テロリストの攻撃を受けていた歩兵部隊――その多くがスザクと同じ名誉ブリタニア人だろう――を無事に退却をさせた。
「ルルーシュ、悪いけど……」
このまま、自分と共に帰還して欲しい。スザクはこう言ってくる。
「別に構わないが?」
あれこれ聞かれるだろうが、自分は困らない。むしろ、スザクの方が心配だ、とルルーシュは心の中で付け加える。
「ごめん。向こうに着いたら、ちゃんと手当てもするから」
だから、もう少し我慢して? と彼は口にした。
「……俺のことは気にしなくていい」
ルルーシュはそう言い返す。
「軍人だろう、お前は。なら、優先しなければいけないこともあるだろう」
養父や義兄達がそうだから、とルルーシュは微笑み返した。
「うん……そうだね」
それに、何故かスザクは複雑そうに頷いてみせる。
「でも、それならば何かあっても大丈夫かな?」
ルルーシュの身柄の確認もそれならば楽だろうね、とすぐに思い直したように彼は微笑む。
それでも、何故かルルーシュの背中に添えられた手に力がこめられる。
「スザク?」
どうかしたのか? とルルーシュはそんな彼に問いかけた。
「……何でもないよ」
しかし、彼はこの一言だけを言い返してくる。それが逆にルルーシュに疑念を抱かせているとは思っていないのだろうか。
「それよりも、移動するから」
戦闘はないだろうから、そんなに揺れないと思うけど。そう言いながらスザクはルルーシュの背中から手を放す。その瞬間、離れていく温もりに恐怖に近い感情がわき上がってくる。
それでも、まだ、布越しに彼の温もりを感じていられたから叫び出さずにすんだのだろうか。
今まで、そんな風な感情に襲われたことはなかったのに。
それとも、失われた記憶の中にその原因が紛れ込んでいたのだろうか。
もし、そうだとするのであれば、それを思い出したい。
不意にそんな想いがルルーシュの中にわき上がってくる。今まで、そう考えたことは――ナナリーのことも含めて――なかったのに、だ。
それも、どうしてなのかがわからない。
だが、思い出すのが怖いと感じている自分がいることも否定できない。
「……俺は……」
どうしたいのだろうか。ルルーシュはそっとこう呟く。
「ルルーシュ?」
この距離であれば、それが聞こえないはずはない。戦闘中ではないから、余裕があるのか。スザクがすぐに問いかけてくる。
「あぁ、すまない。義兄さんにお小言を言われるかもしれないな、と思ったら、ちょっとな」
何故か、みんな過保護なんだ……とわざとらしいため息とともにルルーシュは告げる。
「そうかな?」
自分は納得できるけど、とスザクは笑いを漏らす。
「スザク?」
「だって……もう、二度と君には目の前から消えて欲しくないから」
一度、永遠に失ったかもしれない。そう考えてしまったから、と彼は付け加えた。
「君の今の養父さんがどのような人かは知らないけど……多分、君のことを大切にしていたんだと思うよ」
それが他の人たちにも伝わっているのではないか。
「そう、かもしれない」
あの時、わざわざ自分を探しに来てくれたのだ。それが自分のためだったとは言わない。それでも、少しは気にかけてくれていたのだろう。この事実だけは疑っていない。
「きっとそうだよ」
だから、後で、今の連絡先を教えてね……とスザクはさらりと口にする。
「あ……あぁ……」
いったい、どうしてそういう結論になるのか。今ひとつわからないまま、ルルーシュは頷いてみせた。
スザクが帰還したのは軍の施設ではない。
「……ここが?」
どう見ても、ただのトレーラーではないか。ルルーシュは言外にそう告げる。
「そうなんだけどね……」
それでも、ここが自分の所属している部署の本拠地なのだ。スザクはこう言って苦笑を浮かべた。
「上司に会えば、その理由もわかるよ」
その言葉にルルーシュは訳がわからないというように首をかしげる。
「お前の上司?」
あるいは、名前を聞けばわかるのだろうか。少なくとも、軍の主立った者達の名前は義父や義兄の会話から記憶していた。だが、その中にこのような部署にいる人物の名前はなかったように思う。
