「……出撃、ですか?」
ロイドに向かって、スザクはこう聞き返す。
「そぉだよ。何でも日本解放戦線が、馬鹿なことを考えているらしいんだって」
だから、コーネリア達が出撃するのだ。それに、自分たちも加わるようにと命じられている。彼はそう説明をしてくれた。
「……いったい、どこから……」
自分が優先すべきなのは、ルルーシュのことだ。彼を守ること――その中には心の安定も含まれている――が、自分に与えられている最重要の命令だと言っていい。それはロイドも知っているはず。
「……腹黒殿下から、だよぉ」
しかし、彼の口から出た相手は、その事情を一番よく知ってくれているはずの皇族のものだった。
「シュナイゼル殿下?」
何故、と考える。
何か事情があるのだろう、と言うことはもちろんわかっていた。しかし、逆に今、自分がルルーシュの側を離れるのは得策ではない、と彼は理解しているはず。
「……何でも、さぁ。日本解放戦線の方で見逃せない動きがある、って言っていたよぉ」
だが、こう言われて納得できてしまった。
「……ゼロが接触でもしているのでしょうか」
それ以外に考えられないが。そう思いながらスザクは問いかける。
「おそらくね」
どちらにしても、データーが取れるのであれば大歓迎だ。そういってロイドは笑う。
「ロイドさん」
そういうセリフを迂闊に口にすると……とスザクが慌てて注意をしようとしたときにはもう遅かった。
周囲に鈍い音が響く。
「ロイドさん?」
同時に、怒りを押し殺していると誰が聞いても感じる声音が床に崩れ落ちた人物の名を呼んだ。
「何度言えば覚えてくれるのですか?」
そんな彼をセシルがファイル片手に見下ろしている。
「いい加減、データーよりも大切なものがある、と認識してくださいね?」
でなければ、また大切なものを失うかもしれない。その言葉に恐怖を感じたのはロイドよりも自分ではないだろうか。
「そぉは言うけどねぇ、セシル君」
よいしょ、と呟きながらロイドが体を起こす。まだ痛むのだろう。その間にもしっかりと頭を撫でていた。
「ナイト・オブ・スリーさまがルルーシュ君の側にいてくれるんだよぉ? 一日や二日、スザク君がこっちを優先してくれてもいいと思うんだけどぉ」
最近、開発をしてもテストも出来ない……と彼は続ける。
「ロ・イ・ド・さ・ん?」
そのスタッカートが怖いです。スザクは心の中でそう呟く。
「だってぇ……スザク君の機体だよ? ラウンズ仕様の機体にも負けないようにしないとぉ」
これからきっと、厄介な戦いの連続だからね……と珍しく表情を引き締めながら彼は付け加える。
「大切なものを守るためには力も必要だよぉ」
「それは、よくわかっています」
あの時、自分に力がなかったから、ルルーシュとナナリーを失うことになったのだ。だから、もう二度と大切な存在を失いたくない。その思いのまま、こうして自分は力を求めたのかもしれない。
だから、と心の中で呟きながら、スザクはきびすを返す。
「スザク君?」
「ジノに連絡を取ってきます」
声をかけてきたセシルに向かって、スザクはこう言い返した。
「僕がいない間、彼にフォローをお願いすることになりますから」
同じ教室で授業を受けることはない。だが、その他の場面ではルルーシュの側にいてもらえるだろう。
授業中は人目があるから、きっと、連中だって大事には出来ないはずだし、それで十分ではないか。
「そうしといでぇ」
ロイドの声が許可を与えてくれる。それを背に、スザクは歩き出した。
仕事だからしかたがない。
それに今回のことには義父も義兄達も同行している。だから、スザクに危険が及ぶはずがない。
それはわかっている。
なのに何故、自分がここまで不調を感じなければいけないのか。いや、不調なのとは違う。たんに夢見が悪いだけ、と言った方が正しいのかもしれない。
「ルルーシュ、具合でも悪いのか?」
リヴァルが心配そうに問いかけてくる。
出来るだけそれを態度に表さないようにしていたつもりなのだが、出来ていなかったようだ。
「少し、寝不足かもしれない」
何よりも、相手が彼ではごまかすのも難しい。そう判断をして、素直にこう言い返す。
「そういえば、授業中もだるそうだったな」
ライが口を挟んでくる。
「また居眠りしていたの、ルル?」
教室での席がルルーシュよりも前のせいか、シャーリーはその事実に気が付いていなかったらしい。あきれたようにこう言ってきた。
「そうは言うけど……先輩としては色々と心配事があるんだよ」
ねぇ、といいながらジノがいつものように背後からのしかかってくる。
「ジノ、重い」
だから、どうしていつもそうやってのしかかってくるのか。ため息とともに付け加える。
「だから、先輩がジャストサイズだから、です」
でも、と彼は少しだけ口調を変えた。
「少し熱いですよ? 熱でもあるんじゃないですか?」
だから、夢見が悪いのかもしれない。そういいながら彼はルルーシュの額に手を当ててくる。
「なら、少し休んだ方がいいかもしれないね。カレンさんも休んでいるようだし」
そういいながら、ライが立ち上がった。そして、奥からブランケットを取り上げると戻ってくる。
