 私は思い出して欲しいのだがな」
言葉とともに彼女は手を差し伸べてくる。そして、ルルーシュの頬へと触れた。
次の瞬間、彼の体を貫いた感覚は何なのだろうか。
「やめろ……」
押し寄せてくる《何か》から逃れようとルルーシュはその手を払いのけようとする。しかし、何故か相手の手はルルーシュの頬から離れない。
それだけならばまだしも、頭の奥で何かをこじ開けられるような感覚がした。
それを開けてはいけない。
開けたら、自分は自分でいられなくなる。
「俺の中に、入ってくるな!」
反射的に、ルルーシュはこう叫んでいた。
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08.10.31 up
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