それとも、とルルーシュは心の中だけで呟く。
彼等はわざとその名前を口に出さなかったのだろうか。
「うん……あぁ、着いたよ」
ルルーシュがあれこれ考えているうちに、どうやら所定の場所にランスロットを収めたらしい。スザクがハッチを開く。
「掴まっててね」
言葉とともに、彼は軽々とルルーシュを抱き上げる。体の鍛え方はともかく、ほぼ同じ体格の相手にこうも軽々と抱き上げられると、やはり複雑な気持ちになってしまう。
だからといって、足が痛む以上、他に方法がない……と言うこともわかっている。
そんなことを悩んでいる間にも、スザクはルルーを片手で抱き上げたまま床へと降り立っていた。
「スザク君……人助けは……」
いいけれど、と先ほど回線越しに聞こえた声が即座に二人にたたきつけられる。
「すみません」
スザクのせいではないのだ、とルルーシュは慌てて口を開く。だが、そんな彼の顔を見た瞬間、何故か彼女は驚いたように口を押さえた。
「セシルさん?」
どうかしたのか、とスザクも不思議そうに問いかけている。
「何でもないわ。ともかく、身元の照会だけはさせて貰わないと……ここは一応、機密事項も扱っているのよ?」
彼の言葉に我に返ったのだろう。セシルはこう口にした。
「とりあえず、名前とIDを確認させて貰っていいかしら?」
「それと平行して、ケガの手当てをしてもいいですか? ルルーシュは、足をくじいているようなので」
せめてシップだけでも、とスザクは口にする。
「もちろんよ。その位は構わないわ」
ふわりと微笑めば、彼女はとても優しげに見えた。いや、実際に優しいのだろう。少なくとも、ブリタニア人と名誉ブリタニア人を差別しない程度には。
「こっちよ」
そう言いながら、彼女はスザクを促す。
「歩きながらで失礼だけど……まずは名前を聞かせてもらえる?」
ルルーシュ、何? と彼女は柔らかな口調で問いかけてきた。
「そう言えば……僕も今の名前は聞いてないや」
スザクが今気が付いた、と言うように口にする。
「ルルーシュがルルーシュだったから、気にならなかったんだよね」
連絡先を聞けばわかるだろうし、と思っていたから……と彼は笑った。
「……バカか?」
自分が教えないつもりだったらどうしたんだ、とルルーシュはため息をつく。しかし何故かこのセリフを耳にしたスザクは、嬉しそうな表情でルルーシュの体をさらに自分の方へと引き寄せた。
「スザク?」
この反応は何なのか。そう思ってルルーシュは彼に問いかける。
「昔も、よく君に『バカ』と言われてたから……」
何か、懐かしくなってしまっただけ。そう言いながらも、スザクはルルーシュの肩に額を押しつけてくる。
ひょっとしたら、泣いているのだろうか。
「スザク……」
困ったように、ルルーシュは彼の背中を軽く叩く。
「俺はここにいるだろう?」
ともかく、このままでは何にもならないだろう……とルルーシュは口にした。
「そう、だね」
ルルーシュはここにいるね、とスザクは小さな声で同意をする。
「なら、上官の指示には従え。軍人なのだろう、お前は」
そうするのが義務だ、と聞いたぞ……とルルーシュは付け加えた。
「お義父さんに?」
「ついでに、義兄さん達にもな」
義理家族のほとんどが騎士候だからな、とため息混じりに告げる。騎士候でない人間の方が少ないのではないだろうか。
「あら。そうなの?」
なら、自分たちも知っている人間かもしれないわね……とセシルが微笑む。
「……お前のせいだぞ、スザク。自己紹介が遅れてしまったじゃないか」
ルルーシュは少しだけ恨めしげな表情で自分を抱きしめている相手を見つめる。それでも、こうして抱きしめられているのはいやではない。
「……ごめん……」
スザクが小さな声で謝罪の言葉を口にした。それに、少しだけ違和感を感じてしまうのはどうしてなのだろう。
「わかればいいさ」
きっと、気のせいだ。そう自分に言い聞かせるとルルーシュは微笑む。
「失礼しました」
そのまま、セシルへと視線を向けた。
「いいえ。気にしないで」
