時間は少し遡る。
「スザク君、いい?」
 そろそろルルーシュが来るはずだけど……と思いながらスザクが書類に目を通していたときだ。何やら表情を強ばらせたセシルが近づいてくる。
「はい。今は、明日の予定を確認していただけですから」
 こう言い返しながらも、スザクは視線で何があったのか……と問いかけた。
「外にね。アッシュフォード学園の高等部の学生さんが来ているのよ。確か、ルルーシュ君の同級生だったと思うんだけど」
 河口湖で顔を見た覚えがあるから、間違いない。そう彼女は続ける。
「ただ、何か、様子が変なのよ」
 こう言われて、スザクは眉を寄せた。
「様子がおかしい?」
「……と言うのは違うかしら」
 オウム返しに聞き返した彼に、セシルは何かを考え込むような表情で続ける。
「焦っている、というのはわかるんだけど」
 でも、どうして……と彼女は続けた。
「……ルルーシュの同級生なんですよね?」
「えぇ。一緒にいた男の子よ」
 この言葉を耳にした瞬間、スザクの脳裏に該当人物の面影が浮かぶ。
「……わかりました」
 なら、僕は今日はもう、失礼します……と宣言すると同時に腰を上げる。
「明日は、とりあえず予定通り、と言うことにしておくわね」
 何かあったら、変更は可能だから……とセシルは続けた。ただし、その時には連絡を入れて欲しい、とも。
「わかりました。その時は連絡をします」
 では、失礼します……と口にすると同時にスザクは歩き出す。その歩みは、セシルから離れるにしたがって早まった。
「……ルルーシュに、何があったんだ?」
 リヴァルがここに直接来た理由は、それ以外考えられない。
 でなければ、彼が自分のテリトリーから出てくることはないのだ。
 もっとも、それは自分も同じだと言っていい。学園で彼を守るのは彼の役目だと思っている。だから、あえて学生になりたいとは思わない。
 それでも何かあったらすぐに駆けつけられるようにこの場所にいる自分は未練がましいのだろうか。
 そんなことを考えながらトレーラーの入り口から飛び出した。
 その瞬間、低いエンジンの音が耳に届く。
「スザク、こっち!」
 彼の姿を認めたのだろう。リヴァルがスザクを手招いた。
「どうしたの?」
 焦りを押し殺しながらスザクは問いかける。
「……詳しいことは、高等部に行く道すがら説明するから……とりあえず、乗ってくんない?」
 少しでも早く戻りたい。言外にそう彼は告げていた。
「……ルルーシュに、何かあったんだね?」
 歩み寄りながら確認の言葉を口にする。そうすれば、彼は小さく頷いて見せた。
「ともかく、そっちに乗ってくんない? 今まで、ルルーシュ以外は乗せたことがない特等席だぜ」
 焦りだけではなく、何かを警戒しているのか。
 すこしでも早くルルーシュの元に帰りたい、と彼は全身で告げている。
「……わかった」
 言葉とともに、スザクは身軽にサイドシートに乗り込んだ。ナイトメアフレームのコクピットになれているせいか、そこは想像以上に広く感じられる。
「メット」
 そう考えていた彼のひざの上に言葉とともにヘルメットがおとされた。それを素直にかぶると同時に、リヴァルがオートバイを発進させる。
 乱暴とも言えるその行動は、彼の焦りの現れなのだろう。しかし、ここまで直情的には思えなかったんだけど……とスザクは少し意外な気がする。どちらかと言えば、彼は一歩退いているような印象があったのだ。
「……ルルーシュが倒れた」
 アクセルを開けながら、リヴァルが言葉を口にする。
「倒れた?」
 いったい何故、とスザクは聞き返す。同時に、だから彼がこれほど焦っているのか、と納得できたことも事実だ。
「それが……よくわからないんだ……」
 ただ、とリヴァルは続ける。
「誰かがルルーシュと接触したのかもしれない」
 今、ミレイがセキュリティのデーターを確認している……と彼は続けた。
「……学園に、不審者が?」
「多分……同じ場所にいたんだけどさ……作業中で、みんながルルーシュから目を離しちゃったんだよ」
 その時に、誰かがルルーシュに接触をしたらしいことだけはわかっている。しかし、それが学校の関係者なのか、不審者なのかがわからない。リヴァルはそうも続けた。
「とりあえず、今は生徒会室でみんなと一緒にいるはずだから、大丈夫だとは思うんだけどな」
 それでも女性陣しかいないから、万が一の可能性を考えればすこしでも早く戻りたい。
「……何で僕を呼びに来たの?」
 そういうことなら、君が残っていた方がよかったのではないか。そう問いかける。
「……多分、俺じゃ、ダメなんだ」
 ルルーシュの命は守れるかもしれない。でも、それだけでは意味がない。リヴァルはそう続けた。
「リヴァル?」
 確かに、彼の言っている意味はわかる。
 しかし、とスザクは彼の横顔を見つめた。
「残念だけどさ……俺よりお前の方が強いもん」
 それに、ルルーシュを守れるだけの実力を持った者達の中で一番近くにいたから……と彼は唇の端を持ち上げる。
「と言うわけで、もう少しとばすから」
 言葉とともに彼はスロットルを開けた。同時に、体にかかる風圧が強くなる。
 時間が時間だから、だろう。周囲を照らす明かりはオートバイのヘッドライトだけだ。
 木々や標識などが一瞬照らし出されては闇の中に消えていく。
 何もなければ、その光景を楽しむ余裕があったかもしれない。しかし、今のスザクには無理だ。
「本当に、誰がルルーシュを……」
 そこまで追い込んだのか。
 記憶を失っていようと彼の本質は変わっていない。そして、自分が知っている《ルルーシュ》は誰よりも心が強い人間だった。
 そんな彼が不安な表情を作ったのは、ナナリーに関わることだけだと言っていい。
「ルルーシュの、過去を知っている人間、か?」
 おそらく、その可能性が一番高いだろう。
 だとするならば、許せない。
 そんなことを考えながら、スザクはただ、真っ直ぐに前を見つめていた。

