校内での様子を、カレンはためらうことなくゼロへと報告をした。もちろん、転入生についても、だ。
「枢木スザクにジノ・ヴァインベルグか」
どうやら、ブリタニアはまだ、彼に必要性を感じていると言うことか。ゼロはこう続ける。
「どうするんだ? 校内のセキュリティも厳しくなったのだろう?」
こう問いかけてきたのはC.C.だ。
「……しばらくは、放置しておく」
それに、ゼロはこう言い返す。
「もっとも、監視は続けてもらうが」
しばらく何事もなければ、気がゆるむだろう。その時まで別のことを優先すればいいだけのことだ。冷静な口調でそう続ける。
「と言うと……あいつらを引き込む気か?」
事前に何かを聞かされていたのだろうか。C.C.が小さな笑いと共にこういった。
「頃合いだろう?」
違うか? と言われても、意味がわからない。だが、他の者達はそれだけで意味がわかったようだ。
と言うことは、自分だけが知らないと言うことなのだろうか。その事実が気に入らない。
「……誰を、引き込むおつもりなのですか?」
だからと、カレンは問いかける。
「そうか。お前にはまだいっていなかったな」
言ったつもりになっていたが……とゼロは呟く。
「その話が出たとき、カレンは学校に行っていたからな」
しかたがあるまい。C.C.がこう言ったのは、フォローのつもりなのか。
「キョウトから連絡があったのだよ。日本解放戦線を手助けして欲しいと」
そのことに問題はない。だが、どうせなら、彼等も自分の指揮下に入って貰おうかと思うのだ。そうゼロは告げる。
「コーネリアだけではなくラウンズまで来ているというのであれば……もう一人、私と同等に作戦を遂行してくれるものが欲しいからね」
作戦を立てるのは自分だ。
それを完璧に遂行できるのであれば、指揮官は自分でなくてもいいだろう。さらにゼロは言葉を重ねる。
「そういうわけでね。あちらから《藤堂鏡志朗》を引き抜こうか、と思ってね」
連中にはもったいない。その言葉に、カレンは反射的に頷いて見せた。
「君もそう思うだろう?」
その仕草がツボにはまったのか。ゼロは笑いながらカレンの頭に手を伸ばしてくる。そして、優しくなででくれた。
それがとても嬉しいと思う。
「と言うことで、協力をしてくれるな?」
「もちろんです、ゼロ!」
カレンは即座にこう言い返していた。
いつものように特派へと足を運ぶ。以前と違っているのは、その間もスザクと一緒だ、と言うことだろうか。
「……何か、変な感じだよね」
苦笑とともにスザクがこう声をかけてくる。
「こんな風に、一緒に登下校が出来るなんて、思ったこともなかったから」
「……それは否定できないな」
スザクがここに学生として通う日が来るとは想像もしていなかった。
「その上、ヴァインベルグ卿もおいでだしな」
少し離れた場所を歩いている彼へと一瞬視線を向けながら、ルルーシュはこう付け加える。
しかし、それが彼の何かを刺激したのだろうか。
「ルルーシュ先輩! ここにいるときはただの《ジノ》と呼んで欲しい、と言いましたよね?」
そんな他人行儀な呼び方をするな。そういいながら、彼は駆け寄ってくる。
「ジノ、重い!」
何で彼はこうやって、自分の背中にのしかかってくるのだろうか。
「離れろ! 歩きにくいだろうが!!」
この状況で礼儀を思い出せる人間はそういないだろう。だから、と言うわけではないが、ルルーシュは敬語を使うことも忘れて怒鳴り返す。
「そうそう。そっちの方が嬉しいなぁ」
しかし、ジノはこう言って笑うだけだ。
「ルルーシュは体力がないから、つぶれるよ?」
そして、スザクのこのセリフはフォローのつもりなのか。
確かに、自分は彼等のように無尽蔵と言える体力はないかもしれないけれど、とルルーシュは心の中で呟く。しかし、日常生活ではそれで十分なのだ。
「お前らの方が、異常だ、と言う自覚はないのか?」
思わず真顔でこう問いかけてしまう。
「だって、軍人だし」
体力ないとやってられない。スザクは微苦笑と共に言い返してきた。
「そうそう。下手をしたら、エナジー・フィラーの交換時以外、半日近く戦闘って言うこともあるし」
もっとも、そんな状況は滅多にないが……とジノは笑う。
「でも、先輩が倒れるとかわいそうだよな」
まぁ、そうなったとしても運べる自信はあるけれど……と言う彼が本気で憎たらしい。そう感じた瞬間、無意識のうちにルルーシュは彼へとひじ鉄を食らわせていた。
それが彼にダメージを与えられるかというと本人も半信半疑ではあった。
しかし、偶然にもみぞおちに入ったらしい。ジノの腕から力が抜ける。
その隙を逃さずに、ルルーシュはそこから抜け出した。
「酷いなぁ」
いつもの口調で彼はこう言い返してくる。と言うことは、ほとんどダメージは感じていないと言うことか。
