スザクと共に転入してきた少年は、ライ・ブルターニュと言った。
「よろしく」
 そういいながら微笑んでみせる彼の笑顔に、どこか違和感を感じるのはどうしてなのか。ルルーシュは心の中で呟く。
「それにしても、スザクまで転入してくるなんてな」
 だが、それよりもこちらの方が重要だ。そう思って、幼なじみへと声をかける。
「僕も驚きだよ」
 いきなり、制服と教科書を押しつけられて『明日から、アッシュフォード学園の高等部に通ってねぇ』とロイドに言われたのだ、と彼は苦笑へと言葉を返してくる。
「でも、これで一日中、ルルーシュと一緒にいられるかな?」
 それは嬉しいかもしれない。
「そうだな」
 しかし、何か裏があるような気がする。そう考えるのは、先日の一件があったからかもしれない。
「……知り合いなのか?」
 こう問いかけてきたのは、ライだ。
「幼なじみだ」
 ルルーシュが微笑みと共にこう言い返す。
「……イレヴンと?」
 微かに眉を寄せながら、彼はさらに問いかけてくる。
「確かに、スザクは日本人だが……友人関係を結ぶのに、それが関係するのか?」
 大切なのは、相手の本質だろう? と言い返す。
「スザクもリヴァルも、俺にとってはどちらも大切な友人だ」
 それが何か? と言外に付け加えながら、ルルーシュは彼の顔を見つめる。そうすれば、ライはその紺藍の瞳を細めた。
「怒らせたなら、申し訳ない。ただ、少し驚いただけだよ」
 名誉ブリタニア人であるスザクに対し、嫌悪を見せていた者達もいた。しかし、ルルーシュの一言で、見事なくらいそれが霧散していった……と彼は告げる。
「前から見ていたからね。それがよくわかっただけだよ」
 他意はない。その言葉は嘘ではないのだろう。
 しかし、どうしても何かが引っかかる。その理由はいったい何なのだろうか。
「ルルーシュはクラスの中心だからな」
 それを探そうとしたのに、リヴァルの言葉が邪魔をしてくれた。でも、彼に悪意はないのはわかっている。
「そんなことはないと思うが?」
「何をおっしゃいます、副会長さん。あの会長の凶行を止められるのはルルーシュだけだって」
 ルルーシュが止めてくれなければ、ミレイの祭りのせいで、毎回混乱することはわかっているのだ。
 リヴァルが真顔でこう付け加えたのが悪かったのだろうか。
『生徒会役員に告げま〜す』
 何の前ぶりもなくスピーカーからミレイの声が響いてきた。
 その瞬間、転入生を除いた者達が一斉に身構える。
「な、何?」
 尋常でない空気を察したのだろう。スザクがルルーシュに問いかけてきた。
「祭りの計画はなかったはずだよな?」
 それに言葉を返す代わりに、ルルーシュはリヴァルに確認の言葉を投げつける。
「俺は聞いてないけど……相手は会長だぜ?」
 思いつきで何をしでかしてくれるかわからない、と彼は言い返してきた。
「……それが一番怖いな」
 止めることも何も出来ない。こうなれば、そんな厄介な状況を作り出すようなセリフを、彼女が口にしないことを祈るしかない。ルルーシュがため息とともにそう告げたときだ。
『放課後、転入生を連れて生徒会室まで集まるように! 一年生も忘れずに拾ってくるのよ? 該当クラスの人間は生徒会役員が迎えに行くまで、転入生を逃がさないように』
 とりあえず、厄介な状況ではないようだ。そう思って、生徒会役員達はみんな、胸をなで下ろす。
 しかし、それは甘かったのではないだろうか。
『逃がしたら、その時点で、そのクラスには強制的に男女逆転祭りをして貰います。って、それなら、逃がして貰った方がいいクラスがあるわね』
 ぼそっと付け加えられた言葉にもっとも恐怖を感じたのは、間違いなくルルーシュだ。
「男女逆転祭り?」
 何それ、と即座にスザクが問いかけてくる。
「僕も知りたいな。教えてくれないか?」
 さらに、ライまでもが疑問をぶつけてきた。
 しかし、ルルーシュとしては答えを口にしたくない。それとこどもの日、そして水着祭りに関しては個人的黒歴史なのだ。
「……ごめんなさい。私も知らないの」
 ずっと学校を休んでいたから、とカレンはさっさと逃げを撃つ。
「教えてくれないの?」
 スザクがルルーシュの顔をのぞき込みながらまた問いかけてきた。そんな彼の視線から逃れるように、ルルーシュは顔を背ける。
「ルルーシュ?」
 そんな彼の行動が、ますます不審を煽ったのか。スザクが彼の名を呼んだ。
「……ルルーシュはまだましだっただろうが」
 とりあえず、矛先を変えようと思ったのか。リヴァルが口を挟んでくる。
「運動部系――特に、ラクビー部とか何かの連中なんて、見られたものじゃなかったぞ?」
 しかし、ルルーシュの場合、女性陣ですら見ほれるほどの美人だったじゃないか。彼はそう付け加えた。
「美人?」
「って言うか、絶世の美女」
 女性陣の面目丸つぶれ、と言う会話もあちらこちらで聞こえていた……とさらに彼は言葉を重ねる。
「と言うことは、男子が女装して、女子が男装するのかな?」