 目の前の光景を見たくない。
 この後、どうなるか、自分は知っている。しかし、それを二度も体験出来るほど自分は強くない事も、ルルーシュは自覚していた。
「……やめろ……」
 それでも、目の前の光景は、ためらいもなくその時へ向かって進んでいく。
「やだ……」
 見たくない、とルルーシュは呟いた。それだけではなく、目をつぶってその場にうずくまる。
 その時だ。
「なら、こちらに来よ」
 優しい声が耳に届く。その声に聞き覚えがあるように感じられるのはどうしてなのだろうか。
 だが、それを考えるよりも優先すべき事がある。
 ここから離れられるのであればそうしたい。だが、ルルーシュの体は今いる場所から動くことが出来ないのだ。
「ですが……動けません……」
 そう告げれば、声の主が何かを考え込むような気配が伝わってくる。
 やはり、自分は動けないのだろうか。
 このまま、また《あの刻》を目にしなければいけないのか……とルルーシュが恐怖に身を震わせたときだ。
「まったく……あれもしかたがないことをするの。稚い子をいじめて楽しむとは……」
 稚い子、というのは自分のことなのだろうか。
「……俺は……」
「稚かろう? お主の時間は、まだ十を数えておらぬではないか」
 失った時間を除けば、と声の主は柔らかな笑い声を漏らす。
「それよりも、もう動けるはずじゃ。来よ」
 同時に、闇の中から細い手が差し伸べられる。
 その手がどこに自分を導こうとしているのかはわからない。だが、ここにいてまた《あの刻》を目にするよりもましだ。
 ルルーシュはそうかんがえると、その手を握る。次の瞬間、予想以上に強い力が彼の体を引き寄せた。

「ちっ」
 忌々しそうにC.C.が舌打ちをする。
「どうした?」
 どこか気怠げな仕草で身を起こすと、ゼロは問いかけた。
「邪魔がが入った」
 即座にC.C.が言い返してくる。
「邪魔?」
「……あれ、だ」
 その口調には嫌悪感すら感じられる。それも無理はないだろう。自分も同じ気持ちなのだ。
「……何だかんだ言いつつ、あれらはあの子の事を見張っていたと言うことか」
 だとするならば、自分たちの正体も感づかれているかもしれない。ゼロはそう続ける。
「やめるか?」
「まさか」
 ようやく必要な存在がこの世に生まれたのだ。そう考えれば、今更、歩みを止めるわけにはいかない。
「お前だって、同じ気持ちだろう?」
 逆にゼロはこう聞き返す。
「当然だ」
 C.C.はそういって婉然と笑って見せた。





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08.11.14 up