「いつまでも、人の背中に張り付いているお前が悪い!」
それは、彼が鍛えているからなのか。それとも、自分が非力なのか。どちらなのか……と思いつつも、ルルーシュはスザクの元へと駆け寄る。そして、彼を盾にするような位置からこう言い返した。
「嫌がられているのに、いつまでも続けているジノが悪いね、今のは」
ルルーシュが完全に機嫌を損ねちゃったじゃない、とスザクは笑う。
「……歩いているときじゃないなら、いいのか?」
いったいどうなったらこういう結論になるのだろうか。
「ジノ……」
「だって、先輩って抱きしめるとジャストサイズなんだもん」
抱きしめるとちょうどいいんだよ、とジノは言い返してくる。
「その気持ちはわかるけど」
お前もか、とルルーシュはスザクをにらみつけようとした。
「ほわぁっ!」
だが、それよりも早くスザクが彼の体を自分の方へと引き寄せる。突発事項に弱いルルーシュは、予見もしていなかったその行為に、思い切りバランスを崩してしまった。
そんな彼の体を、スザクは当然のように自分の体で支える。
予想していたとはいえ、少しもよろめかない彼のバランス感覚に、少し、むかついてしまう。
「ルルーシュを抱きしめていいのは、僕とお家の人たちだけ」
ジノはまだ禁止、とルルーシュの頭の上でスザクの宣言が響いている。
「なんでだよ!」
横暴、とか、独占禁止……と即座にジノが反論を口にした。
「なんでって、当然でしょう?」
人の嫌がることはしちゃいけない、というのは常識でしょう? とスザクは言い返している。
それは間違っていない、とルルーシュも思う。
問題なのは、それを口にしているのが自分ではなくスザクだ、と言うことだ。
「それに、ルルーシュを守るのが僕の義務で権利だから」
にっこりと微笑みながら、スザクはルルーシュの体をしっかりと自分の腕の中に閉じ込める。
「だから、これは僕にとってのご褒美なの!」
いいのか、それで……とルルーシュは思う。しかし、反論が出来ないのは、彼の今までの言動があったからだろう。
スザクにとって『守る』という言葉がどれだけの重みを持っているのか、ルルーシュもよく知っているのだ。
しかし、とため息をつく。
「……スザク」
そのまま、幾分低い声で彼の名を呼ぶ。これで何かに気付いてくれればよかったのだ。
「ルルーシュも、僕の方がいいよね?」
だが、彼が自信満々でこんなセリフを口にしてくれる。
「本当にお前は!」
この言葉とともに、思い切り彼のつま先を踏みつけた。
「少しは空気を読め!」
そのまま踏みつけた足に体重をかける。
「痛いよ、ルルーシュ」
しかし、スザクは――いや、スザクもと言うべきか――まったく堪えた様子を見せない。
「やっぱり、もう少し太った方がいいよ」
それどころか、笑顔でこう言われてしまう。
「だから、空気を読め、と言っているだろうが!」
周囲に、ルルーシュのこの叫びがむなしく響く結果になった。
そんな三人を冷めた瞳で見つめている人影があった。
しかし、すぐに興味を失ったかのようにきびすを返す。
そのまま遠ざかっていくその背中に気付くものは誰もいない、と思われた。
しかし、一対の眼差しだけがそれに気付いていた。
「……当面は、動かないか」
しかし、とその瞳が細められる。
「本気で、あの方が動いたのか」
そして、ブリタニアを滅ぼそうとしている。
「……わかっていたことだけど、ね」
一度もその願いを翻したことはない。それだけ、彼女にとって《ブリタニア》と言う国は憎悪の象徴なのだろう。
しかし、だ。
そんな国に、彼女が欲しがる《存在》が生まれるとは、と言うのが本音だ。
「いや、あの国だから、かもしれない?」
現皇帝も含めて、ブリタニアの皇族はあの方の血を少しでも濃くしようとするかのように、その末裔を後宮へと入れている。そして、その血はブリタニアの貴族に分け与えられ、それがまた後宮へと戻っていく。
それを何代も繰り返していれば、その血を色濃くひくものも生まれるだろう。
「まして、彼女の子だ」
誰よりも、その血を色濃くひいていると言っていい。
「……だからといって、彼女の願いを叶えるわけにはいかない」
それは自分たちの願いがついえると言うことでもある。
「あの人に報告をしておいた方がいいんだろうな」
うまくいけば、フォローが期待できるのではないか。
「当面は、彼等に任せておけばいい」
三人の姿が特派のトレーラーへと吸い込まれていったのを確認して、その人影もまたきびすを返した。
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08.12.26 up
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