 確かに、ルルーシュなら美人だろう。そういってきたのはライだ。その声音に期待が滲んでいるような気がするのは、ルルーシュだけではないだろう。
「昔から、ルルーシュは美人だったもんね」
 それ以上に問題なのは、この幼なじみだ。
「スザク!」
「本当だよ。君は覚えていないかもしれないけどね。振り袖とか着せられてたときには、本当に人形のように見えたよ」
 少しは空気を読め! と言いたくなるようなセリフを平然と口にしてくれる。
「やっぱり、ルルーシュって小さな頃から美人だったんだ」
 振り袖って、あの袖がビローンと長い着物だよな……とリヴァルが楽しげに言い返した。
「会長には言うなよ?」
 ともかく、先手を打ってクギを刺しておくに越したことはないはずだ。
「赤点、とりたくないよな?」
 こちらには無敵のカードがある。あまり使いすぎると気の毒だ。そう考えて、いつもは使用を控えている。しかし、今日はなりふり構っていられない。
「わかっています……」
 即座に彼は白旗を揚げる。
「みんなも、いいな?」
 一人一人の顔をにらみつけながら言う。ただ一人を除いて、全員が頷いている。
 やはり、こいつは要注意かもしれない。頷かなかったただ一人の人物――ライを見つめながらルルーシュは考えていた。

 しかし、それを忘れたくなるほどのインパクトが生徒会室に待っていた。
「ロロ・ランペルージです」
 それは、こう言って頭を下げた少年ではない。
「ジノ・ヴァインベルグだ」
 下級生でありながら、偉そうに胸を張っている存在の方である。
「……ルルーシュ……」
 おそるおそると言ったようにリヴァルが問いかけてきた。
「俺に聞くな」
 確認したくない。そう言い返してしまう。
「知っているの?」
 このメンバーには、既に顔見知りだから……だろうか。同じ転入生だというのに、既にスザクは生徒会のメンバーにとけ込んでいる。当然のようにルルーシュの隣に座を占めながら、こう問いかけてきた。
「俺としては、お前が知らない方が驚きだ」
 ため息とともにそう言い返す。
「ナイト・オブ・スリーだろうが、彼は」
 それでなくても、ヴァインベルグはブリタニアでも有力な貴族だ。その家名だけでも彼がここにいることに違和感を覚える者は多いのではないか。
「……それは知っているけど……」
 でも、どうして驚くのかわからない。そう彼は続ける。
 それはきっと、彼が貴族と一般人の差について知らないからだろう。
「ヴァインベルグは確か、数代前に皇女が降嫁されたこともある貴族だ。そういう家の者達は、普通、家庭教師が付くか、本国の貴族の子女が学ぶ学校に通学をする」
 もちろん、例外がないわけではない。
 しかし、アッシュフォードはその例外になるような突出した点のない学校ではある。少なくとも、今は……の話ではあるが。
「彼がラウンズの一員でなかったとしても、ここに通うのはあり得ない話なんだ」
 かなり省略した説明を、ルルーシュは口にする。
「そうなんだ」
 だが、それで彼は納得してくれたらしい。
「なら、どうしてここにいるのかな?」
 スザクはこう呟く。
「それは俺も知りたい」
 ひょっとして《ゼロ》のことで、コーネリアが厄介な状況に置かれているのだろうか。そうだとしても、義父や義兄達が教えてくれるはずがない。
 かといって、当人に問いかけるのははばかられるし……と心の中で付け加えたときだ。
「難しく考えないでくれるかな?」
 言葉とともにいきなり背後から体重がのしかかってくる。
「……ヴァインベルグ卿……」
 重いです、とため息とともにルルーシュは首をひねって彼を見上げた。
「私は標準だよ」
 ルルーシュが細すぎるだけ。その言葉に何故かスザクやリヴァルまで頷いている。つまり、彼等もそう思っていると言うことなのか。
「……お前達!」
 いい加減にしろよ? とルルーシュは怒りに声を震わせる。
「でも、確かにルルーシュは細すぎ。ヘタしたら、女の子よりも軽いよ?」
 本当にこいつは、と心の中で呟くと同時に、ルルーシュはスザクの頭を殴りつけていた。
 しかし、それも彼には蚊に刺された程度の衝撃でしかなかったらしい。
「ダメだよ、ルルーシュ。殴りなれていない人がそんなことをすると、拳を痛めるって」
 笑いながらこう言い返される。それがまた、ルルーシュの機嫌を逆撫でしてくれた。
「……お前、今日と明日、飯食いに来るな!」
 反射的にこう叫ぶ。
「ルルーシュ!」
「うるさい! 来ても水しか出さないからな」
 さらに言葉を重ねるルルーシュに、スザクはすがりつくようにして本意を求めてくる。そんな彼の様子を、ルルーシュの背中に張り付いたまま、ジノが笑いながら見つめていた。
 ある意味、微笑ましいと言える光景だろう。
 しかし、そんな彼等の様子を冷ややかに見つめている眼差ししがあったことも否定できない。
 もっとも、その理由はわからなかったが。





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08.12.19 up