スザク君のそんな態度は初めてだから驚いただけよ、という言葉に、やはりこれが彼の本来の言動ではないのかと思う。それとも、こちらが本来の彼で、今までは自分を偽ってきていたのか。
名誉ブリタニア人というスザクの立場を考えれば、どちらなのかがわからない。
それでも、自分と再会して喜んでくれているのは偽りではないだろう。
「改めて……ルルーシュ・L・ダールトンです」
その後、既に記憶しているIDもルルーシュは口にした。
「……と言うと、お父様はコーネリア殿下の専従騎士でいらっしゃるアンドレアス・ダールトン卿かしら?」
それをメモしながら、セシルが問いかけてくる。やはり、すぐにわかるか。そう心の中で呟きながら、ルルーシュは頷いてた。
「なら……話は早いわね。でも、一応確認させてね」
すぐにすむと思うわ、といいながら彼女は通信機へと向かう。
「……専従騎士?」
何、それ……とルルーシュを抱えながら移動を開始したスザクが呟いている。
騎士制度はかなり独特だから、彼には今ひとつぴんと来ないのだろうか。そう思いながら、ルルーシュは口を開いた。
「……騎士はそもそも、皇帝陛下とブリタニアに忠誠を誓っている存在だ。その中でも、ある特定の皇族にのみ従うよう、皇帝に命じられて側に仕えている騎士が《専従騎士》だ」
ダールトンは、既に十年以上、コーネリアとその妹姫の専従騎士をしている。もっとも、皇帝の命令の方が優先されるから、彼女たちの側を離れることもある。例えば、ブリタニアの《日本》侵攻の時、だ。そのおかげで、自分たちは彼に拾われたのだが。
「皇族個人に仕えている騎士には、もう一種類ある。その皇族個人に忠誠を誓っている専任騎士、と呼ばれる存在だ。もっとも、専任騎士を得られる皇族は、皇帝陛下に認められるだけの功績を挙げなければいけないそうだ」
義父と同じくコーネリアに仕えているもう一人の騎士は、彼女自身が見つけた専任騎士だから……とルルーシュはさらに説明の言葉を口にした。
「……つまり、皇帝陛下のご命令で皇族方のお側にいるのが専従騎士で、皇帝陛下の許可をいただいて個人的に忠誠を誓わせるのが専任騎士?」
「簡単に言えば、そう言うことになるか」
「……特に、区別しなくていいんだよね?」
普段は、と問いかけてきながら、スザクはルルーシュの足の手当てを始める。
「あぁ」
知らなければ区別できないからな、と微笑んでみせた。
「なら、いいや」
スザクも笑い返す。
「と言うわけで、軽いねんざみたいだから」
言葉とともに、彼はルルーシュの足首に湿布を押し当ててくる。
「ほわぁっ!」
それに、ルルーシュの口から思わず間の抜けた声が飛び出してしまったのは、ご愛敬というものだろうか。
義兄も軍に協力していたのか。珍しいことにパイロットスーツで姿を現した。
「ルルーシュ!」
無事でよかった、と彼の姿を認めた瞬間、こう囁いてくる。
「ごめんなさい」
でも、心配をかけるつもりじゃなかったし、スザクが助けてくれたから……とルルーシュは言葉を重ねた。
「スザク?」
その名前を彼も当然知っている。ルルーシュが持っていた数少ない記憶だ、と言うこともだ。
「偶然だけどね。特派の、テストパイロットだったって」
だから、彼に連絡先を教えてもいいか。ルルーシュが彼にそう問いかけようとしたときだ。
「セシル君!」
緊張しているのかいないのか。判断に悩む声が耳に届く。
「大至急、モニターをつけて! 何か、とんでもない放送がかかっているらしいよぉ」
その声に、反射的に視線を向ける。
トレーラー内にもかかわらず大きなモニターに、黒い仮面を付けた人物が映し出されていた。
『私は、ゼロ』
その後に続いた言葉に、その場にいた者達は誰もが息をのんだ。
この日、エリア11総督、クロヴィス・ラ・ブリタニアは彼が望まぬ形でその人生に終止符を打った。
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08.06.27 up
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