「そうだな。ここならみんなも見ているし……何なら、ひざまくらしてやろうか?」
「リヴァルじゃ、余計に夢見がよくないと思う」
「酷いな、ニーナ!」
確かに、柔らかくはないけどさ……とリヴァルはぶつぶつと呟いていた。それを他の者達は笑いながら見つめている。
「ともかく、一眠りするといい。人の気配があれば、悪夢も遠ざかっていくかもしれない」
ライだけが静かな口調でこう言ってきた。
「そうそ。一眠りしてなって。その間に終わらせておく……とは言えないのが哀しいけど」
リヴァルがため息とともに視線を書類の山へと移す。次の瞬間、他の者達も同じような表情を作った。
「まぁ、頑張りますか」
ルルーシュの負担を少しでも減らせるように、とリヴァルは表情を引き締める。
しかし、一抹の不安が抜けない。本当に任せて大丈夫なのか。そう考えたときだ。
「……と言うことだから、先輩は眠っていてください」
この言葉とともにいきなりジノがルルーシュの体を抱え上げた。
「ほわぁっ!」
予想外の行動に、思わずこんな声がこぼれ落ちる。
「大丈夫。私が見ていますから」
これでもラウンズですし……と笑う彼に、呆然としたまま頷くしかできないルルーシュだった。
人の気配があるから大丈夫だろう。
そう思っていたのはルルーシュ自身も同じだった。
しかし、悪夢はここでも訪れてしまう。
何か怖いものが追いかけてくる。そして、それは自分たちを確実に追いつめていた。
『お兄さま……』
背中からナナリーの声が聞こえてくる。
『ナナリーをおいて、お兄さまだけ逃げてください。そうすれば、お兄さまだけは助かります』
自分が足手まといになっているから、と彼女は気丈にも言葉を続けた。しかし、それを体の震えが否定している。
『バカだな、ナナリー』
だが、それを指摘することはしない。
『お前を捨てて逃げるなんてことをしたら、僕の心が死ぬ。体だけ生きていても、意味はないだろう?』
二人で生き抜いて、そして、スザクを待つのだ。
だから、とルルーシュは肩越しに彼女へと微笑みを向ける。
『お兄さま……』
『だから、ナナリーも諦めるな』
言葉とともに彼女の体を揺すり上げた。その瞬間、一瞬、ひざから力が抜けそうになる。だが、それをルルーシュは必死にこらえた。
『行くよ』
そして、気合いを入れるようにこう告げるとそのまま歩き出す。ナナリーもそんな兄の気持ちを受け止めたのか。黙って首筋に回した腕に力をこめてきた。
しかし、だ。
どれだけルルーシュが賢くても体力的には大人にかなわない。何よりも、地の利は彼等にあるのだ。
気が付けば、二人は袋小路に追いつめられていた。
それでも、少しでも発見される時間を遅らせよう。そうしている間に、スザクが戻ってきてくれるかもしれない。あるいは……と考えながらルルーシュはナナリーの体をしっかりと抱きしめる。
しかし、そんな彼のささやかな願いを打ち壊すかのように足音がこちらに近づいてきた。このまま、自分たちはあいつらに見つかってしまうのか。せめて、ナナリーだけでも……と必死に打開策を探す。しかし、いくら考えても答えは見つからない。
鼓動がさらに激しくなっていく。
呼吸が苦しい。息を吸うことが出来るのにはき出せないのだ。
このままでは、この心臓の音のせいで気付かれてしまうかもしれない。その位ならいっそ……とルルーシュが覚悟を決めようとしたときだ。
いきなり、周囲に乾いた音が響く。
いったい何が……と思って視線を向ければ、何かボールのようなものがそこに転がっていた。しかし、それはボールなんかではなくもっと別のもののようだ。
何なのだろう そうかんがえると同時に、気付いてはいけないという声も心の中から響いて来る。あれから視線を放さなければ。そう考えているのに、どうしても視線をそらすことが出来ない。
どうしたらいいのだろうか。
このままでは……とそう思ったときだ。
痛いくらいに体が揺すられる。
「先輩!」
同時に聞こえてきたのは、最近聞き覚えた声だ。それに導かれるように、ルルーシュは意識を現実へと戻す。
それでも、すぐには目の前の光景が現実だと認識できない。それはどうしてなのだろう。
「大丈夫ですか、先輩。魘されていましたよ?」
そんなルルーシュの視界に、妹の面影を持っている少年の姿が現れる。
「……ろろ……」
呼びかける声も掠れていた。
「はい、僕です」
大丈夫ですか? とロロは逆に問いかけてくる。その言葉に、ルルーシュは静かに首を横に振って見せた。そして、体を起こそうとする。
「無理をするな。眠らないまでも、横になっていた方がいい」
だが、そんなルルーシュの体を押しとどめる手があった。
「今、ジノがお茶を淹れている。それまで横になっているんだな」
どうやら、みなに迷惑をかけてしまったのか。その事実に、ルルーシュは小さなため息をついた。
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09.01.09 up
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